TRAIN
「女の子がさ。」
「…。」
扉が閉まり、電車がガタン、という音とともに吊革を揺らしながら動き出す。
浩太はさきほど電車から降りて、手を振った女子高生を思い出していた。
「おれ、今まで自分は女の子が苦手だと思ってた。」
「…お前はずっと女が苦手だったじゃねぇか。」
「たぶんそう思い込んでいただけだ。」
「なんだそりゃ。」
菊池の問いかけに、浩太は答えなかった。
ただまっすぐに電車の窓を眺め、そして逆に菊池に質問をした。
「高校二年生のときに、おれが吉田先輩に告白したの、覚えてる?」
「おう。」
「忘れるわけがねぇ」と、菊池ははっきりと頷いた。
それは、遡ること一年と半年前。
彼らが高校二年生の秋。
浩太がセーラー服を着て、一つ年上の先輩に告白するという、お笑い番組の企画のような珍事件が起きた。
相手は三年の吉田という男で、委員会が一緒だったことをきっかけに話をすることが多くなり、浩太はいつの間にか彼を好きになっていた。
彼はとても優しく、落ちついた雰囲気を持つ男で、周りからの信頼も厚く、男女ともに人気の高い人物だった。
もちろん、中学時代のことがあるので、浩太は自分の気持ちを伝える気はさらさら無かったのだが、そのことで塞ぎこむことが多くなってしまった。
それを不審に思ったらしい菊池がいち早く浩太を問い詰めたせいで、彼の秘密は呆気なく露呈してしまった。
もちろん菊池は誰にも言いふらしたりはしない。
ただ一言。
「何もしねぇで諦めるなよ。ほんの一歩でいい。前に進め。そうすりゃ世界が少し違ってみえるぜ。」
そう言って浩太の背中を強く叩いただけだった。
浩太は黙ってうつむいた。
「(一歩前にだって!?簡単に言うな…!!)」
恨みごとを心の中で何回も繰り返し、浩太は意識的に菊池を避ける様になっていた。
同性を好きになったことが無いからそんな簡単に、人ごとのように軽々しい意見が言えるんだ、と浩太は胸に詰まったものをどんどん蓄積させてゆく。
「(お前は何の迷いもなく前に進めるかもしれないけど、おれは違う。)」
また、前のように浩太の視界が濁り出した。
「(おれは、お前じゃない。)」
菊池の顔を見たくなかった。
いつの間にか、浩太の瞳に映るのは菊池ではなく、入学したての頃と同じ、机と地面になっていた。
そして菊池に背中を押されてから、数週間後。
浩太はがんじがらめになって動けないまま、最悪の事態を迎えてしまった。
それまで、学校の心ない連中から様々な嫌がらせを受けてきた浩太は、いつの間にか広まってしまった噂に、とうとう吊るしあげにあったのだ。
その噂とは、言うまでもなく、浩太が吉田に好意を寄せている、というものだった。