君の涙とわがままと
「おれ、お前とずっといっしょにいたいよ。」
そして隆平もまさに今、自分を諦めようとして別れを告げに来たのだと康高は悟った。
だが隆平は康高を諦め切れなかったのだ。
(そうか。俺はいつでも正面から気持ちを伝えてくれようとしてくれるお前に嫉妬していたんだ。
甘え方も、わがままの言い方もわからずに、お前に八つ当たりしていたんだな。…ごめんな)
「俺も。お前と一緒に居たい。」
そうして、隆平の顔を覗きこんで、康高はいつものように笑った。
「ごめんな、隆平。」
そう言った康高の顔を見て、安心したのか更にぼろぼろと涙を流した隆平はぐしゃぐしゃになった顔を康高に押し付けて泣いた。
「おれ、お前に無視されてすげぇ寂しかったんだからな。」
「あぁ。」
「松下行っても、連絡よこせよ。」
「あぁ。」
除夜の鐘が鳴り響く。
それから、あちこちで新年を祝う声が聞こえた。
「康高、おれ、お前が大好きだからな。」
「…あぁ。」
多分、自分と隆平の「好き」は違うんだろう、と康高は隆平の香りに顔を埋めながら思った。
だがこうやって、お互いのぬくもりに触れて、大事な人を好きだと思えるのなら。
(おれは、生涯、諦める事の無いようにしよう。)
こうして、酷い扱いをした自分を、許してくれるような、優しくかわいい幼なじみ。
(お前を諦めず、幸せになるように守っていこう。それが、俺の…。)
「隆平。」
「なに。」
「今年もよろしくな。」
そう康高が言うと、隆平があんまり嬉しそうに笑ったものだから、思わず、康高もつられて笑い、そして泣いてしまった。
「新入生、起立!!」
かけられた号令で、周りが一斉に立ち上がるのに気がついて、寝ぼけていた隆平も、慌てて立ち上がった。
四月。県立神代北工業高校の入学式に隆平は出席していた。
無事に高校に進学できた隆平は、周りを見てはぁ、とため息をつく。
不良校、という名は伊達ではない。
入学式だというのに、新入生は八割方しか出席していないし、在校生などは半数近くが居なかった。
噂には聞いていたけど凄い所に来てしまった、と隆平は今更ながらに肝が冷えるような気持ちでいた。
だが、だからこそ中学三年の秋に友達をぶん殴って停学処分になったにも関わらず、面接でも全くスルーされたのだろうが。
今頃康高も松下で入学式の真っ最中なのだろう。
(康高、おれ頑張るから、お前も頑張れよ。)
隆平は真っすぐに顔を上げる。
それから思い出したように、隆平は後方をそっと振り返る。
父兄の席が気になった。
妹の紗希と入学式が被るから、と母親は妹のところへ行き、父親がぶーぶーと文句を垂れながら来ていたはずだ。
この不良校で誰にも絡まれず無事でいるだろうか、という心配があった。
生徒の隙間から父兄の席が見え、その一番ど真ん中で冴えない顔をした父を見つけると、隆平はホッと一息つく。
父は何やら楽しげに隣の父兄と会話をしている。
社交的だなぁ~と感心して、どんな人と話しているのだろう、と父の隣を見て隆平は目を擦った。
「…あれ」
それはどう見ても見覚えのある顔。
あの優しい顔の中年男性と、気品のある女性。
それは。どう見ても。
混乱する頭で顔を元に戻す。入学式のプログラムは佳境に入っていた。
「新入生挨拶」
張りのある声に、思わず壇上を見る。そうして混乱のまま更に驚く事になる。
「新入生代表、比企康高」
「はい」
その聞きなれた声と姿に、隆平は思わずきょとんとしてしまった。
悠々と壇上へ上る姿は、見間違うはずがない。
「やすたか」
おもわず呟いた隆平に、壇上に上った康高が隆平を見て、笑った気がした。
「いやあ実に勿体ない。あの松下を蹴ってしまうなんて」
「仕方ありませんよ。」
壇上に上がる康高の晴れ姿をビデオに納めながら、隆平の父、勇治と、康高の父、藤四郎は雑談を交わしていた。
「でも推薦で受かった後、受けた実力試験で主席だったんでしょう?松下でも十分やっていけたでしょうに、わざわざ蹴って、ここを滑り込みで受けるとはねぇ。よっぽどの理由なんでしょうなぁ。」
首を傾げる勇治に藤四郎と由利恵は顔を見合わせて笑った。
「うちの倅は少しわがままになりましてね。」
藤四郎は笑いながら、ビデオに音声が入らないようにスイッチを切って、勇治に笑いながら呟いた。
「志望動機はこの学校に好きな子がいるから、だそうですよ」
「そいつは、まぁ。」
それを聞いた勇治が顔を緩めていたずらっぽく笑った。
「立派な動機ですこと。」
そう言って笑い合う保護者達に、息子達はもちろん気がつくはずがない。
藤四郎は再びビデオのスイッチを入れて、壇上の息子を写した。
(そう、君は若いのだから、それでいい。
好きな子のために、馬鹿になったっていいじゃないか。
きっとこれから、隆平君は君の涙もわがままも、彼なりに応えてくれる日が来る。)
「なあ、康高。」
液晶に映る小さな顔を突いて、藤四郎は笑った。
春の風はやさしい。
彼らをそっと包み込むように。
