TRAIN



「よう、起きたな。」

「ここ…」

「中心街だ。ちょっと混んできたな。」

菊池は立ち上がり、足元にあった荷物を網棚に乗せると、ついでに浩太の荷物も上にあげた。

会社帰りのサラリーマンやら塾が終った学生やらで混雑し始めた車内。
端に座っていた二人の前には、女子高生が特徴的な甲高い声を上げながら陣取り、辺りは一気に騒がしくなった。
紺色のセーラー服を目の前にした浩太が一瞬ビクッとしたのに気が付いて、菊池がニヤニヤと笑いながら彼の太股をつついたが、浩太は無視を決め込んだ。

人間不審だった浩太は、昔の癖で今でも人の顔をきちんと見れないときがある。
特に女性に対してその傾向が顕著に表れるので、ここ数年、浩太はアルバイト以外で、女性ときちんとコミュニケーションをとった記憶がない。
それを知って、菊池はこんな意地悪をするのだ。

「(…いいにおいがする。)」

女の子特有の良い香りが鼻をかすめ、浩太は息がつまりそうになった。
なぜ女の子という生き物はこんなに良い香りがするのだろうか。
柔らかく、小さく、かわいい。

電車の振動に合せて揺れるスカートを眺めながら、浩太がそんな風に思っていると、なにやら女子高生たちが菊池と浩太を見て、くすくすと笑い声を零し始めた。
そしてこちらを見ながら内緒話をはじめ、浩太はますます居た堪れなくなって、身を縮こまらせた。

菊池といるときは必ずこうだ。
菊池と比較されているのか、それともタイプがまるっきり違う自分達を面白がっているのかわからないが、良い気分ではない。
恥ずかしくて浩太がそのまま俯いていると、その頭を菊池にコツンと叩かれた。

「なーにビクついてんだ、女子ごときに。」

「うるさい、余計なこと言うな。」

下からねめつける様にして恨みごとを言うと、菊池はハッと浩太を鼻で笑い飛ばした。

「ちょっとは免疫つけとけよ。おどおどビクビクしてるから恥ずかしいんだ。胸を張れ!!男ならかっこつけて堂々としてりゃいいんだよ!!」

「ぐげっ」

がばっと俯き加減だった首をホールドされ、無理やり顔を上に向かせられた浩太は「やめろ!!」と菊池の腕を外そうと躍起になったが、彼と浩太は身長、体格にかなり差がある上、万年帰宅部だったモヤシの浩太が、運動部の申し子と謳われた菊池に敵うはずがなかった。

されるがままに、浩太が菊池の手により面白顔になると、女子高生たちはそれを見てきゃっきゃと楽しそうに笑う。

「な。少なくとも気持ち悪がられてるようには見えねぇぞ。」

「うるせえ、アホ!!」

赤い顔を擦りながら、浩太は乱れた髪を撫でつけると、菊池の足をガスガスと蹴りつける。
そうこうしているうちに電車は次の駅に着き、そこが目的地だったらしい女子高生たちは楽しげな顔で電車を降りて行った。

降りる際、こちらをチラとみてふんわり笑う女子高生に、菊池がひらひらと手を振れば、少女達は鈴のような笑い声を立てて手を振り返す。
すかさず、菊池は浩太の手を持って、無理やり女子高生に手を振らせた。

「バカ!!何やって…」

「ほら、見ろよ。」

菊池の指さした方向には、女子高生達。
彼女達は嬉しそうな顔で浩太に手を振り返していた。
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