TRAIN
「…。」
聞きなれた声が後ろから聞こえた。
その声に浩太がそろそろと振り向くと、そこには見慣れた姿。
あまりに驚いてまぬけな顔をしてほうけた浩太に、菊池は悪戯っぽい顔で笑った。
「よう、ひでぇ顔だな。」
「…」
「来たぜ。呼んだだろ、浩太。」
そう菊池が言うが早いか、浩太は菊池にしがみ付いた。勢いよく飛び込んできた浩太に菊池はその全身を受け止めて笑った。
浩太は周りを憚らず、わんわんと泣いた。
ちょうど浩太が落ちついた所へ菊池が取りだしたのは、浩太と同じ新幹線、同じ行き先の切符と、本日付で届いた大学の合格通知だった。
それは、菊池が行くと決めていた所よりもランクが一つ上の、しかも、浩太がこれから住むことになる地区にほど近い大学。
「…これはなんですか…菊池さん…。」
「みたか。俺の実力を。」
「いや、そういうことじゃなくてだな…。」
浩太がプルプルと震えだす。
菊地がこの通知が来るギリギリまで家で待っていたこと。
通知が来て、急いでみどりの窓口へ走り、切符を交換したこと。
菊池が浩太と約束した電車に滑り込みで乗りこんだのには、裏にこういった事情があってのことだったらしい。
そして浩太の友情確認のため、ギリギリまで黙っておこうという菊地のドッキリ大作戦に、今度は怒り狂った浩太が菊池をボコボコにしたのは仕方のないことだった。
「いででででで!!あや、謝ってるじゃないか!!落ち付け、浩太!!」
「うるせぇ!!てめぇなんか、てめぇなんか!!なんだってお前は…!!!」
「言ったろ、俺はギリギリの男だって。だから実を言うと住むとこも決まってねぇ。そんなわけでとりあえず今晩泊めろ。」
「威張っていうな!!アホ!!」
「んなこと言って、泣いて喜んだのはどこの誰かな。」
「…!!」
文字通り浩太にボコボコにされた菊池が、ホームに滑り込んできた新幹線の光を受けながら、してやったりという顔で笑ったのを見て、浩太が本日一番の力を込めて菊池を殴ったのは無理もなかった。
「なぁ浩太、俺、お前とはまだまだやりたい事がいっぱいあんだよ。だからもうちょい俺に付き合え。後悔はさせねぇ!いいな!」
「いいな!ってお前なぁ!おれと遊んでばっかで彼女ができねぇって愚痴ってたのは誰だ!」
「俺。」
「大学入ったら彼女作るんだ~ってワクワクしてたのはどこの誰だよ!!」
「あー、それも俺だな。」
「良いのか!?女を笑わせるのは全世界の男の使命なんだろ!!?」
「そうとも。だがな、浩太。好きな奴を笑わせるのは男も女も関係ねぇ。それは全人類の使命だ!覚えとけ!」
「うわ、ムカつく。」
「それにぶっちゃけると、俺は最初っからだぼだぼズボンに詰襟のお前で、なんの問題も無かった。」
「あーそうかよ。」
ぶっきらぼうに返事をした浩太の横顔を見て、菊池は声をあげてさも嬉しそうに笑った。
パァ、と音が鳴り、5分違いで東行きの新幹線がホームに到着する。
その扉が開いた時、菊池の言葉の意味をようやく理解した浩太が、顔を真っ赤にして立ちつくしていた。
「行こうぜ。」
菊池の言葉に、浩太は唇を噛みしめた。
そして、溢れそうになった涙を堪え、力強く頷いて、一歩を力強く踏み出した。
タタン、タタンと規則正しく揺れ、電車が賑やかな街の中を滑ってゆく。
それはもう、この上なく楽しげに。
おしまい。