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「あの日あの時あの二人」

その④  隆平と紗希。



もう10年も前になるだろうか。
隆ちゃんと、出先の遊園地で、迷子になったことがある。

比企のおうちと家族ぐるみで行った有名な遊園地は連日満員御礼で、その人の多さに、きっと日本中の人が集まってきたのだと、当時は本当に信じる程だった。
そして、初めて見る煌びやかな世界に、お父さんとお母さんの手を離れ、二人で迷い込んでしまった。



溢れ返る人ごみの中で、隆ちゃんも私も、手を繋いで泣きながら彷徨って。

私はお父さんとお母さんに会いたくて、やっちゃんに会いたくて。
見るもの見るものがただ怖くて、ひたすらに泣いた。
それにつられて、同じく隆ちゃんもポロポロと涙を零していた。

隆ちゃんは小さな時から泣き虫で、気が弱くて、ドジばっかりで。
全然お兄ちゃんらしくないお兄ちゃんだった。
頼りないし、情けないし、かっこ悪い。

今だって、私に泣かないでと言いながら、隆ちゃんの顔の方が涙と鼻水とでぐちゃぐちゃだった。

それに比べて、やっちゃんはかっこ良かった。
やっちゃんは、その頃からしっかりしていて、何でも出来て、頼りがいがあって、大好きだった。

「やっちゃんに、あいたい」

「おれも、やすたかにあいたぃいい」

私が呟くと、私の手を引いていた隆ちゃんも、何故かやっちゃんに会いたいと泣いた。
やっちゃんは隆ちゃんにとってもヒーローだった。
そうして、また二人して声を上げて泣いた。

日はもう暮れて、辺りは暗い。過ぎて行く人を見ながら、途方に暮れた。
そこで沿道沿いに人が集まっているのに気が付いた。
それに、賑やかな音楽が、風に乗って流れてきた。

パレードだ。

綺麗なお姫様が間近で見れる、と私が一番楽しみにしていたイベントだった。

「パレード…」

段々と近づいてくる賑やかな音楽や、キラキラした電球を施した大きな車がゆっくりと道沿いに過ぎて行くが、人だかりでその全貌は良く見えない。
それがまた悲しくて、私がすん、と鼻をすすると、今までめそめそと泣いていた隆ちゃんが、私と繋いでいた手を引っ張ると、パレードの方へ近づき始めた。

驚く私とは対照に、隆ちゃんは小さな身体で、どんどん大人の間を潜り抜けてゆく。
私は手を引かれるままそれに続いた。
背の低い子供には、周りの大人は大きい壁意以外の何者でもない。
音楽は大きく聞こえ、僅かな人の隙間からはキラキラと光が零れている。
もう少し。
そうして、前にいた親切なおばさんが、子供だから、と少しだけ身体をずらしてくれて、私達は最後の壁を抜けた。

そこは、夢の世界だった。

ありとあらゆる色の洪水が目に飛び込んできて、目の前を大きなかぼちゃの馬車がゆっくりと横切ってゆく。
キラキラとオレンジ色の電球が光って、その馬車の上には…。

「おひめさま…」

きれいなお姫様が乗っていて、その隣には素敵な王子様が微笑んでいた。
二人は、小さな私と隆ちゃんを見て、にっこりと笑うと、私と隆ちゃんがしていたように、二人で手を繋いで、ゆっくりと丁寧に頭を下げた。

憧れていた、きれいなお姫様。
私は何だか胸が一杯になって、止まったはずの涙がぽろ、と零れた。

「ねぇ、さき」

そんな私を、隣の隆ちゃんが呼びかける。
横を見ると、すぐ近くに隆ちゃんの顔。
未だ涙に濡れた頬と、泣いたせいで目蓋が赤く腫れて居たが、その黒い瞳が、パレードの電燈で、きらきらと光っていた。

「さきのね、しろいスカートにきらきらひかりがあたって、にじいろにひかってて、すごくきれい」

それから、隆ちゃんは、嬉しそうににっこりと笑った。

「すごいね、さき。おひめさまみたい」

そう言って泣きながら笑う隆ちゃんは、ぐしゃぐしゃの顔で、腫れた目で、おまけに歯が抜けたばっかりで前歯が一本無くて。

お世辞にもカッコいい、とは言えなかったけど。

それでも。
握った掌が温かくて。
その笑顔が温かくて。
迷子になってから、隆ちゃんは一度もこの手を離さなかった。

隆ちゃん。

泣き虫で、気が弱くて、ドジばっかりで、頼り無いけど。
だけど…。
その瞬間から、隆ちゃんは紗希の王子様になったんだよ。
情けなくて、かっこ悪くて、頼り無くても構わない。

あの時から、私のお兄ちゃんは、優しい優しい王子様になった。

そして困った事に、今でも、お兄ちゃんは王子様のままなのだ。



おしまい
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