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「あの日あの時あの二人」

その③  和仁と隆平。


「千葉君て、処女?」

「ぶふぉおお!!」

唐突に聞かれた隆平は飲んでいた水を口から吹き出した。
あらイヤだ、どうしたのよぉ、と顔を覗き込んでくる和仁に、隆平は口から垂れ流しになっていた水を拭う事も忘れて、唖然と和仁を眺めたのである。


それは隆平が屋上で昼食をとる様になってから、三日目の事だった。
未だ慣れない様子で屋上のドアを躊躇いがちに開ける隆平を見付けて、和仁の顔はパァア、とみるみるうちに笑顔へと変わる。
来た!!おもちゃ!!

尻尾があれば千切れんばかりに振ったであろう。
虎組一性格の悪い男、愉快犯、大江和仁の最近のお気に入りのおもちゃは、罰ゲームで九条の恋人に大抜擢された不運な少年、平凡代表、千葉隆平である。

本来であれば直ぐ声を掛けて遊びたい所だが、本日は違う趣向の作戦を練った。
周りの冷たい視線に、困った様に愛想笑いを浮かべながら屋上のドアを閉める隆平を眺めて、和仁は素早く近くに居た不良の物陰に隠れて様子を伺う。

隆平はいつもなら声を掛けてくれる和仁の姿が見当たらない事に困っている様だ。

ま。当然と云えば当然か。
この虎組で彼を歓迎しているのはオレ一人だ。

むふふ、困ってる困ってる。

隠れながら観察していると、案の定、不良の無言の圧力に怖気づきながら、隆平は扉の前から動けずに居た。勝手に総長である九条の定位置に行くわけにもいかないらしい。

何故ならばぁ~本日は九条が生活指導に捕まっていて不在だからさ。
いやいや、律儀で大変結構。
あぁ。しょぼんとしちゃって可愛いねぇ。
かあいそうに。そろそろ良いかな。

ふひひ、と笑って、和仁は隠れていた不良の陰から出て立ち上がると、大声で「こっちだよ」と隆平を呼んだ。

「やっほ~、千葉くん。いらっしゃ~い。」

そう言って手を振ってやると、隆平の顔がパァ、と明るくなった。
「大江先輩っ」とまるで子犬の様に一直線に和仁の元へ駆けて来る。

あぁ…快感…。

頼る人物が自分しか居ないという優越感に浸りながら、和仁はニヤニヤと笑う顔を抑えられない。良かったぁ、と笑いながら駆けてきた隆平の頭を撫でる。
その扱いに苦笑いしながら見上げてくる隆平は、酷く和仁の加虐心を煽ってくる。
折られた鼻に乗っかるガーゼがまたなんとも言えない。

いいなぁ、この子、ほんと。

疑う事も知らず、こうやっていとも簡単に人を信用して。
人の汚い部分なんて少しも知らない様な顔をして。

人一倍強がりで、ひどく傷つき易い。
虐めがいのあるいい子を選んでほんと、オレってば天才。

感慨に耽りながらも、「九条、ちょっと遅れるから先にご飯食べちゃお~」と隆平を促し、それに頷きながら座って、弁当を広げる目の前の少年を見詰めた。

そういえば、無理やり九条の恋人に抜擢したのは良いけど、この子は好きな子は居ないんだろうか。

そう考えながら、まじまじと隆平を見詰める。
平凡な顔、幼い笑顔、まだ細い腰、小さな背。

少なくとも、彼女は居ない、かな。
あぁ、でも。

菓子パンを頬張りながら、和仁はふ、と背の高い前髪で顔を隠した隆平の友達をぼんやりと思い出した。この子には伏兵が居たんだっけ。

案外、もう食われちゃってたりして。

ぼんやりと、だがその凝視するような視線に、隆平が気が付いた。
それから「なんですか?」と尋ねてきたので、和仁は思わず質問してしまったのだ。

そして、冒頭の会話に至る。

「しょ…」

「千葉君、垂れてる垂れてる」

口から零れた水を和仁が指差すと、隆平が学ランの裾で拭いながら怪訝な顔をした。

「あの、童貞、じゃ?」

「うん、ドーテイなのは何と無く分かるから。」

「はぁ」

「後ろはどうなのかなぁ~って。」

「はぁ?」

隆平は怪訝な顔をしたまま、ますます首を傾げた。
その反応に、和仁は何と無く安心して、それからふふ、と笑った。

「いや。なんでもねぇ、分かった分かった。」

ニコニコと笑う和仁に、隆平は相変わらず分からない、という顔をしたままだったが、和仁は上機嫌でパンを齧る。

うんうん、よっく考えりゃ、あんだけ大事にしてんのに、そう簡単に手を出すハズねぇや。

そう思いながら、怪訝な顔をして、和仁を窺っている隆平に、満面の笑みを返した。

「あんね、千葉君。女の子は、柔らくてふにゃふにゃしてて、可愛くて甘くて超気持ち良いんだよ。」

「は?」

「早くドーテイ捨てられるといいねぇ。」

そうニコニコと笑うと、隆平は瞬時に顔が赤くなった。
それから、「余計なお世話ですっ」と赤い顔のまま呟く、その初々しい反応に思わず笑みが零れる。なんてからかい甲斐のある子なんだろう、と和仁は緩んだ口元を更に緩ませた。

「でも、くれぐれも後ろは捨てちゃ駄目だよ。」

そう言って笑った和仁に、隆平は赤い顔のまま、「後ろ?」と、振り返って自分の後ろを確認した。それからますます困惑したように首を傾げる隆平に、和仁は声を上げて笑ったのだった。



おしまい
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