TRAIN

最初は菊池の暴走気味な運転に、浩太はその身を前後左右に揺らして、必死にサドルの軸にしがみつき、振り落とされないように死にそうな顔をしていた。

だがいつからかだろうか。


無理やり引っ張っていかなくても、浩太は自転車の後ろに乗るようになり、その手はサドルの軸ではなく、菊池の上着を掴むようになっていった。

そして、少しずつ、浩太は菊池の言葉や言動にほんの、ほんの少しだけ、笑う様になっていた。


そんなとき。
浩太が改まって菊池の前に対峙して、話しておきたいことがある、と零したのだ。
近所の公園のホタルを見に、真夜中出かけた帰りだった。

「同じ中学から来た連中が言いふらしてるから、有名で、知ってるかも知れないし、改めて言うことじゃないかもしれないけど…。」

「うん。」

「あのさ、おれ…お、男が…。」

「うん。」

「おとこ、が…。」

「…。」

その時の浩太の手はきつく握り締められて、ガタガタと震えていた。
顔は俯いて見えなかったが、声の震えで想像がつく。
言いたい言葉が先に進まないのは、浩太に植えつけられた恐怖が、いかに根が深いものなかを表しているようだ。

この話題で、どれほど浩太が辛い思いをしてきたのか。
好奇の目で見られたか。
傷つくような言葉をかけられたか。

人間不審に陥り、疑心に満ちた暗い瞳にならざるを得なかった理由。

それは。

「お、おれ…」

もはや浩太の手の震えは尋常ではなくなっていた。
声は震え、蚊の鳴くような大きさだ。

その姿をみた菊池は、項垂れた小さな頭に向かって「浩太!」と呼びかけた。
その声に、浩太はビクッと肩を震わせ、僅かに後ずさるような体制になる。そんな浩太に菊池はいつもと同じように明るい声を出した。

「顔を上げろ!!怖気づくな!!胸を張れ!!」

「うっ、うぅ…」

菊池の声に、浩太は恐る恐る顔をあげた。
顔色を真っ青にして、震える唇を押さえつける様に噛みしめて、瞳に一杯の涙をためていた。

お世辞にもかっこいいとは言えない姿。
両手を腹の前で握りしめ、浩太は呻くような声を出して、恐ろしく情けない姿をしていたが、菊池の言うとおり、目だけはしっかりと前を見据えていた。

「浩太。」

菊池は、再度、浩太の名前を呼んだ。
いつものように自信に充ち溢れた顔で、不敵に笑って、確信があるように頷いた。

「怖いことを改めて怖いと思うな。大丈夫だ。頑張れ。俺がついてる。」

途端、浩太はぶわっと大量の涙を零した。
それからことさら強く拳を握ると、ほとんど叫ぶように声をあげた。
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