TRAIN

菊池の言葉に浩太は笑った。
彼は浩太の笑顔を見ると、今までみたことの無いような優しい顔で笑うと、人の流れに乗って、エスカレーターを上って行った。
最終便に乗るための人の波が途切れ、待合所が静かになる。

「うそつきめ。」

一人残された浩太は踵を返して、自分の乗る新幹線のホームへと上がった。

人気の少ないホームに出ると、向かい側に大勢の人が行列を作って新幹線を待っていた。
えらい違いだ、と浩太が苦笑を零すのは無理もない。

菊池がこれから向かうのは、大きな都市が連なる西方面。
そして浩太が向かうのは、これまで住んできた所よりかは便利だが、比較的のどかな東方面だ。

浩太は人のいないホームで向かい側の賑やかなホームをじっと眺めていた。


「(本当に、これが最後なんだろうか。)」

ぼんやりと、浩太は考えた。
あっさりと別れを告げられたのは、割り切っていたからではない。

実感していないからではないか。

『22番線に、電車が参ります。』

アナウンスが入った。
菊池の乗る新幹線が来る。
菊池を乗せて、遠いところに連れてゆく新幹線が来るのだ。



18年間、浩太はこの土地で暮らしてきた。

良い思い出は少ない。
だから高校を卒業するのと同時に、ここを出ることを決めていた。

だが、その少ない「良い思い出」は、すべて菊池がくれたものだった。
根暗な浩太の腕を引っ張って、菊池はいつも笑っていた。
一緒に笑って、泣いて、怒って、くだらない事で大騒ぎをした。

「…菊池」

前を見ろ、胸を張れ、と叱られた。
どんなに情けない姿をしていても、菊池は浩太の背中を叩いて励ました。

晴れの日も、風の日も、雨の日も。
菊池はいつだって変わらずに浩太の隣で笑っていた。

「菊池」

全てがまるで、当たり前みたいだった。

本当はわかっていた。
それが、奇跡のような日々だったってことを。


「菊池っ!!」

気が付けば浩太は向かいのホームに向かって叫んでいた。
人ごみがこちらを一斉に見た。
新幹線がパァ、と警戒音を鳴らす音が聞こえる。

ほとんど涙目で、浩太がホームギリギリまで身を乗り出した。


「    」


叫んだ声が新幹線の音にかき消された。

その時だった。
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