ふわり、ふわりと。
おしまい
そして隆平もまさに今、自分を諦めようとして別れを告げに来たのだと康高は悟った。
だが隆平は康高を諦め切れなかったのだ。
(そうか。俺はいつでも正面から気持ちを伝えてくれようとしてくれるお前に嫉妬していたんだ。
甘え方も、わがままの言い方もわからずに、お前に八つ当たりしていたんだな。…ごめんな)
「俺も。お前と一緒に居たい。」
そうして、隆平の顔を覗きこんで、康高はいつものように笑った。
「ごめんな、隆平。」
そう言った康高の顔を見て、安心したのか更にぼろぼろと涙を流した隆平はぐしゃぐしゃになった顔を康高に押し付けて泣いた。
「おれ、お前に無視されてすげぇ寂しかったんだからな。」
「あぁ。」
「松下行っても、連絡よこせよ。」
「あぁ。」
除夜の鐘が鳴り響く。
それから、あちこちで新年を祝う声が聞こえた。
「康高、おれ、お前が大好きだからな。」
「…あぁ。」
多分、自分と隆平の「好き」は違うんだろう、と康高は隆平の香りに顔を埋めながら思った。
だがこうやって、お互いのぬくもりに触れて、大事な人を好きだと思えるのなら。
(おれは、生涯、諦める事の無いようにしよう。)
こうして、酷い扱いをした自分を、許してくれるような、優しくかわいい幼なじみ。
(お前を諦めず、幸せになるように守っていこう。それが、俺の…。)
「隆平。」
「なに。」
「今年もよろしくな。」
そう康高が言うと、隆平があんまり嬉しそうに笑ったものだから、思わず、康高もつられて笑い、そして泣いてしまった。
「新入生、起立!!」
かけられた号令で、周りが一斉に立ち上がるのに気がついて、寝ぼけていた隆平も、慌てて立ち上がった。
四月。県立神代北工業高校の入学式に隆平は出席していた。
無事に高校に進学できた隆平は、周りを見てはぁ、とため息をつく。
不良校、という名は伊達ではない。
入学式だというのに、新入生は八割方しか出席していないし、在校生などは半数近くが居なかった。
噂には聞いていたけど凄い所に来てしまった、と隆平は今更ながらに肝が冷えるような気持ちでいた。
だが、だからこそ中学三年の秋に友達をぶん殴って停学処分になったにも関わらず、面接でも全くスルーされたのだろうが。
今頃康高も松下で入学式の真っ最中なのだろう。
(康高、おれ頑張るから、お前も頑張れよ。)
隆平は真っすぐに顔を上げる。
それから思い出したように、隆平は後方をそっと振り返る。
父兄の席が気になった。
妹の紗希と入学式が被るから、と母親は妹のところへ行き、父親がぶーぶーと文句を垂れながら来ていたはずだ。
この不良校で誰にも絡まれず無事でいるだろうか、という心配があった。
生徒の隙間から父兄の席が見え、その一番ど真ん中で冴えない顔をした父を見つけると、隆平はホッと一息つく。
父は何やら楽しげに隣の父兄と会話をしている。
社交的だなぁ~と感心して、どんな人と話しているのだろう、と父の隣を見て隆平は目を擦った。
「…あれ」
それはどう見ても見覚えのある顔。
あの優しい顔の中年男性と、気品のある女性。
それは。どう見ても。
混乱する頭で顔を元に戻す。入学式のプログラムは佳境に入っていた。
「新入生挨拶」
張りのある声に、思わず壇上を見る。そうして混乱のまま更に驚く事になる。
「新入生代表、比企康高」
「はい」
その聞きなれた声と姿に、隆平は思わずきょとんとしてしまった。
悠々と壇上へ上る姿は、見間違うはずがない。
「やすたか」
おもわず呟いた隆平に、壇上に上った康高が隆平を見て、笑った気がした。
「いやあ実に勿体ない。あの松下を蹴ってしまうなんて」
「仕方ありませんよ。」
壇上に上がる康高の晴れ姿をビデオに納めながら、隆平の父、勇治と、康高の父、藤四郎は雑談を交わしていた。
「でも推薦で受かった後、受けた実力試験で主席だったんでしょう?松下でも十分やっていけたでしょうに、わざわざ蹴って、ここを滑り込みで受けるとはねぇ。よっぽどの理由なんでしょうなぁ。」
首を傾げる勇治に藤四郎と由利恵は顔を見合わせて笑った。
「うちの倅は少しわがままになりましてね。」
藤四郎は笑いながら、ビデオに音声が入らないようにスイッチを切って、勇治に笑いながら呟いた。
「志望動機はこの学校に好きな子がいるから、だそうですよ」
「そいつは、まぁ。」
それを聞いた勇治が顔を緩めていたずらっぽく笑った。
「立派な動機ですこと。」
そう言って笑い合う保護者達に、息子達はもちろん気がつくはずがない。
藤四郎は再びビデオのスイッチを入れて、壇上の息子を写した。
(そう、君は若いのだから、それでいい。
好きな子のために、馬鹿になったっていいじゃないか。
きっとこれから、隆平君は君の涙もわがままも、彼なりに応えてくれる日が来る。)
「なあ、康高。」
液晶に映る小さな顔を突いて、藤四郎は笑った。
春の風はやさしい。
彼らをそっと包み込むように。
ふわり、ふわりと。
おしまい