旧サイト拍手お礼文
傾向…隆平、紗希、康高の中学2年生の頃の話。
※康高がまだ隆平への気持ちを自覚する前のお話です。
※NL要素有り。ほのぼの。
●Happy Xmas!!
「あ」
声をあげた隆平に、紗希はこてん、と首を傾げた。
「どうしたの?」
賑やかなクリスマスの飾り付けをしたショッピングモールを二人で歩いて居た所、唐突に立ち止まった隆平に首を傾げた紗希は、彼の陰からひょい、と顔を覗かせるとその視線の先を追った。
「あ」
そして隆平の視線が捉えたものを見つけると、思わず隆平と同じ反応をしてしまった。
隆平の目線の先には居たのは、賑やかなショッピングモール街を歩く、ごくごく普通のカップルだったのだが、その片割れは、自分達がよく知る人物だったのだ。
「やっちゃんだ」
高い背と、鼻筋の通った端整な横顔は遠くからでもよく目立つ。
カッコ良くて頭も良い、自慢の幼馴染み、比企康高は、最近出来たという彼女と並んで、和やかに談笑しながら賑やかなモール街を歩いて居た。
「うーん、ラブラブだね」
ふふ、と少し悪戯っぽく笑った紗希と反対に、隆平は少し間を置いてから浮かない顔で「そうだな」と答えた。
康高に彼女が出来てから、もう一ヶ月になる。
相手は女子、男子の両方から人気の有る、快活な美人だった。
相手の片思いで、入学した時から好きだった、と康高が告白を受けたのは、中学二年の秋。
今まで何回か告白を受けてきた康高だったが、その返事はいつも決まっていて、一世一代の覚悟を決めて康高を呼び出す女子は、目を赤く腫らして帰ってくるのが常だった。
勿論女の子を手ひどく振る様な男では無いので、それに関して攻め立てられるような事は無かったが、それが二度三度と続くと流石に女子からは嫌味が飛んだ。
しかし康高の人気は依然衰える気配を見せなかったのである。
だが、遠巻きに康高を見て騒ぎ立てる女子は増えたが、連敗続きで怖気づいたらしく、それから暫くは康高に告白するという挑戦者は現れなかった。
それから暫くして、男女共に人気が有る安達、という少女が康高を呼び出した。
周りはまた康高が振るのではないかとハラハラしながら見守ったが、彼女には多少なりに好意を持っていたのか、康高はその告白を二つ返事で受け入れたのである。
比企康高に彼女が出来たというニュースは瞬く間に学校中に広がった。何せ康高を狙っている女子と言うのは、同学年は勿論のこと、上級生、下級生にも多く居たので、康高に彼女が出来た、と言うニュースから間も無くは、此処彼処に悲嘆に暮れる女子が見受けられた。
勿論、隆平と紗希は親友に恋人が出来たと、本人以上に大騒ぎして喜び、大いにからかってやったのだが、今まで康高の引っ付いて離れなかった千葉兄妹は、周りの友人からは何故か慰めを受ける羽目となった。
それから間も無く、隆平、そして紗希も、その慰めの意味を知ることになったのである。
「康高と、最近遊んでないな…」
そう零したのは隆平だった。遠ざかっていく康高の背中を眺めながら、紗希は「うん」と頷く。
「仕方無いよ、恋人が優先なんだもん」
「そうだけどさ…」
ぶすっとした顔をして首に巻いていたマフラーに、への字に曲げた口を埋める隆平を見た紗希は、計らずも隣の兄と同じ心持ちだった。
大好きな幼馴染は、最近彼女と居る事で忙しいらしく、最近遊んでくれないのだ。
明日のクリスマスだって、いつもは千葉家に康高を無理矢理引きずり込んだパーティが恒例となっていたが、今年は多忙の康高を捕まえる事が出来ず、話し合いすら出来ない状態だった。
「このぶんだと、彼女さんと過ごすんだね。クリスマスは。」
紗希は少し寂しそうに微笑んだが、隆平は「だろうな」とぶっきらぼうに頷いた。
