パラレル兄弟




黙々と歩く帰り道はやけに長く感じられた。
時間にして10分も経っていないのだが、大雅にはそれが永遠のように長く感じられるものだった。

ようやく家に着いて、大雅が鍵を回すと、カチャと無機質な音が聞こえて扉が開いた。
足音で隆平がきちんと付いて来ているのを確認して、大雅が玄関に入ると、隆平もそれに続いた。

いつもなら母親が「おかえり」とで迎えてくれるのだが、家の中は薄暗く、人の気配は無い。

「にいちゃ、」

それを不安に思ったのか、隆平が声をかけてくるが、大雅は答えず、さっさと靴を脱いで二階に上がった。
その後ろを隆平がちょこちょこと付いてくるのが分かったがあえて無視をする。
大雅は子供部屋の電気を付け、中に入ると自分の机の上にランドセルを置いた。
それから机の引き出しの中から携帯ゲームを取り出すと、お出掛け用の鞄にしっかりと仕舞いこむ。
今日はこれで対戦をする約束になっていた。
持ち物を確認して、再び部屋を出ようと扉の方を振り返ると、そこにはちょうど遅れてやって来た隆平が、部屋の明るさに幾分かホッとした
顔をしながら部屋に入ってくるのが目に入った。

隆平は安心したように床にぺたんと座ると、鞄の中をひっくり返した。
バラバラと音を立てて中から出てきたのは連絡ノートと、石や、おはじき、そして折り紙などの細々したもの。
隆平はそれらを一つ一つ丁寧に手にとって、自分の机の前に行くと、彼専用の宝物入れに入れ始めた。

そんな隆平の行動を見ながら、大雅はそっと部屋を後にした。
階段を下りて、廊下と玄関、そしてリビングの明かりを付けておく。

明るくなった家の中を眺めると、大雅は玄関に戻り、靴を履いた。

それから外に出ると、隆平が間違って外に出てしまわないように鍵を掛ける。

「これで大丈夫だろ。」

そう呟いて、大雅は家の前の細い道路に出た。
日はとうに西へ沈み、薄暗い道に街灯がポツポツと付いて、犬の散歩をする人や近所の小学生がチラホラと見えて、大雅は冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、はいた。

ようやく開放されて、自由になった気がした。

家にはテレビも、トイレも、お菓子もある。
それに万が一の時には、電話の横に宗一郎のケータイ番号が書いてある。弟は幼かったが、一人でトイレも行けるし、電話の使い方も知っている。
困ることなど何も無い。

隆平から開放されて、大雅はやっと友達と遊ぶ事ができる。
自分の自由な時間ができた、と浮き足立っていた。
しかし、走り出そうと一歩踏み出した瞬間、先ほどの隆平の悲しそうな顔が頭を過ぎった。

「…。」

大雅は一度家を振り返ったが、すぐに顔を戻すとその後ろめたさを振り払う様に、街頭の灯る道を一人走り出した。





バタン、と下から何か音がしたことに隆平は気が付いて、子供部屋から廊下に出た。
階段を下りると、いつの間にか玄関やリビング、廊下に電気が付いていた。
その明るさで、急に元気になった隆平は、勢い良く廊下をバタバタと走ると、リビングをひょっこりと覗き込む。
きっと大雅がそこにいるのだろう、と思った。


だが。


「あれ…?」

覗き込んだ隆平の目に飛び込んだのは、誰も座っていないソファと、真っ暗なテレビだけ。
それに首を傾げて、せわしなく周りをキョロキョロと見回して、リビングから続きになっているキッチンも覗いてみたが、そこにも誰も居なかった。

「にいちゃん」

首を傾げながら、大雅を呼んでみるが、返事が返って来ない。

「にいちゃん?」

リビングを後にして、更に洗面台を覗いたが、こちらには電気が付いておらず、真っ暗で誰もいないのはすぐに分かった。
次いで、トイレ、風呂場を覗いたが、大雅はどこにも居ない。
それからまたリビングに戻った隆平は、落ち着かない様子でウロウロと歩き回る。
ソファによじ登って座ると、そこからリビングの入り口をジッと眺めたが、誰も入ってくる気配は無い。
カチ、カチ、とリビングにある時計の秒針が聞こえて、隆平は大きな目を瞬かせた。
すると、上の方からカタン、と何か音が聞こえたような気がして、隆平は弾かれた様にソファから飛び降りてリビングから出ると、廊下を走って階段をドタドタと駆け上がった。

そして子供部屋に戻るが、当然ながらそこには誰も居なかった。
そこでようやく隆平は気が付いた。

このいえには、だれもいない?


「にいちゃん!」

急に恐ろしくなった隆平は大声で叫んだ。
家じゅうに響くような声だったが、隆平の声の後、怖いほどの静寂に、隆平はすっかりパニックになってしまった。

「にいちゃん、にいちゃん!!」

呼んでも返事は無く、隆平はボロボロと涙を零し始めた。
さっきまで居たはずの大雅が急に消えてしまった。

家は相変わらず沈黙を守り、隆平は一人ぼっちになってしまったことに気が付いた。
両親がしばらく家にいないことは、隆平は小さいながらに理解している。
宗一郎は学校でまだ帰ってこない。

どくどくと心臓がなる。
涙がボロボロと零れ落ちる。

「にいちゃ、」

きゅう、と隆平の喉から声が洩れた瞬間だった。


ピリリリリリリリ!!!

「!!!」

急に鳴り出した音に、跳ね上がった隆平は、咄嗟に近くのベットに滑り込むと頭から毛布を被った。心臓が壊れてしまいそうな程鳴って、恐怖で涙が止まらない。

だが、その規則的に響く音に、それが電話の音であることに気が付いた隆平は、布団の中からそっと顔を覗かせた。
下の階にあるリビングの電話が鳴っているのだ。
早くしなければ電話が切れてしまう。

だが、隆平は布団の中から、一歩も外に出ることができなかった。
この部屋を出て、下に行くことにすら、何か得体の知れない恐怖を感じていた。


誰もいない家の中にまるで、何か怖いものがいるように感じられたのだった。
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