旧サイト拍手お礼文
『あの日あの時あの二人。』
その⑬ 和仁と紗希。
「あれ、ナオ先輩じゃない?」
興奮気味に話しかけてきた友人の声に、嬉々とし、一番のりで新作のアイスを店員から受け取った紗希が「え?」と呟いて振り返った。
「ほんとだ、ナオ先輩だ」
同じく二番手でアイスを受け取った友人が相槌を打ち、次いで「ちょっと!」と甲高い声を出す。
「隣にいるの、大江和仁じゃん!!」
「うそ!!」
「ほんと!!ちょっと、やばい!!写メ撮ろう!!」
「あたしも!!」
そこに居た数人の少女はお目当てである夏の新作アイスを買うのも忘れ、肩にかけたスクールバックをあさり始めた。
そんな中、二番手でアイスを受け取った友人が紗希に訴えかけるような視線を寄こしたので、紗希は「はいはい」と友人のアイスクリームを受け取ってやる。
「ごめん!!食べていいから!!」
「うん、わかった」
言うがはやいか、友人はカバンから素早くケータイを取り出し、道路を挟んで向かい側にいる赤髪の派手な少年に向けて次々とシャッターを切りだした。
チャラリーンと可愛らしいシャッター音にきゃあきゃあと浮かれる友達を見ながら、紗希は首を傾げてしまった。
6月。
夏の新作アイスが出た、と話題になったのは昼休み。
女の子達が街にでかけるのに、「美味しいもの」は欠かせない。
高校生になってまだ二カ月足らずの少女達が、新しい友達と街に出て親睦を深めるには「夏の新作アイス」はもってこいの理由だ。
そんなわけで、五時間目の授業が始まるまでには、5・6人のグループが街に繰り出す計画が固まったのである。
「(でもみんなアイスそっちのけになっちゃった…。)」
そう、女の子の話題といえば、好きな芸能人、流行りのおしゃれ、おいしいお菓子、かわいい雑貨、少女マンガ、昨日のテレビ、友達の悪口、そして恋愛話に限る。
恋愛話は、他の話題の比ではない。女子という生き物は「恋愛」をテーマに一晩中語り明かせる動物だ。ことに好みに男の話になると、女子は大好物をそっちのけで恋愛話に花を咲かせることができるのだ。
それは聖和代の学生達も例外ではない。
そして女子高ゆえの特性か、他校の男子に注目が集まるのは必然的といえた。
だが。
紗希が他校の男子生徒に、これっぱかしの興味もなかったのは言うまでもない。
紗希には「特別」がすでにいる。その「特別」には、どんな美形もかなわないのだ。
「あのひと、有名人?」
「おばか!!北工の大江和仁だよ!!うちらより一個上の!!超有名人じゃん!!」
「テレビ出てるの?」
「ちがうよ!!そういうんじゃなくて!!もー!紗希はだめだな~!!」
「そうかなあ」
両手にアイスを持った紗希はきょとんとしながら、またアイスを一口食べた。
「(北工って、隆ちゃんとやっちゃんが行ってる学校だ。)」
二人に聞けばわかるだろうか、と紗希が考えていると、ひときわ甲高く黄色い声が聞こえ、紗希は驚いてアイスを落としそうになった。
何事かと振り返ると、自分の写真を撮られていると気がついたらしい件の大江和仁が、にこやかな笑顔でこちらに向かってピースサインを向けているところだった。
そのサービス精神旺盛な行動に友人たちが狂喜乱舞で手を振り返しながら写真を撮っている。そしてさらに和仁は甘い顔で手招きをしはじめた。
どうやら一緒に遊ばない?というお誘いのようだ。
それにきゃあきゃあと喜ぶ友達が、次々とまだ赤信号の横断歩道を渡ってゆく。
「ねぇ、紗希も行くでしょ!」
「え?」
キラキラした目をした友達に腕を引かれ、困惑の色を顔に出した紗希の持っていたアイスが、その衝動で地面に落ちてしまった。
「あ、」
「絶対楽しいって!!和仁先輩と話したって言ったら、自慢になるよ!!」
「でも」