「隆ちゃん、クリスマスは恋人には特別な日なんだから。」
「そんなのわかってるけどさぁ…」
クリスマスが恋人にとって特別なイベントであることは知っている。
邪魔しちゃ悪いと思うし、友達と過ごすよりも、恋人が優先になるのは当たり前だ。
だが、面白くない。
勿論、親友に恋人が出来たというのはめでたい事だし、見守ってやるのは当たり前の事だが、同じ男として一歩先に進む康高に嫉妬している部分があったし、何より、寂しかった。
「隆ちゃんだって、いつか好きな人とクリスマス、過ごすようになるんだよ?」
そんな隆平を見た紗希は困った様な顔で笑うと、隆平の腕に、自分の腕を絡み付けた。
「それまでの辛抱だよっ。だから今年は紗希とクリスマスね!」
ニコっと笑った紗希の顔を見た隆平は、相変わらず唇を尖らせていたが、再度マフラーに顔を埋める様にして、「おれは」と呟いた。
「え?」
マフラーから、白い息が洩れて、それが賑やかな町並みに消えてゆく。
「おれは、彼女が出来ても、クリスマスは家で、家族と過ごす。」
ぶすっとしたまま呟いた隆平の意地っぱりな発言に、紗希は思わず噴出して笑ってしまったのだった。
クリスマス当日。
あれから何度も康高と安達を校内で見掛けたが、クリスマスが近づくにつれて、二人の時間はますます増えており、二人の間には誰も入る隙間など無い状態になっていた。
隆平と紗希は、自分たちは本当に親友なのかと思うほど、康高と会話を出来る機会は減ってしまっていたのだった。
実はあれから、何回か、今年のクリスマスについての話題を切り出そうとしていた隆平だったが、そんな機会は当然与えられる事も無く、クリスマスになった今ではすっかりと諦めがついてしまっていた。
「それではー、裏切り者の康高にかんぱーい」
「お父さん!!」
既にへべれけ状態になっていた勇治がシャンパンを片手に、何度目か分からない音頭を取ると、それを怖い顔をした紗希がたしなめる。
「今頃康高くんは恋人とラブラブなのね…。お母さんだってあと十年若かったら…」
ケーキを切り分けていた香織が、包丁を持ったままうっとりとする姿に、隆平はフライドチキンを齧ったまま、ぼそ、と呟いた。
「十年若くてもおばさんじゃんか…」
「クリスマスを家族と過ごす様なさくらんぼ少年が生意気言うんじゃないわよ。」
「…」
包丁に付いたクリームを舌で舐め取りながら、恐ろしい目付きで隆平を睨み付けてきた香織に、隆平は青い顔をしたままサッと視線を逸らした。
隣で紗希が「さくらんぼ少年って何?」と首を傾げているのに気が付かない振りをしたまま、隆平はそれなりに楽しげな家族を見回した。
いつもは、この光景に康高が居るのにな、と小さく溜息をつく。
康高の両親は、この日になるとラブラブで目も当てられないので、ここは楽しくて良いな、と、いつだったか康高が零したのを思い出した。
そんな康高も、結局は恋人とラブラブになるために、「家族とクリスマス」という儀式を早々に離脱したのである。カエルの子はカエル、と隆平は思いながら、大きなフライドチキンに齧り付く。
今頃は彼女と、と思うと、チキンの味も分からなくなってしまう。
――…別に、こっちを優先しろとは言わないけどさ、一言くらい声を掛けてくれても良かったじゃんか。
毎年恒例なんだから、自分達に断り位入れてくれても良いのに、と隆平は顔を顰めた。
―――それとも、おれ等の事忘れるくらい、彼女と居るのが楽しいのかよ。
なんだか腹立たしくなって、隆平が黙って食べかけのチキンを皿に置いた、その時だった。
ピンポーン、とインターホンが鳴ったのに気が付いて、家族が揃って顔を上げる。
