旧サイト拍手お礼文

「あの日あの時あの二人」

その⑤  九条と和仁。




「…はぁ~…。ふ、ふふ、あは、はは、あははははは!!!」

「うるせぇ、馬鹿」

「はは、だって、あは、はぁ~苦しいっ」

ケラケラと腹を抱えて大笑いする和仁を見て、埃まみれの学ランを拾い上げた九条はペッ、と血の混じった唾を床に吐いた。
それを地面に座って見ていた和仁が息を整えて周りを眺めた。

「信じらんねぇ、九条ってば、まじで。」

「っせぇなぁ…。良いだろ。勝ったんだから」

「あは、まぁねぇ。あ~、でもさ。どうしよか。」

「あ?」

「この高校でも、一番になっちゃったねぇ、オレ等。」

そう言った和仁の視線の先には、北工で最強と言われたグループの成れの果てだった。
大多数が意識を失い床に伏せって、僅かに聞こえる呻き声は意識は有るが、動けない様だ。

その数およそ三十数人。

さほど広くも無い屋上は倒れている輩の学ランのせいで真っ黒だ。
これが神代北工業高校で最強と謡われたチームか。
その無様な姿を見て、九条は口元の血を乱暴に拭うとため息をつく。

「何が最強だ。入ったばっかの一年坊主二人にこのザマじゃ大したことねぇな。」

コキコキと首を回す九条を見上げると和仁は思わず顔を緩ませる。

「んだよ。」

それを怪訝な顔をして見返した九条に、和仁はまた堪え切れないと言った様子で盛大に吹き出した。

「あは、ちょ!!あははははは、はぁ、も~カンベンしてよっ!!その怪我で、大したことねぇ~とか、もぅ、あは、オレだって、マジ死ぬかと思ったのにっ」

そう言ってまたゲラゲラと笑い出す和仁に「うっせ」とひと蹴り入れて、九条は脇腹に鈍い痛みが走ったのを感じて顔を顰める。

「ほ~ら、強がって。そんな生意気だから目ぇ付けられるんだぜ~。」

そう言って立ち上がり九条の首に腕を回すと和仁がニヤニヤと笑った。

九条大雅と大江和仁は今年の春、神代北工業高校へ入学したての新入生だった。
だがその目立った容姿と、生意気な態度から不幸にも北工で一番の不良グループに目を付けられてしまった。
そして入学してから一ヶ月も経たない本日、九条大雅と大江和仁は二人仲良く、その最強グループと名高い「EAGLE」に呼び出しを掛けられたのだ。

勿論、相手が自分達を気に食わない理由は大体予想が付いていた。
一年で派手に髪を染めていたし、その生意気な態度から入学して一週間目で他の不良グループに絡まれ、九条と和仁の二人でそのグループを壊滅させてしまった事が要因の一つである事は疑いようも無かった。
と、いうのもそのグループが「EAGLE」直属の幹部が仕切る所謂「支店」だったのだ。
そして更に油に火を注いだのは、その後彼等の「所有」していた女を美味しく頂いてしまった事が挙げられる。

「仕方無いよねぇ。向こうから誘ってきたんだし。」

据え膳食わぬは男の恥、と握り拳を作る和仁を見て、和仁に食われた女を、九条は心底哀れに思った。
この男は根っからの変態だ。
さぞかし聞くもおぞましい様な変態プレイを強要されたに違いない、と思わず遠い目をする。

「で、どーすんの。」

落ち着いた声色の和仁の声に、九条は隣で珍しく真面目な顔をした幼馴染を眺めた。

「こいつら倒しちゃったって、結構大変な事よ?だってつまり、今日からオレ等がこの北工の顔になっちゃったって事なんだから。」

世代交代によって、北工の歴史が少しだけ変わる。
トップを倒してしまったという事は、必然的にトップになってしまったという事で、この瞬間九条と和仁の下には多くの不良が付き従う事になったのだ。

「思いもよらなかったねぇ。中学ん時は喧嘩っても気に入らない奴ぶん殴るくらいだったのにさ。まぁふつ~の中学だったし、あそこで一番になれんのは分かるけど。まさかここでも一番になるとは思わなかったなぁ。」

そう言って、和仁が笑う。

「チーム名、決めなきゃ。リーダーは九条で良いよね?今回の喧嘩の言いだしっぺは九条なんだから。」

そうなのだ。
いくら最強チームからの呼び出しでも無視する事は出来たはずだ。
だが、九条は来てしまったのである。
その理由が

「次の授業が、数学だから、とかさぁ。」

も~ちょ~くだらねぇ~とまた笑い出した和仁を無視し、九条は頭を捻る。チーム名、という言葉を頭の中で反芻してから、九条は数秒で考えるのを放棄してしまった。

「お前考えろ。」

チーム名を付ける程、九条は洒落た思考を持ち合わせて居なかった。
すると笑い過ぎて腹を抱えながらヒィヒィと涙まで浮かばせた和仁が「はえ?」と間抜けな声を出した。

「オレがぁ?はは、腹いてぇ。あ、じゃあ九条と愉快な仲間達とか、どう?って、仲間とか今オレしか居ねぇっつー!!!やべ~!!超ウケるんですけど!!」

「ウケねぇよ」

苦虫を噛み潰した様な顔をして爆笑する和仁に、九条はいい加減ウンザリとしてしまった。一体何がそんなに可笑しいのだろう、と和仁を眺めると、域も絶え絶えで和仁が言った。

「EAGLEは、鷲だな。じゃあ~、九条の名前からタイガーは?ぶっ、大雅の居るタイガーってあはははははは!!!も、無理!」

「もういい」

「あひ、あぁ~、も、すぐ怒るし。じゃあ、タイガーはやめ。もう虎で良くねぇ?考えんのめんどくせぇ~もん。虎にたんぽぽ組みたいに組つけて、虎組、これで良いじゃん。分かり易いし。」

「じゃあ、それで」

「ほんっと頓着ねぇのな、九条は。」

しれっと承諾した九条に、和仁は顔だけ緩ませて笑う。
そんな和仁に、「お前もだろ」と九条はため息をついた。

北工の九条大雅と、大江和仁の名が急速に売れ出し、安易に名付けた「虎組」が、神代地区一の不良グループに成長したのは、それから間も無くの事だった。




おしまい
5/21ページ