パラレル兄弟
「大雅、隆平が着替えたか見て来い!あと顔洗わせとけ!」
「やだよ」
フライパンを片手に朝食の支度をしている宗一郎は既に制服に着替え、身支度済みだ。
あとは弟達に朝ごはんを食べさせれば、残りの家事は学校から帰ってからでも大丈夫だと算段をつける。
出張や仕事で帰りの遅い両親の為、家事は必然的に長子である宗一郎が担ってきたため、こんなトラブルでも手慣れたものだ。
寝汚い次男の大雅も、先程無事着替えて二階から降りてくると、出された朝食を順々に平らげている。次男はなんとか遅刻は免れそうだ。
だが、安心するのはまだ早い。
先程から末弟の隆平の姿が見えないのだ。
もしかして、また靴下が片方無くて洗濯物をひっくり返しているのではないかと不安に駆られる宗一郎だが、今はコンロの前から離れられない。
そのため藁にも縋る思いで大雅に頼んでみたが、彼からかえって来たのは予想通りの言葉だった。
「なんでそう面倒見が悪ぃんだよ、おめぇは。」
「人の服をヨダレまみれにする馬鹿の面倒なんて見てられねぇよ。」
「ヨダレまみれ?」
宗一郎が火を止めて、フライパン片手に振り返ると、大雅は苦虫を噛み潰した様な顔になっていた。宗一郎が大雅の皿に出来たての野菜炒めを盛り付けると、その顔はさらに歪んだ。
「…昨日出しといたTシャツが、あいつの寝相に巻き込まれた…。」
大雅が箸でそっと野菜炒めを避けていると、「好き嫌いしてんじゃねえよ」と間髪入れずに突っ込みながら、宗一郎は今朝の末弟のダイナミックな寝相を思い出した。
「ああ…ありゃすげえよな…。」
隆平の寝相は破壊的に悪い。
その寝相のせいで、ベットから落ちる事が度々あるのだが、時としてその寝相は、床にある物を巻き込んでしまうことが多々ある。
本日犠牲になったのは、大雅が昨日出しておいたお気に入りのTシャツらしい。
うっかり床に置いたままだったTシャツは転がって来た隆平の体に絡め取られ、すっかりヨダレの餌食になってしまったのだ。
「あいつ、いつか殺す…。」
「大雅さん、目が怖い。」
齢10歳にして、殺し屋のような目ができる弟の将来が不安になる。
宗一郎が、思わず冷蔵庫に貼られた「心のレスキュー110番」という未成年相談ダイヤルを確認している所へ、件のヨダレ少年が賑やかな足音を立てながら二階から降りてきた。
「遅ぇぞ隆平‼着替え終わったか⁉」
その音を聞きつけた宗一郎が廊下をドタドタと走る隆平に声を掛けると、奥から「まだー」と元気な声が聞こえた。
「まだっておめぇ!!何してんだ!!」
宗一郎が怒鳴るが、隆平は台所には現われず、手前の洗面台の方へ駆けていったらしい。
奥の方から隆平のくぐもった声が聞こえた。
「パンツがないのー。」
「無いわけねぇだろぉ!!おめぇ、一体何枚パンツ持ってると思ってんだ!!っつーかまだパンツか!!!」
全裸じゃねぇか!!と宗一郎は頭を抱え、そしてハッと気が付いた。
パンツが無い→洗面台→洗濯機→洗濯物。
気が付いた宗一郎が、隆平ぃいいいい!!!と叫びながら慌てて洗面台の方へ駆けて行くと、奥の方からドサドサッ、という洗濯籠をひっくり返す音と、次いで宗一郎の叫び声が聞こえた。
それを聞きながら大雅はテレビのニュースを見て時刻を確認した。そして一人ランドセルを背負って廊下に出ると、玄関で靴を履き、背中に聞こえる「仮面ライダーのパンツ」という言葉をまるっきり無視すると、さっさと出掛けてしまった。
後に残った宗一郎が「ポケモンのパンツもカッコいい」と隆平を宥めて、急いで着替えをさせ、脇に隆平を抱えたまま台所に戻った頃には、台所はもぬけの殻だった。
次いで食卓に目を移し、大雅の皿を見た宗一郎は地を這うような声を出した。
「あ~の~や~ろ~お~。」
そこには全く手を付けられていない野菜炒めが、ホカホカと湯気を立てていたのである。