「お客さんかしら」
「サンタだ、サンタ」
「宅配かも」
上から香織、勇治、紗希である。
こんな時間に宅配や客があるものだろうか。心当たりが無い家族は勇治を除いて揃って首を傾げたが、リビングの扉に一番近い隆平が自然と席を立って玄関に向かった。
パタパタと廊下を走ると、またピンポーン、とインターホンが鳴る。
「今開けますー」
そう言いながら、隆平が玄関の施錠を外して扉を開けると、外の冷たい風がぴゅう、と家の中に入って来て、隆平は一瞬身震いをしたが、目の前に立っていた人物に、目を見開いた。
それから思わず、ポカン、と口を開けてその人物を凝視してしまったのである。
そうして隆平が固まっていると、後ろの方から紗希がパタパタと後を追って来た。
「隆ちゃん、ハンコ、ハンコ」
宅配だと思い込んでいた紗希が、手にハンコを持って来たが、紗希も、玄関の外に居た人物を見ると、きょとん、とした顔をしてしまった。
「やっちゃん」
隆平と同じ様に口をポカンと開けた紗希が大きな目を見開いたその視線の先には、二人の幼馴染、比企康高が立っていたのである。
その手には大きな袋を持っていて、それが千葉家へのプレゼントだと知れた。
「なんだ?」
隆平と紗希の態度に、怪訝な顔をした康高が首を傾げると、隆平と紗希が慌てて声を上げた。
「なんだ、じゃねーよ!!何でこんなとこに居るんだよ!!康高!!」
「何でって…俺は毎年この日はここに居るだろうが」
「そうじゃないでしょ!!やっちゃん!!彼女はどうしたのよ!!」
「おっと」
玄関に裸足のまま降りて、詰め寄ってくる隆平と紗希に、康高はプレゼントが潰されない様に非難させながら二人の迫力に驚いて、珍しくたじろいだが、ややあって小さく溜息を吐いた。
「…会って来たけど、何か怒って帰って行った。」
「ええ?」
康高の発言に、隆平が思わず康高の胸倉を掴んだ。
「おま、おま、何をしたー!!!まさか無理矢理…!!」
「するか」
ベシ、と康高の容赦無い手刀を頭に食らった隆平は、涙目になりながら康高を見上げる。
「じゃあ、なんなんだよ…」
本当に何がなにやら分からなくなった隆平が問うのと同時に、隆平の頭を撫でながら、紗希も頷く。それを見た康高は深いため息を吐いて、遠い目をした。
「それが、クリスマスは恋人と過ごす行事だから、と一緒に出掛けたは良いんだが、頃合を見て夕方辺りで切り上げようと思ったら、急に怒り出してな…。何か用事が有るのか、と聞かれたから、友達の家でパーティだ、と言ったら見事な平手打ちを残して帰っていった。」
「…やっちゃん…」
康高の話を聞いた紗希と隆平は唖然としてしまった。
紗希が目を凝らすと、確かに康高の頬は少し赤くなっていて、よほどの力で叩かれたのだろうか、ちょっと腫れているような気がした。
なんて女心のわかんない人なんだろう。
「そりゃ怒るよ…康高…。年に一度のカップルのメインイベントなのに夕方で解散してどーすんだよ!」
「そーよ!!クリスマスは夜の方がメインなんだよ!!綺麗なイルミネーション見たりとか、考えなかったの!!??」
「大体彼女の前で友達ん家でパーティってお前!!デリカシー無さ過ぎ!!」
「メインに友達を持ってきてどうするのよ!!信じられない!!平手打ち一発で済んだのは奇跡だよ!!」
口を挟む間も無く、矢継ぎ早に隆平と紗希がぎゃんぎゃんと吼えるのを聞きながら、康高は小さく溜息を吐いた。
康高にしてみれば、この二人の反応の方が意外だった。
康高は、当然のように今年のクリスマスもこの家で過ごすつもりだったのである。
それを、安達がクリスマスは一緒に居たいと言うので、譲歩して朝から夕方まで時間を割いたのに何故か怒られてしまった。
