パラレル兄弟
その後、康高が和仁のコートから「神代地区教育委員会」と明記されたスタッフカードと腕章を見付けた。
それを見て固まった康高に、隆平が「せんせーといっしょー」と自分の車から全く同じスタッフカードと腕章を持ち出してきたので、康高はそれを受け取り、「まぁ間違いは誰にでもあるよな」と一人頷いた。
そんな康高を尻目に、遠い目をした大雅が、宗一郎に連絡を入れ、事件はようやく終結を迎えた。
勿論、目覚めた和仁が宗一郎と康高にイチャモンを付けてきたことは無理もない。
そして、戻ってきた宗一郎により、大雅はどんなゲンコツよりも痛いスーパーファイナルクライマックスゲンコツを脳天に食らい、隆平は尻を剥かれ、思い切り叩かれたのは言うまでも無かった。
「いやー、比企先生すんません。うちの弟二人と、うちの学校の不良教諭(臨時)が迷惑かけちまって…」
「え、オレも?」
ぺこぺこと謝る宗一郎に、きょとんとした和仁を無視して、康高は苦笑いを零すと「いえ」と返した。
「こちらも勘違いをしたんですからお互い様です。それに元はと言えば全部こいつが…」
そう言って、康高が道路の隅でうずくまっている大雅を指すと、宗一郎に殴られた頭を両手で擦りながら、大雅は恨みがましい顔で康高を睨み付けた。
今の大雅は、康高に恥ずかしい一連のやりとりを全部見られていた事と、返ってきた宗一郎に殴られた事、慌てていたため友達の家にゲーム機を忘れたこと、更に先程まで自分にベッタリだった隆平が、長男の姿が見えた途端、大雅を置いて宗一郎の元へ一目散に走って行ってしまった事などが重なって、まさに不機嫌の絶頂だった。
「いえもうほんと、こっちで厳しくして行くんで…。」
「いえいえ、こちらの指導不足にも原因があります。まぁ、そういうわけで大雅。」
「んだよ、メガっ…比企せんせい。」
めがね、と言おうとして再び宗一郎に殴られた大雅が涙目になりながら「せんせい」と呼び方を改めると、康高はニコニコとしながら綺麗な一冊のノートを差し出した。
白文帳と呼ばれる漢字練習専用のノートである。
「家族の大切さを知った記念すべきこの日に、お前にはこのノートに『家族愛』と千回書いて提出して貰う。」
「はぁ!!??」
「それが終わったら『弟命』と500回書くように。」
「書かねぇよ!!!!!」
康高の言葉に大雅は思わず目を吊り上げて差し出された白文帳を叩き落した。
が、それを見た康高がふ、と笑って、大雅の頭の上に掌を載せると「消えなくて良かったな。」と呟いた。
それを聞いた大雅はぶすっとした顔をしたまま、康高の掌を煩わしげに払ってうつむいていたが、やがて観念したように小さく頷いた。
それから二人の教師は見回りがあるから、と帰っていった。
それ見送って、宗一郎はやっと我が家の玄関を開けた。
それから、走り去ってゆく車に、手を振っていた隆平と、その横に気だるげに立っていた大雅を呼ぶ。
「大雅、隆平。」
呼びかけられた二人が、一斉に宗一郎の方を向く。
「ほら、入れ。」
そう言って宗一郎が促すと、大雅が一歩踏み出そうとして、立ち止まった。
何事かと宗一郎が首を傾げると、大雅は後ろを振り返り、隆平に向かって、己の手をゆっくりと差し伸べた。
それを見た隆平が、なんとも嬉しそうに顔を綻ばせて笑い、自分の手を差し出した様子を見て、宗一郎も思わずつられて笑ってしまった。
笑った宗一郎に、大雅が顔を顰めたが、隆平の掌を離すことはない。
そして、仲良く手を繋いで家の中へ入ってきた弟二人の頭を優しく叩きながら、宗一郎は玄関のドアを閉めた。
次の日、宗一郎が和仁の合コンに連れて行かれ、隆平が紗希に自分の体験談を夢中で話し…そして、大雅が目にクマを作って康高に白文帳を提出した、というのはここだけの話しだ。
そして、その日の新聞の地方欄に小さな見出しで「神代地区の変質者捕まる」という記事が載った。
それを目敏く発見した和仁が、そのネタをお土産に、再び和田家を訪れて、てんやわんやの大騒ぎになるのだ…が、
それはまた別のお話である。
おしまい。