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「あの日あの時あの二人」


その① 九条と隆平。






今日から、あの男と一緒に帰らなくてはいけない。




罰ゲームで九条大雅と付き合う事になった隆平はひどく沈んでいた。


九条は目立つ。とにかく目立つ。
いい意味でも、悪い意味でも。
そんな男と一緒に下校しなければならないという事は、学校中の視線を一身に浴びる、ということを示唆している。
これが落ち込まずにはいられない。

隆平自身はできれば誰にも知られたくなかった。

だが一緒に帰るということは九条と隆平がなんらかの関わりを持っているというのを公言しているようなものだ。

今にも不安が体中から溢れてしまいそうで、隆平は一人項垂れるほかない。




約束の時間に玄関に行くと、昇降口で九条が悠然として壁に寄りかかっていた。
それを遠巻きで眺めながら、黄色い声で騒ぐ女の子と、畏怖の視線を向けて九条から距離を取って歩いている生徒が目に入る。
最悪だ、と隆平は呟いた。

「(すんげぇ目立ってる…。)」


隆平が思わず遠い目をしていると、九条がふ、とこちらを眺めた。
それから微かに顎で「来い」と促され、隆平が慌てて外履きを取り出すと、それを待たずに、九条は歩きだした。

周りは九条ばかり目で追いかけて、誰も自分を気にかける者はいないことにホッとして、隆平は急いで靴を履くと、外に飛び出した。
ほんのわずかしか遅れなかったはずだったが、九条は既に数十メートルも先を歩いている。
それに慌てて追いつこうと隆平が駆け出したが、九条の周りには、あっという間に人垣ができてしまった。

「あれ?九条先輩一人ですか?」

「よぉ、九条。お前がこんな時間に帰るなんて珍しいな。」

そう言って、どんどん、どんどん、人集りができて、遂に隆平から九条は完全に見えなくなってしまった。


隆平はその光景を見て、足を止めた。


「(こりゃあ、無理だ。)」


九条がどんどん遠退いてゆく。
住む世界が違う、と漠然と考えた。


「(あの輪の中に、おれは入れない。)」


隆平は諦めると、のんびりと歩き始めた。


付き合って始めての下校は、やはり一人だった。






「おい。」

次の日、昼休みに屋上へ行くと、ひどく顔を顰めた九条が待ち構えていた。
それに少々ビビりながら、隆平は「なんですか」と聞く。

「てめぇ、昨日一人でどこ行ってやがった。」

言われた意味が分からず、はぁ?と聞き返すと「帰り」と単語で返されて、隆平は「あぁ」と頷く。

「先輩が囲まれて先行っちゃったんで、一人で帰りました。」

隆平の言葉に九条が眉を寄せた。
それを見た隆平はなんか怒ってねぇか、と内心焦る。

と、九条の低い声が隆平の耳に届いた。

「てめぇ、こっちがどんだけ探したと思ってんだ、コラ」

ドスの利いた声で脅され、隆平は思わず縮こまったが、はて、と思い当たって九条をまじまじと眺めた。

「…探してくれたんですか」

きょとんとした顔で聞き返すと、九条はあぁ?と苛立たしげに顔を歪め、探してねぇよ、と吐き棄てる。

いや、今言ったじゃん、と隆平は心の中で呟くと苦笑した。
それから小さく「すんません」と謝った。

隆平を見て、九条は不機嫌そうに座ると、隆平の方を見もせずに、パンの袋を開けながら呟いた。

「今日は、体育館裏に来い。」

それを聞いた途端、隆平の顔がぐしゃあ、と歪む。


「(なんだなんだ、そんな事でボコられんのか!!)」


なんて心の狭い奴なんだ、と隆平が思っていると、九条がその顔を見て、つられたように顔をゆがめた。

「…潰れたヒキガエルみたいな顔してんじゃねぇよ…。」

そういわれて、失礼だな、と隆平はさらに顔を歪めたが、九条はおかまいなしだ。

「裏口から帰れば、誰にも捕まらねぇだろ。」

「…」

予想外の言葉に、へ、と声をあげてキョトンとすると、九条はそれ以上何も言わなかった。
そうしてようやくボコるためでは無く、裏口から帰るのだと分かった。
別に、一緒に帰らなくてもいいんだけど、と隆平は九条の顔を眺める。

罰ゲームだから、仕方無く、か。

そう思いながら隆平は弁当を広げた。

それから先ほどの九条の言葉を思い出す。



『こっちがどんだけ探したと思ってんだ』



甘い卵焼きを口にしながら、こいつのことは嫌いだけど、と隆平は九条の横顔を眺めた。

必死に自分を探している九条を想像したら、なんだか妙に可笑しくて、隆平は一人、誰にも見られないようにして、思わず笑ってしまったのだった。


おしまい。2008.5/25~6/1
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