第一、安達のお陰で隆平と紗希との時間が減っていたのにも関わらず彼女が怒るなんて何だか理不尽のような気がしたのだが、怒鳴られるままにしていたら綺麗な平手打ちを食らってしまったのだ。
そうしてまで勝ち取った千葉家でのクリスマスだったのに、今度はどういう因果か千葉家の双子にもどやされるなんて。
――全く、こういう時はいつも以上に気が合うというかなんと言うか。
そう思いながら、こちらも何だか呆れてしまっていたのだが、怒鳴られれば怒鳴られる程だんだんとこの珍妙な状況がやけに可笑しくなってきた。
第一こうして話すのも久し振りだ。
怒鳴られているのに、康高は何故だか可笑しいような、楽しいような、嬉しいような。そんなたまらない気持ちになっていた。
必死な双子を前に康高が思わず小さく噴出すと、隆平と紗希はムッとして、同時にむくれてしまった。
そんな幼い仕草も何だか可愛らしく見えて、康高が二人の頭に手を乗せると、口元がふるふると震えている千葉の双子が同時に顔を上げた。
それを見た康高は、咄嗟に、この二人も自分と同じ状況なのだと気が付いたのだった。
大声を出して笑いたいのを堪えて、その二人の頭をぐりぐりと撫でながら、康高は少し意地悪っぽい顔で笑った。
「なんだ、俺が来ちゃいけなかったのか?」
そう聞いた途端、笑いを堪えていた隆平と紗希が同時に噴出して、ケラケラと嬉しそうに笑いながら康高に飛びついて来たので、康高がバランスを崩して三人仲良く玄関に転がってしまい、その騒動を聞きつけた勇治と香織がリビングからひょっこりと顔を覗かせて、顔を見合わせてキョトン、としたのだった。
その後、康高が安達さんに振られたのは言うまでも無かった。
ハッピークリスマス!!
おしまい。
安達さんは良い迷惑だね!!ごめんね…。
次は良い男を見つけてね…。
※康高がまだ隆平への気持ちを自覚する前のお話です。
※NL要素有り。ほのぼの。
●Happy Xmas!!
「あ」
声をあげた隆平に、紗希はこてん、と首を傾げた。
「どうしたの?」
賑やかなクリスマスの飾り付けをしたショッピングモールを二人で歩いて居た所、唐突に立ち止まった隆平に首を傾げた紗希は、彼の陰からひょい、と顔を覗かせるとその視線の先を追った。
「あ」
そして隆平の視線が捉えたものを見つけると、思わず隆平と同じ反応をしてしまった。
隆平の目線の先には居たのは、賑やかなショッピングモール街を歩く、ごくごく普通のカップルだったのだが、その片割れは、自分達がよく知る人物だったのだ。
「やっちゃんだ」
高い背と、鼻筋の通った端整な横顔は遠くからでもよく目立つ。
カッコ良くて頭も良い、自慢の幼馴染み、比企康高は、最近出来たという彼女と並んで、和やかに談笑しながら賑やかなモール街を歩いて居た。
「うーん、ラブラブだね」
ふふ、と少し悪戯っぽく笑った紗希と反対に、隆平は少し間を置いてから浮かない顔で「そうだな」と答えた。
康高に彼女が出来てから、もう一ヶ月になる。
相手は女子、男子の両方から人気の有る、快活な美人だった。
相手の片思いで、入学した時から好きだった、と康高が告白を受けたのは、中学二年の秋。
今まで何回か告白を受けてきた康高だったが、その返事はいつも決まっていて、一世一代の覚悟を決めて康高を呼び出す女子は、目を赤く腫らして帰ってくるのが常だった。
勿論女の子を手ひどく振る様な男では無いので、それに関して攻め立てられるような事は無かったが、それが二度三度と続くと流石に女子からは嫌味が飛んだ。
しかし康高の人気は依然衰える気配を見せなかったのである。