困った顔をした紗希が、ふと友達越しに道路の向こう側を見ると、大江和仁がこちらを見て笑っていた。ひどく甘い笑顔。その笑顔に何か得体の知れないものを感じて、紗希はびく、と身を強張らせた。
「っ!?」
「ねぇ、紗希っ」
紗希の腕を友人が一層強くひいてくる。友人はひどく焦れていて、紗希はそのまま赤い信号の横断報道に引きずられそうになり、妙な恐怖を感じた。
「(どうしよう)」
に、と笑う和仁の笑顔がまた目に入り、紗希は無意識のうちに泣き出しそうになってしまっていた。
その時だった。
「あ、」
鞄に入れていたケータイの着信音がけたたましく響いた。それに気がついた紗希が「あ、」と呟くと、友達が不満そうな顔をした。
「ごめん、電話…、家族からみたい」
「え~」
「ごめんね、行けそうなら、後から追う、から」
そう紗希が言うと、友達は「わかったー」としぶしぶ紗希の腕から手を離し、やはりまだ赤信号の交差点を悠々と渡って行った。
それを見送った紗希は、そこから逃げるように立ち去ると、今だ着信音の鳴るケータイを胸に抱いて、ため息を吐いた。
そして通話ボタンを押し、受話器を耳に当てると震えた声で呟いたのである。
「ありがと、隆ちゃん…」
『え?何が?』
受話器から聞こえた間抜けな声に、紗希は涙が出そうなほど安堵した。
「あれ?あの子は帰っちゃうの?」
「うん、なんか、家族からの電話だったみたいで~」
頬を染めた少女に、和仁は「ふうん」と笑みを浮かべが、ちらり、と少女の去って行った方向を見た。
「残念だなあ」
そう小さく呟いて、聖和代の少女達に愛想笑いを零しながら「じゃあ、行こっか。」と声をかけた。
後ろで興味なさげに一人アイスを頬張って。
自分の笑顔を怖いものを見るような眼でみていた、目立たないが、かわいらしい少女。
(実に残念。)
家族からの電話で帰ってしまった。
あの子が一番
(遊び甲斐がありそうだったのに。)
おしまい
その⑬ 和仁と紗希。
「あれ、ナオ先輩じゃない?」
興奮気味に話しかけてきた友人の声に、嬉々とし、一番のりで新作のアイスを店員から受け取った紗希が「え?」と呟いて振り返った。
「ほんとだ、ナオ先輩だ」
同じく二番手でアイスを受け取った友人が相槌を打ち、次いで「ちょっと!」と甲高い声を出す。
「隣にいるの、大江和仁じゃん!!」
「うそ!!」
「ほんと!!ちょっと、やばい!!写メ撮ろう!!」
「あたしも!!」
そこに居た数人の少女はお目当てである夏の新作アイスを買うのも忘れ、肩にかけたスクールバックをあさり始めた。
そんな中、二番手でアイスを受け取った友人が紗希に訴えかけるような視線を寄こしたので、紗希は「はいはい」と友人のアイスクリームを受け取ってやる。
「ごめん!!食べていいから!!」
「うん、わかった」
言うがはやいか、友人はカバンから素早くケータイを取り出し、道路を挟んで向かい側にいる赤髪の派手な少年に向けて次々とシャッターを切りだした。
チャラリーンと可愛らしいシャッター音にきゃあきゃあと浮かれる友達を見ながら、紗希は首を傾げてしまった。
6月。
夏の新作アイスが出た、と話題になったのは昼休み。
女の子達が街にでかけるのに、「美味しいもの」は欠かせない。
高校生になってまだ二カ月足らずの少女達が、新しい友達と街に出て親睦を深めるには「夏の新作アイス」はもってこいの理由だ。
そんなわけで、五時間目の授業が始まるまでには、5・6人のグループが街に繰り出す計画が固まったのである。
「(でもみんなアイスそっちのけになっちゃった…。)」
そう、女の子の話題といえば、好きな芸能人、流行りのおしゃれ、おいしいお菓子、かわいい雑貨、少女マンガ、昨日のテレビ、友達の悪口、そして恋愛話に限る。
