旧サイト拍手お礼文

※本編とは全く関係無い話です。頭空っぽで読めます。

●ベタな言葉




お約束の言葉というのはベタではあるが、やはり、言って欲しいと言うのが男の本音というやつである。

それが、気になっている相手なら尚更に。

そういうわけで、九条大雅は何故かスーツに身を包んで一人、マンションの前で呆然と立ち尽くしていた。

着慣れないスーツが窮屈であると同時に、何故こんな事をしなければならないのか、と顔をしかめる。

第一、九条にはその「ベタな言葉」というものに対して然程執着があるわけでも無いし、聞きたいなんて生まれてこの方思った事もなかったのだが、アホな管理人が風邪をひいて更新できないという、なんとも情けない状況下で、来てくれる読者の方に申し訳無い、というメンバーの判断から、半ば無理矢理スーツを着せられてこのマンションに連れて来られたのである。


その時点で「ベタな言葉」が何であるかは予想が付いた。

新婚
仕事帰り
妻の出迎え

お風呂、食事、そして…。


「…」


途端に苦虫を噛み潰した様な顔になるのが分かった。
それを何故自分が聞かなければならないのかと思う。

別に聞かれた所でどうもしない。
風呂だ飯だと言って最後の選択は完璧に無視するか、鼻でせせら笑う位の反応で何ら問題は無い筈なのだ。

しかし、九条は先ほどからこの重厚な扉のノブに手を掛けたまま回せずに固まったままなのである。

何故かと言うと、九条の頭の中に、このサイトの傾向がふと頭を過ぎったのが原因だった。
当サイトの傾向は「平凡受け」。

と、いうことはつまりだ。
この扉の向こうには、九条が思うに件の「平凡」が控えている可能性が大なのだ。

まぁ、誰が待ち構えていようが関係無い。
それが例え件の平凡男でも、冴えない顔の普通の奴でも、何の取り得の無いつまらん奴でも、若干平均より身長が低いどこにでも居そうな奴でも、そんなのは関係無い。

エプロン姿でお玉を持って笑顔で「お帰りなさい」と言われようが関係無い。

男がやる時点で有り得ないし、キモいしで、ただそんな件の平凡を鼻で笑い飛ばして馬鹿にしてやるだけの話なのだが、九条はそこからピクリとも動けない。

九条の頭の中にはエプロンと笑顔でおかえりなさい、という取り留めの無いイメージがグルグルと回るのだ。

だがいつまでもこうして突っ立て居るわけにも行かない。何せ今此処で九条がドアを開け、そのベタな台詞を聞かなければ、本日の収録は終わらず、九条は家にも帰れないのだ。

たかが、ベタな台詞。
たかが平凡。

ベタな台詞を言った時点で「キモい」の一言で一蹴してそれで終わりだ。
そう覚悟を決めて九条はその重たいドアを勢い良く開いた。
そして、其処に居た少年を見て、九条は言葉を失った。


「…」

そこには、真っ白のフリルが付いたなんとも可愛らしいエプロンを着込み、玄関に三つ指を突いてニコニコと微笑む、


和仁の姿があった。


「お」

「かえりなさい」と続く筈の台詞の冒頭しか聞かないうちに、九条が凄まじい速さで扉を閉めたのは言うまでも無かったのである。





ちなみに同マンション一階下では。

「ただいま」

帰ってきた康高を満面の笑みで迎えた隆平は、両手にお玉としゃもじを振り回しながらスーツ姿の康高に飛びついた。

「おかえりっ!!康高!!」

「飯」

「ちょっとお前!!まだ何も言ってねぇのにイキナリ選択放棄すんなよ!!」

ベタな言葉を言う前に答えた康高は、胡乱な目をして、隆平を引っ付けたまま靴を脱いで玄関に上がりネクタイを緩めて溜息をついた。

「ばかめ。飯も風呂もたけていないくせに何が選択肢だ」

「わー!!何で分かったんだ!!いや、ごめんな、つい眠たくてウトウトしちゃってさ。あ、でもお風呂が駄目でもご飯が駄目でも、まだおれが残ってますけど!!」

「統計学上、殆どの夫は、疲れて帰宅して来た際に受ける妻からの誘いを、手当ての付かない残業と答えている。」

「なにその氷河期発言!!!それはつまり選択放棄然り、おれとの熱帯夜も放棄なんだなこのやろー!!」

ズルズルと引きずられる様にして叫んだ隆平を見た康高は、そうとも、と心の中で呟いた。
ベタ発言にセオリー通りに答えて本当に熱帯夜になって良いものなら最初からそうしている。

大体風邪で脳味噌がイカれている管理人が、このテンションのまま規定の年齢制限を失念して過ちを犯す可能性だってあるんだ。

もっと自覚を持て。
はぁ、と溜息をついた康高は再び「ばかめ」と呟いたのだった。




おしまい
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