だが、遠巻きに康高を見て騒ぎ立てる女子は増えたが、連敗続きで怖気づいたらしく、それから暫くは康高に告白するという挑戦者は現れなかった。
それから暫くして、男女共に人気が有る安達、という少女が康高を呼び出した。
周りはまた康高が振るのではないかとハラハラしながら見守ったが、彼女には多少なりに好意を持っていたのか、康高はその告白を二つ返事で受け入れたのである。
比企康高に彼女が出来たというニュースは瞬く間に学校中に広がった。何せ康高を狙っている女子と言うのは、同学年は勿論のこと、上級生、下級生にも多く居たので、康高に彼女が出来た、と言うニュースから間も無くは、此処彼処に悲嘆に暮れる女子が見受けられた。
勿論、隆平と紗希は親友に恋人が出来たと、本人以上に大騒ぎして喜び、大いにからかってやったのだが、今まで康高の引っ付いて離れなかった千葉兄妹は、周りの友人からは何故か慰めを受ける羽目となった。
それから間も無く、隆平、そして紗希も、その慰めの意味を知ることになったのである。
「康高と、最近遊んでないな…」
そう零したのは隆平だった。遠ざかっていく康高の背中を眺めながら、紗希は「うん」と頷く。
「仕方無いよ、恋人が優先なんだもん」
「そうだけどさ…」
ぶすっとした顔をして首に巻いていたマフラーに、への字に曲げた口を埋める隆平を見た紗希は、計らずも隣の兄と同じ心持ちだった。
大好きな幼馴染は、最近彼女と居る事で忙しいらしく、最近遊んでくれないのだ。
明日のクリスマスだって、いつもは千葉家に康高を無理矢理引きずり込んだパーティが恒例となっていたが、今年は多忙の康高を捕まえる事が出来ず、話し合いすら出来ない状態だった。
「このぶんだと、彼女さんと過ごすんだね。クリスマスは。」
紗希は少し寂しそうに微笑んだが、隆平は「だろうな」とぶっきらぼうに頷いた。
「隆ちゃん、クリスマスは恋人には特別な日なんだから。」
「そんなのわかってるけどさぁ…」
クリスマスが恋人にとって特別なイベントであることは知っている。
邪魔しちゃ悪いと思うし、友達と過ごすよりも、恋人が優先になるのは当たり前だ。
だが、面白くない。
勿論、親友に恋人が出来たというのはめでたい事だし、見守ってやるのは当たり前の事だが、同じ男として一歩先に進む康高に嫉妬している部分があったし、何より、寂しかった。
「隆ちゃんだって、いつか好きな人とクリスマス、過ごすようになるんだよ?」
そんな隆平を見た紗希は困った様な顔で笑うと、隆平の腕に、自分の腕を絡み付けた。
「それまでの辛抱だよっ。だから今年は紗希とクリスマスね!」
ニコっと笑った紗希の顔を見た隆平は、相変わらず唇を尖らせていたが、再度マフラーに顔を埋める様にして、「おれは」と呟いた。
「え?」
マフラーから、白い息が洩れて、それが賑やかな町並みに消えてゆく。
「おれは、彼女が出来ても、クリスマスは家で、家族と過ごす。」
ぶすっとしたまま呟いた隆平の意地っぱりな発言に、紗希は思わず噴出して笑ってしまったのだった。
クリスマス当日。
あれから何度も康高と安達を校内で見掛けたが、クリスマスが近づくにつれて、二人の時間はますます増えており、二人の間には誰も入る隙間など無い状態になっていた。
隆平と紗希は、自分たちは本当に親友なのかと思うほど、康高と会話を出来る機会は減ってしまっていたのだった。
実はあれから、何回か、今年のクリスマスについての話題を切り出そうとしていた隆平だったが、そんな機会は当然与えられる事も無く、クリスマスになった今ではすっかりと諦めがついてしまっていた。
「それではー、裏切り者の康高にかんぱーい」
「お父さん!!」
