旧サイト拍手お礼文
『あの日、あの時、あの二人。』
その⑭ ダニエルと山縣(好死)
それは、土曜日の昼下がり。
山縣辰也は一人、リビングに寝そべり、己の掌をうっとりとした顔で眺めながら、切ない溜息を吐いていた。リビングには、山縣が持参してきた大柄の絨毯が敷いてある。その上でコロコロと転がりながら山縣は先程から落ち着かない様子で「はぁ」と熱っぽく溜息を吐いていた。
「…。」
そんな山縣の様子を、キッチン側の食卓でダニエルが遠い目をしながら眺めている。
遠い目というよりも、若干憐れむような視線だ。
だが同室者の視線を気にすることもなく、当の山縣は己の手のひらに夢中だ。
それというのも、先程俊輔が手製の味噌汁を持ってこの部屋を訪れたのだ。
『よー、押しかけてわり。実は味噌汁があまってて…ちょっと手伝ってくんねーか?』
いつもよりも何処か元気のない俊輔を見たダニエルが首を傾げて『どうした』と聞こうかと口を開くと。
『ぎゃあ!!』
玄関に姿を現した俊輔を見たとたん、山縣がいち早く俊輔の背後に回り、尻を揉みしだき、俊輔が叫び声をあげた。
その際「忍者かお前は!!」という俊輔のツッコミに答えず「伊藤、どうしたんだよ。何か用事か?ハァハァ、エプロン姿たまんねぇ、それは何だ?味噌汁?え?何?新妻なの?」と興奮のあまり建前と本音がごっちゃになった台詞をさわやかな顔で言い放ち、俊輔の背筋を凍らせたのだ。
それがつい5分前。
俊輔を玄関で見送って、扉を閉めた途端、山縣が狂ったようにリビングにダイブして「あああああ伊藤たまんねぇえええなぁあああ!!」とゴロゴロと転がり始めたのを、ダニエルがドン引きで「ああ、うん…よかったな」と言いながら食卓に腰かけ、努めて目を合わせないようにして、今に至る。
俊輔の尻の感触でも思い出しているのだろうか。
さきほどから山縣は自分の大きな掌を凝視しながら、何やら真剣な顔をしている。
いい加減放っておこうか、とダニエルが完全にシカトをしようと雑誌に目を向けると、何やらブツブツと声が聞こえ始めた。
「(なんだ…)」
その囁くような言葉に、ダニエルが耳を澄ますと、発信音はやはり、というべきか。山縣からだ。
「え…いや、いいんだ…そ、なに……心配……な」
「(なんだよ、うるせぇな。)」
真顔でブツブツとつぶやく山縣の言葉を聞き取ろうと、ダニエルがそちらに神経を集中させると、予想だにしない言葉が聞こえてきた。
「会社での疲れなんか…お前の顔を見れば一瞬で癒されるよ…。お前も、専業主婦は、疲れるだろ…」
「辰也―――!!!俊輔との新婚妄想、ダダ漏れしてるぞ―――!!!」
「…飯か、風呂か、お前かだって?かわいいやつだな…お前が一番にきまってるだろ…」
「おい!!」
「お前を選ばないと拗ねるくせに…そんな格好までして…やらしい奴…」
「どんな格好だよ!!!」
「ここじゃイヤ?…ばか、お前が可愛すぎるからいけないんだぜ…、ハァハァ、我慢できねぇよ、ハァハァ」
「やめろ―――!!!頼むから脳内で、もしくは自分の部屋でやれ―――!!!!」
「ああもう、うるせ―な!!カオル!!雑音入れんな!!」
「うるせーなじゃねーよ!!何してんだお前は!!」
「何って、今から伊藤をオカズにすんだよ邪魔すんじゃねぇえええ!!!」
「部屋に行け―――――――――!!!!!」
いけー…いけー…とダニエルの怒号がこだまする。
その後渋々と部屋に戻り、30分後、いやにスッキリとした顔で出てきた山縣を見たダニエルが思わず胡乱な顔をすると、山縣がまじめな顔で「生理現象だ」ときっぱりと言い放ったので、その顔はさらに引き攣った。
「に、しても、伊藤の同室者はほんとひどい奴らだな。」
「うん…それ、本来は俊輔をオカズにする前に話題にするのが普通だからね…。」
「頭から味噌汁ぶっかけられたって…俄かには信じられねぇな。」
「…まあな。」
壁に寄りかかり真面目な顔をする山縣を見て、ダニエルも頷く。
味噌汁を持ってきた俊輔の言葉に、ダニエルも山縣も一瞬その顔を曇らせた。
俊輔の作った味噌汁を、和田小五郎が俊輔の頭からかぶせたというのだ。
「…どうすんだよ。」
「…どうするって?」
山縣の問いに、ダニエルが問いで返す。
そのとぼけた反応で、僅かに山縣の表情が険しくなると、ダニエルは表情を変えず「そう急くなよ。」と零した。
「あと一週間だ。」
「…長いな。」
「準備だってまだ出来てねぇんだから仕方ないだろ。」
ちぇ、と子供のように口を尖らせる山縣を見てダニエルが笑った。
「しかしまぁあれだな…。」
「なんだよ」
「いや、小細工して欺いて…」
「…」
「悪党ってのも、なかなか楽な仕事じゃないもんだなあ、辰也。」
無邪気に笑ったダニエルの視線の先には、空いたお椀がふたつ。
それは、とても穏やかな。
