さくら

「そーかそーか!!お前もようやく分かってくれたか!!良かったな!!音楽に興味を示した猿の歴史的進化の瞬間に立ち会えて光栄だよ!!」

そう言って嘉国は浩一の背中をばんばんと叩くと、一人浮き足立って先へ進みながら、唄の続きを唄い始めた。
結局はまた唄いだした嘉国に、浩一が怪訝な顔をしたのは言うまでもない。




「そういえば」

ふ、と唄うのを止めて、嘉国は思い出した様に浩一に振り返った。

「お前はどーしてこれが卒業の唄だと思ったんだ?」

「?」

浩一は首を傾げた。
そんなの、どこから聞いても卒業ソングじゃないか。桜の木の下で違う進路に進む制服姿の同級生と涙ながらに別れながらも再開を誓い自分の道を歩いて行く。

決定的な言葉こそ無いが歌詞から容易にイメージがつく。
それをこの男は一体何を聞いて居たのか、と浩一は呆れた。

しかし当の本人は至極真面目な面持ちで浩一の答えを待っていた。
これが冗談であれば浩一も真面目な返答はしないつもりでいた。
第一、唄の事で熱く討論を繰り広げる気など更々無かった。

しかし浩一の口をついて出た言葉は本人も驚く程素直な感想だった。

「…歌詞のイメージだろ。さくらとか、別れとか…」

ふーん、と興味深げに頷いた嘉国に、少し恥かしくなった浩一はそれで何なんだ、と話しの続きを促した。
すると嘉国は少し間を置いて俯くと妙な呻き声をあげた。そして、ひとしきり悩んだ後、嘉国はぽつりと呟いた。

「…さっき固定観念がどーたらと言った手前、大変言いにくいんですが…俺も実は当初この唄を聞いた時、ある特定のイメージを持っておりました…。」

「…お前…散々人に言っといて…」

「だー!!悪かったよ!!…で、まぁその俺のイメージってのが、卒業っつーか…」

嘉国は静かに息をはいた。
もうすぐ夜だ。息が少しだけ白くなって、空気も張り詰めた様に冷たい。


「俺は」


そしてそんな空気の中、嘉国はその言葉にも、雰囲気にも似つかわしくない悪戯っぽい顔で笑った。


「死別の唄だと思った。」






「…死別。」

その思いがけない一言に唖然とする浩一を余所に、嘉国はなんて事ないように頷いた。

「そう。」

浩一は思わず怪訝な表情を浮かべた。確かに卒業式の唄、というイメージからはかけ離れた発想だ。
死別の唄だなんて浩一は考えた事も無かった。
嘉国は沈みかけた太陽を眺めると目を細め、浩一を見て笑った。

浩一はふ、と得体の知れないものが全身を駆け巡る様な感覚に襲われた。

沈みかけた夕日。
闇の迫る街の中で「死別の唄」を唄う嘉国。
悲しい別れの後にも希望が見え隠れしていた卒業の唄を、永遠の別れである「死別」という観点で捉えるという異常さに、浩一はザワザワと沸き起こる感情に戸惑いを隠せない。

しかしそんな浩一とは裏腹に、嘉国は笑う。

「なーんかなぁ、言わなきゃ良かったなぁ」

ふと呟いた嘉国に浩一は少しだけ目を細めた。それで浩一の意を汲み取った嘉国はその疑問に答える。

「こういうのってさ、言葉にしちゃうと安っぽく聞こえねぇ?」

浩一は少し迷ってから曖昧にさぁ、とだけ答えた。


太陽はもう半分も顔を出していない。
薄暗い気配が辺りに漂い出す。

「俺とお前は、どっちが早く死んじゃうのかな。」

そう言った嘉国の顔は見えない。
只、向けられた背から鼻歌交じりの件の聞き慣れたメロディーが聞こえた。
その切ないメロディーに乗せられた言葉は、先程の嘉国の見解を意識すると、ひどく恐ろしく聞こえた。


それはまるで、まるで…








「うわっ」

突如嘉国は腕を掴まれ、驚いた拍子にメロディーは途切れてしまった。慌てて振り返るとすぐ側に浩一の姿。

「…唄うな。」

ぽつりと浩一は呟いた。
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