既にへべれけ状態になっていた勇治がシャンパンを片手に、何度目か分からない音頭を取ると、それを怖い顔をした紗希がたしなめる。
「今頃康高くんは恋人とラブラブなのね…。お母さんだってあと十年若かったら…」
ケーキを切り分けていた香織が、包丁を持ったままうっとりとする姿に、隆平はフライドチキンを齧ったまま、ぼそ、と呟いた。
「十年若くてもおばさんじゃんか…」
「クリスマスを家族と過ごす様なさくらんぼ少年が生意気言うんじゃないわよ。」
「…」
包丁に付いたクリームを舌で舐め取りながら、恐ろしい目付きで隆平を睨み付けてきた香織に、隆平は青い顔をしたままサッと視線を逸らした。
隣で紗希が「さくらんぼ少年って何?」と首を傾げているのに気が付かない振りをしたまま、隆平はそれなりに楽しげな家族を見回した。
いつもは、この光景に康高が居るのにな、と小さく溜息をつく。
康高の両親は、この日になるとラブラブで目も当てられないので、ここは楽しくて良いな、と、いつだったか康高が零したのを思い出した。
そんな康高も、結局は恋人とラブラブになるために、「家族とクリスマス」という儀式を早々に離脱したのである。カエルの子はカエル、と隆平は思いながら、大きなフライドチキンに齧り付く。
今頃は彼女と、と思うと、チキンの味も分からなくなってしまう。
――…別に、こっちを優先しろとは言わないけどさ、一言くらい声を掛けてくれても良かったじゃんか。
毎年恒例なんだから、自分達に断り位入れてくれても良いのに、と隆平は顔を顰めた。
―――それとも、おれ等の事忘れるくらい、彼女と居るのが楽しいのかよ。
なんだか腹立たしくなって、隆平が黙って食べかけのチキンを皿に置いた、その時だった。
ピンポーン、とインターホンが鳴ったのに気が付いて、家族が揃って顔を上げる。
「お客さんかしら」
「サンタだ、サンタ」
「宅配かも」
上から香織、勇治、紗希である。
こんな時間に宅配や客があるものだろうか。心当たりが無い家族は勇治を除いて揃って首を傾げたが、リビングの扉に一番近い隆平が自然と席を立って玄関に向かった。
パタパタと廊下を走ると、またピンポーン、とインターホンが鳴る。
「今開けますー」
そう言いながら、隆平が玄関の施錠を外して扉を開けると、外の冷たい風がぴゅう、と家の中に入って来て、隆平は一瞬身震いをしたが、目の前に立っていた人物に、目を見開いた。
それから思わず、ポカン、と口を開けてその人物を凝視してしまったのである。
そうして隆平が固まっていると、後ろの方から紗希がパタパタと後を追って来た。
「隆ちゃん、ハンコ、ハンコ」
宅配だと思い込んでいた紗希が、手にハンコを持って来たが、紗希も、玄関の外に居た人物を見ると、きょとん、とした顔をしてしまった。
「やっちゃん」
隆平と同じ様に口をポカンと開けた紗希が大きな目を見開いたその視線の先には、二人の幼馴染、比企康高が立っていたのである。
その手には大きな袋を持っていて、それが千葉家へのプレゼントだと知れた。
「なんだ?」
隆平と紗希の態度に、怪訝な顔をした康高が首を傾げると、隆平と紗希が慌てて声を上げた。
「なんだ、じゃねーよ!!何でこんなとこに居るんだよ!!康高!!」
「何でって…俺は毎年この日はここに居るだろうが」
「そうじゃないでしょ!!やっちゃん!!彼女はどうしたのよ!!」
「おっと」
玄関に裸足のまま降りて、詰め寄ってくる隆平と紗希に、康高はプレゼントが潰されない様に非難させながら二人の迫力に驚いて、珍しくたじろいだが、ややあって小さく溜息を吐いた。
「…会って来たけど、何か怒って帰って行った。」
「ええ?」
康高の発言に、隆平が思わず康高の胸倉を掴んだ。
