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1阿川雄太
2粟谷圭介
3五十嵐健
4伊藤俊輔
5井上カオル


教室の黒板に貼り出されていた座席表は出席番号順に記されていた。
全く顔の知らない連中を見回しながら、俊輔は黒板の前の人だかりから少し後ろに立つと座席表を見て、小さな欠伸を一つ零した。


入学一日目のことである。









好死は悪活に如かず。
番外編。
俊輔とダニエル。












春眠暁を覚えず、とはよく言ったものだ。

春はぐっすりと眠り込んでしまうため、夜が明けた事にも気が付かず、寝過ごしてしまうという意味だが、俊輔は静かに頭を振った。

春眠常に覚えず。

そんな言葉がまさにピッタリと当てはまる。眠い。俊輔の眼は今にも閉じんばかりだ。
麗らかな日差し。心地よい気温。

昨日寮に入り、部屋の荷物整理のはずが、暇つぶしに持ってきた映画雑誌を夜遅くまで読み耽っていたのが祟ったらしい。

はっきり言って雑誌を買い込むほど映画に入れ込んでいるわけでは無いのだが、表紙の外人美女が際どいドレスを着ていて、それにつられて思わず買ってしまった、というのが本当のところだった。

新しい教室の窓は開け放たれており、そこからそよそよと心地の良い風が入ってくる。

それにまた「ふあ」と大きな欠伸をして、涙目になった瞳をゴシゴシと擦ると、俊輔は小さな文字で書かれている座席表をしょぼしょぼとした目で眺めた。

黒板の前はクラスメイト達が群がり、人だかりが出来ていたが、目を凝らせば十分に見える。
どうせ最初の方だろうと、廊下側の席順の名前を辿ると、直ぐに自分の名前を確認できた。

「4番か。」

「不吉だな」とつぶやき、俊輔は黒板に背を向けて自分の席へと向かおうと踵を返した。
と、その時、自分の後ろに誰か居たらしく、振り返った瞬間、眼鏡をかけた少年のドアップが視界一杯に広がった。

「うぉっ」

思わず声を出すと、相手の少年もいきなり俊輔が振り返るとは予想していなかったらしく、鼻先がくっつきそうなほど近付いた顔にきょとんとしていた。

「ごめん、ごめん、あーびっくらこいた!」

とりあえず謝罪の言葉を投げかけて俊輔が身を引くと、俊輔よりも少し背の高い少年は「いや、俺こそ。」と言って笑った。

距離をとって少年を見ると、彼は黒い髪を縦横無尽に遊ばせて薄い眼鏡をかけている。その柔らかい表情から人当たりの良さが窺えた。

その姿に俊輔は一瞬首を傾げた。

この少年をどこかで見たような気がしたのだ。俊輔がそうぼんやりと考えていると、少年は何事も無かったように俊輔の横を通り過ぎ、黒板の人だかりへと向かっていった。
どうやら彼も自分の席を見つけようとしているらしいが、少年は人だかりの間からひょこひょこと背伸びをするようにしている。
眼鏡をかけている彼には、小さい座席表の文字は全く見えていないらしかった。


俊輔はまだ眠さで空ろな瞳をしながら、寝癖の付いた頭をボリボリとかいていたが、やがてその少年の隣に立った。

「名前なんつーの?」

「ん?」

彼の隣に立って俊輔が問うと、呼びかけられた少年は先ほどと同じ穏やかな顔で俊輔を見た。その顔は穏やかではあったが少々驚いている風でもある。
そんな少年を見て、俊輔は笑うと「あれ」と座席表を指差す。

「見えねぇんだろ。おれ、目だけは良いんだ。」

「見つけてやるよ」と俊輔が続けると、少年は少々面食らったような顔をしたが、直ぐに破顔してみせた。
その顔に俊輔は少しだけホッと息をつく。
話しかけたは良いが、ヘンな奴と思われないか少々心配だった。だがそんな俊輔の心配もどこ吹く風で、少年の返答は親しげなものだった。