陽気な昼下がりの土曜のこと。
おしまい。
その⑭ ダニエルと山縣(好死)
それは、土曜日の昼下がり。
山縣辰也は一人、リビングに寝そべり、己の掌をうっとりとした顔で眺めながら、切ない溜息を吐いていた。リビングには、山縣が持参してきた大柄の絨毯が敷いてある。その上でコロコロと転がりながら山縣は先程から落ち着かない様子で「はぁ」と熱っぽく溜息を吐いていた。
「…。」
そんな山縣の様子を、キッチン側の食卓でダニエルが遠い目をしながら眺めている。
遠い目というよりも、若干憐れむような視線だ。
だが同室者の視線を気にすることもなく、当の山縣は己の手のひらに夢中だ。
それというのも、先程俊輔が手製の味噌汁を持ってこの部屋を訪れたのだ。
『よー、押しかけてわり。実は味噌汁があまってて…ちょっと手伝ってくんねーか?』
いつもよりも何処か元気のない俊輔を見たダニエルが首を傾げて『どうした』と聞こうかと口を開くと。
『ぎゃあ!!』
玄関に姿を現した俊輔を見たとたん、山縣がいち早く俊輔の背後に回り、尻を揉みしだき、俊輔が叫び声をあげた。
その際「忍者かお前は!!」という俊輔のツッコミに答えず「伊藤、どうしたんだよ。何か用事か?ハァハァ、エプロン姿たまんねぇ、それは何だ?味噌汁?え?何?新妻なの?」と興奮のあまり建前と本音がごっちゃになった台詞をさわやかな顔で言い放ち、俊輔の背筋を凍らせたのだ。
それがつい5分前。
俊輔を玄関で見送って、扉を閉めた途端、山縣が狂ったようにリビングにダイブして「あああああ伊藤たまんねぇえええなぁあああ!!」とゴロゴロと転がり始めたのを、ダニエルがドン引きで「ああ、うん…よかったな」と言いながら食卓に腰かけ、努めて目を合わせないようにして、今に至る。
俊輔の尻の感触でも思い出しているのだろうか。
さきほどから山縣は自分の大きな掌を凝視しながら、何やら真剣な顔をしている。
いい加減放っておこうか、とダニエルが完全にシカトをしようと雑誌に目を向けると、何やらブツブツと声が聞こえ始めた。
「(なんだ…)」
その囁くような言葉に、ダニエルが耳を澄ますと、発信音はやはり、というべきか。山縣からだ。
「え…いや、いいんだ…そ、なに……心配……な」
「(なんだよ、うるせぇな。)」
真顔でブツブツとつぶやく山縣の言葉を聞き取ろうと、ダニエルがそちらに神経を集中させると、予想だにしない言葉が聞こえてきた。
「会社での疲れなんか…お前の顔を見れば一瞬で癒されるよ…。お前も、専業主婦は、疲れるだろ…」
「辰也―――!!!俊輔との新婚妄想、ダダ漏れしてるぞ―――!!!」
「…飯か、風呂か、お前かだって?かわいいやつだな…お前が一番にきまってるだろ…」
「おい!!」
「お前を選ばないと拗ねるくせに…そんな格好までして…やらしい奴…」
「どんな格好だよ!!!」
「ここじゃイヤ?…ばか、お前が可愛すぎるからいけないんだぜ…、ハァハァ、我慢できねぇよ、ハァハァ」
「やめろ―――!!!頼むから脳内で、もしくは自分の部屋でやれ―――!!!!」
「ああもう、うるせ―な!!カオル!!雑音入れんな!!」
「うるせーなじゃねーよ!!何してんだお前は!!」
「何って、今から伊藤をオカズにすんだよ邪魔すんじゃねぇえええ!!!」
「部屋に行け―――――――――!!!!!」
いけー…いけー…とダニエルの怒号がこだまする。
その後渋々と部屋に戻り、30分後、いやにスッキリとした顔で出てきた山縣を見たダニエルが思わず胡乱な顔をすると、山縣がまじめな顔で「生理現象だ」ときっぱりと言い放ったので、その顔はさらに引き攣った。
「に、しても、伊藤の同室者はほんとひどい奴らだな。」
「うん…それ、本来は俊輔をオカズにする前に話題にするのが普通だからね…。」
「頭から味噌汁ぶっかけられたって…俄かには信じられねぇな。」
「…まあな。」
壁に寄りかかり真面目な顔をする山縣を見て、ダニエルも頷く。
味噌汁を持ってきた俊輔の言葉に、ダニエルも山縣も一瞬その顔を曇らせた。
俊輔の作った味噌汁を、和田小五郎が俊輔の頭からかぶせたというのだ。
「…どうすんだよ。」
「…どうするって?」
山縣の問いに、ダニエルが問いで返す。
そのとぼけた反応で、僅かに山縣の表情が険しくなると、ダニエルは表情を変えず「そう急くなよ。」と零した。
「あと一週間だ。」
「…長いな。」
「準備だってまだ出来てねぇんだから仕方ないだろ。」
ちぇ、と子供のように口を尖らせる山縣を見てダニエルが笑った。
「しかしまぁあれだな…。」
「なんだよ」
「いや、小細工して欺いて…」
「…」
「悪党ってのも、なかなか楽な仕事じゃないもんだなあ、辰也。」
無邪気に笑ったダニエルの視線の先には、空いたお椀がふたつ。
それは、とても穏やかな。
陽気な昼下がりの土曜のこと。
おしまい。