「おま、おま、何をしたー!!!まさか無理矢理…!!」
「するか」
ベシ、と康高の容赦無い手刀を頭に食らった隆平は、涙目になりながら康高を見上げる。
「じゃあ、なんなんだよ…」
本当に何がなにやら分からなくなった隆平が問うのと同時に、隆平の頭を撫でながら、紗希も頷く。それを見た康高は深いため息を吐いて、遠い目をした。
「それが、クリスマスは恋人と過ごす行事だから、と一緒に出掛けたは良いんだが、頃合を見て夕方辺りで切り上げようと思ったら、急に怒り出してな…。何か用事が有るのか、と聞かれたから、友達の家でパーティだ、と言ったら見事な平手打ちを残して帰っていった。」
「…やっちゃん…」
康高の話を聞いた紗希と隆平は唖然としてしまった。
紗希が目を凝らすと、確かに康高の頬は少し赤くなっていて、よほどの力で叩かれたのだろうか、ちょっと腫れているような気がした。
なんて女心のわかんない人なんだろう。
「そりゃ怒るよ…康高…。年に一度のカップルのメインイベントなのに夕方で解散してどーすんだよ!」
「そーよ!!クリスマスは夜の方がメインなんだよ!!綺麗なイルミネーション見たりとか、考えなかったの!!??」
「大体彼女の前で友達ん家でパーティってお前!!デリカシー無さ過ぎ!!」
「メインに友達を持ってきてどうするのよ!!信じられない!!平手打ち一発で済んだのは奇跡だよ!!」
口を挟む間も無く、矢継ぎ早に隆平と紗希がぎゃんぎゃんと吼えるのを聞きながら、康高は小さく溜息を吐いた。
康高にしてみれば、この二人の反応の方が意外だった。
康高は、当然のように今年のクリスマスもこの家で過ごすつもりだったのである。
それを、安達がクリスマスは一緒に居たいと言うので、譲歩して朝から夕方まで時間を割いたのに何故か怒られてしまった。
第一、安達のお陰で隆平と紗希との時間が減っていたのにも関わらず彼女が怒るなんて何だか理不尽のような気がしたのだが、怒鳴られるままにしていたら綺麗な平手打ちを食らってしまったのだ。
そうしてまで勝ち取った千葉家でのクリスマスだったのに、今度はどういう因果か千葉家の双子にもどやされるなんて。
――全く、こういう時はいつも以上に気が合うというかなんと言うか。
そう思いながら、こちらも何だか呆れてしまっていたのだが、怒鳴られれば怒鳴られる程だんだんとこの珍妙な状況がやけに可笑しくなってきた。
第一こうして話すのも久し振りだ。
怒鳴られているのに、康高は何故だか可笑しいような、楽しいような、嬉しいような。そんなたまらない気持ちになっていた。
必死な双子を前に康高が思わず小さく噴出すと、隆平と紗希はムッとして、同時にむくれてしまった。
そんな幼い仕草も何だか可愛らしく見えて、康高が二人の頭に手を乗せると、口元がふるふると震えている千葉の双子が同時に顔を上げた。
それを見た康高は、咄嗟に、この二人も自分と同じ状況なのだと気が付いたのだった。
大声を出して笑いたいのを堪えて、その二人の頭をぐりぐりと撫でながら、康高は少し意地悪っぽい顔で笑った。
「なんだ、俺が来ちゃいけなかったのか?」
そう聞いた途端、笑いを堪えていた隆平と紗希が同時に噴出して、ケラケラと嬉しそうに笑いながら康高に飛びついて来たので、康高がバランスを崩して三人仲良く玄関に転がってしまい、その騒動を聞きつけた勇治と香織がリビングからひょっこりと顔を覗かせて、顔を見合わせてキョトン、としたのだった。
その後、康高が安達さんに振られたのは言うまでも無かった。
ハッピークリスマス!!
おしまい。
安達さんは良い迷惑だね!!ごめんね…。
次は良い男を見つけてね…。