「マジ?助かるわ。全然見えねぇからさ、どうしようかと思ってたとこなんだ。」

「なー。前にいるやつら、見たらすぐどきゃー良いのにな。」

俊輔が言うと、少年は「ほんとだな」と言ってまた笑うと俊輔の顔を見て目を細めた。

「俺、井上。宜しく。」

井上と名乗った少年を見て、今度は俊輔の方がきょとん、とした顔をしてしまった。
それから直ぐにブッと噴出す。そんな俊輔の顔を見て井上は「え、笑うとこ?」と聞いてきたが、俊輔はケタケタと笑いながら「なんだ」と呟いた。

「お前、おれの後ろの席だわ。」

「え、マジ?」

「マジマジ。井上って見覚えあるもん、ホラ、あれだろ、えーと、井上カオル?」

「おーそうそう!うっわ、すげぇ偶然だな。」

思わぬ偶然に、井上と俊輔はお互いの顔を見合わせてケラケラと笑いだした。
偶然話しかけた少年が自分と前後の席だなんて、そうそうあることじゃない。
彼に妙な親近感を覚えた俊輔は、未だ笑っている顔を改めて見ると「あ」と声を上げた。
それに気がついた井上カオルは「今度はなんだ?」と顔を緩めたまま問い掛けてきて、俊輔は彼の顔をマジマジと見ながら「そっか」と呟いた。

「ダニエルだ。」

「は?」

「ダニエルに似てんだ、お前。」

「はい?」

先ほど井上と対面した際、誰かに似ていると思っていた。
その原因が分かった。

それはここに来る前に買った映画雑誌。
その中のハリーポッターシリーズの最新作情報が載っていた。縦横無尽に遊ばせた髪の毛、眼鏡、鼻筋の通った顔が雑誌の中の人物を彷彿とさせる。
ハリー役の、ダニエル・ラドクリフだ。

「井上のことダニエルって呼んで良い?」

「なんじゃそりゃ。」

笑いをこらえたような顔をして、少し困ったように眉を下げた少年は、驚いているようではあったが、まんざらでもなさそうである。恐らく、「ダニエル」が誰なのかも分かっていないのだろうが、「井上カオル」が「ダニエル」になるには全く接点が見受けらないため、ギャグだと思われたらしい。

「俺のあだ名より、お前の名前を教えてくれよ!まだ聞いてねぇんだけど。」

井上が少し首を傾げるのを眺めながら、俊輔は最早、彼が今にも制服の裾から杖を取り出すのでは無いかという気さえしていた。
そんな自分の想像が妙に可笑しくて、俊輔は誤魔化すように悪戯っぽい顔で笑ってみせる。

「おれ、伊藤俊輔。」

「俊輔。」と自分の名前を復唱する井上の目じりが薄っすらと柔らかくなる。
その表情は麗らかな春の日差しに相応しいような穏やかさがあった。

ああ、でも、と俊輔はその顔を見ながらぼんやりと思う。

確かに目の前の少年は一見すれば件のハリー役のダニエルに似ている。
髪型や眼鏡や、顔の作り。
知ってる奴なら「あー確かに」と同調することは間違いない。

だが、その双眸には襲い掛かる敵を見据えるような鋭い光は宿っていない。

「そのダニエルって、そんなに俺に似てんの?」

一緒に自分達の席に向かいながら問い掛けてきた井上カオルを振り返りながら、俊輔はその顔をジ、と見ると少し笑う。

「うーん、すげー似てる…ようでやっぱ違うかも?」

「何?どっちなの?」

「あーー、うーーん。」

「はっきりしろよ、俊輔。」

また困ったように笑った井上カオルの顔を見ながら、俊輔は目を細めた。
そこにあるのは春をうつした淡く落ち着いた色彩。
名前を呼ばれて少しくすぐったい。


よく分からんが、普通に両親に愛されて健全に育てば、こんな顔になったのかもな、ハリーも、と俊輔はぼんやりと思った。
いや、それはもはやハリーの話であって、ダニエル・ラドクリフは役者なんだから関係ねぇわ、と独り言ち、俊輔は思わず笑った。

「なに?」

俊輔の笑みに、井上は少し照れたように笑ってみせた。目元にくしゃりとシワが寄る。

その眼差しは、雑誌の中の人物よりも、ずっと穏やかで優しかった。





おしまい。


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