恋愛話は、他の話題の比ではない。女子という生き物は「恋愛」をテーマに一晩中語り明かせる動物だ。ことに好みに男の話になると、女子は大好物をそっちのけで恋愛話に花を咲かせることができるのだ。
それは聖和代の学生達も例外ではない。
そして女子高ゆえの特性か、他校の男子に注目が集まるのは必然的といえた。
だが。
紗希が他校の男子生徒に、これっぱかしの興味もなかったのは言うまでもない。
紗希には「特別」がすでにいる。その「特別」には、どんな美形もかなわないのだ。
「あのひと、有名人?」
「おばか!!北工の大江和仁だよ!!うちらより一個上の!!超有名人じゃん!!」
「テレビ出てるの?」
「ちがうよ!!そういうんじゃなくて!!もー!紗希はだめだな~!!」
「そうかなあ」
両手にアイスを持った紗希はきょとんとしながら、またアイスを一口食べた。
「(北工って、隆ちゃんとやっちゃんが行ってる学校だ。)」
二人に聞けばわかるだろうか、と紗希が考えていると、ひときわ甲高く黄色い声が聞こえ、紗希は驚いてアイスを落としそうになった。
何事かと振り返ると、自分の写真を撮られていると気がついたらしい件の大江和仁が、にこやかな笑顔でこちらに向かってピースサインを向けているところだった。
そのサービス精神旺盛な行動に友人たちが狂喜乱舞で手を振り返しながら写真を撮っている。そしてさらに和仁は甘い顔で手招きをしはじめた。
どうやら一緒に遊ばない?というお誘いのようだ。
それにきゃあきゃあと喜ぶ友達が、次々とまだ赤信号の横断歩道を渡ってゆく。
「ねぇ、紗希も行くでしょ!」
「え?」
キラキラした目をした友達に腕を引かれ、困惑の色を顔に出した紗希の持っていたアイスが、その衝動で地面に落ちてしまった。
「あ、」
「絶対楽しいって!!和仁先輩と話したって言ったら、自慢になるよ!!」
「でも」
困った顔をした紗希が、ふと友達越しに道路の向こう側を見ると、大江和仁がこちらを見て笑っていた。ひどく甘い笑顔。その笑顔に何か得体の知れないものを感じて、紗希はびく、と身を強張らせた。
「っ!?」
「ねぇ、紗希っ」
紗希の腕を友人が一層強くひいてくる。友人はひどく焦れていて、紗希はそのまま赤い信号の横断報道に引きずられそうになり、妙な恐怖を感じた。
「(どうしよう)」
に、と笑う和仁の笑顔がまた目に入り、紗希は無意識のうちに泣き出しそうになってしまっていた。
その時だった。
「あ、」
鞄に入れていたケータイの着信音がけたたましく響いた。それに気がついた紗希が「あ、」と呟くと、友達が不満そうな顔をした。
「ごめん、電話…、家族からみたい」
「え~」
「ごめんね、行けそうなら、後から追う、から」
そう紗希が言うと、友達は「わかったー」としぶしぶ紗希の腕から手を離し、やはりまだ赤信号の交差点を悠々と渡って行った。
それを見送った紗希は、そこから逃げるように立ち去ると、今だ着信音の鳴るケータイを胸に抱いて、ため息を吐いた。
そして通話ボタンを押し、受話器を耳に当てると震えた声で呟いたのである。
「ありがと、隆ちゃん…」
『え?何が?』
受話器から聞こえた間抜けな声に、紗希は涙が出そうなほど安堵した。
「あれ?あの子は帰っちゃうの?」
「うん、なんか、家族からの電話だったみたいで~」
頬を染めた少女に、和仁は「ふうん」と笑みを浮かべが、ちらり、と少女の去って行った方向を見た。
「残念だなあ」
そう小さく呟いて、聖和代の少女達に愛想笑いを零しながら「じゃあ、行こっか。」と声をかけた。
後ろで興味なさげに一人アイスを頬張って。
自分の笑顔を怖いものを見るような眼でみていた、目立たないが、かわいらしい少女。
(実に残念。)
家族からの電話で帰ってしまった。
あの子が一番
(遊び甲斐がありそうだったのに。)
おしまい