パラレル兄弟

さて、大雅がケータイを康高に没収された頃。

所変わって、神代北工業高校では、ようやく登校した宗一郎が、休み時間トイレに行こうとして、ある教師に捕まっていた。

勿論、本日の遅刻の事に関して注意を受け……と言うわけではなく、何故かその教師から懇願を受けていたのだ。

「お願い和田チャン、一生のお願い。」

「おめぇの一生は何回あるんだ。」

その教師というのは若く、一見すれば生徒と見間違う様な容姿だったが、きっちりと閉められたネクタイと手に持った教材で辛うじて教師であると分かる。
地元きっての不良校である北工は、外見が派手な生徒が沢山いる。
しかしこの教師ときたら、生徒を取り締まるべき立場である筈が、髪の毛をド派手な赤色に染め抜いており、逆に生徒達に馴染んでいる。

しかし今日きょうび、生徒に面と向かい、威厳を持って接する事が出来る教師というのは数える程にまで減少してしまっていたが、この男はちと事情が違っていた。

教師の名は大江和仁と言う。

「ねー和田チャン、行こうよ~。今回は絶対大丈夫だからぁ~。」

「行かねぇよ他当たれ。」

一見して明らかに不機嫌だと分かる顔を宗一郎がしているにもかかわらず、和仁はしつこく食い付いてくる。

「人数足りないんだって~!!ね、先生を助けると思って!ね!」

「先生だぁ~?」

ひく、と引きつった顔で振り返ると、若い教師はえへー、とだらしない笑顔で宗一郎に微笑みかけた。

「どこの世界に合コンの人数あわせで生徒を誘う教師が居るってんだ、あぁ!!??」

「ここ~。」

ニコニコと笑って自分を指差す和仁に、宗一郎は疲れた様に肩を落とした。
この聞き分けの無い大人をどうしたらいいのか、高校生の宗一郎には皆目検討が付かない。

「おめぇよぉ、臨時職員ならもっと大人しくしてた方が良いんじゃねぇか?いつかマジで解雇されるぞ…。」

いやむしろ今されろ、と毒づいた宗一郎に、和仁はニヤニヤと笑いながら首をかしげた。

「この学校がオレを手放すと思う?」

へらへらと笑った和仁の意味深な言葉に、宗一郎は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、その可能性が今のところ限りなくゼロに近いということを知っていた。

和仁はこの学校の出身で、地元にその名を馳せた不良の一人だったからだ。
今でも伝説となっている和仁を崇拝している輩は多い。
そんなわけで、不良同士の大きな抗争があったとしても、和仁の一声で抗争を沈静化させてしまうことも珍しくなかった。
今までどんなに学校側が不良の横暴を沈めようと尽力しても結果が得られなかった分、和仁の採用は学校側としては大きなプラスとなっている。

その和仁を学校側が手放す筈が無い。

「因みにオレ、来年度からこの学校の正規職員になるからぁ。」

なんとも嬉しそうに笑った和仁を見て、宗一郎がはぁ、と重い溜息を付くのは無理もない。

「だからさー、合コン行こうよ~。」

全く脈絡が無いこの男の誘いに、宗一郎は決して首を縦に振ることは無かった。
なぜならば、前回誘われた宗一郎が、不本意ながら和仁選りすぐりの「女子大生」という甘い響きに耐えられず、思わず頷いた時の事。

予想以上の上玉揃いの上、「高校生?かわいい~」とモテまくったのは束の間。


揃った女子大生は、見事に全員が「特殊な性癖異常者」だったのである。


「あの後俺がどんなに恐ろしい思いをしたか…!!!」

「やだね~。人聞きの悪い。因みにあのとき和田チャンがテイクアウトしたマナミチャンからの伝言が『ケツの穴の小さな男』だって。」

「うるせぇええええ!!!」

その時の事が鮮明に思い出され、宗一郎はぞわっと鳥肌が立った感覚に襲われた。
はっきり言って生まれて初めて女が怖いと思った瞬間であった。

「とにかく行かねぇからな!!おめぇの性癖異常者友の会なんかに!!!」

「ちぇ~。ケツの穴の小さい男だなぁ。」

「うるせぇっつてんだろぉおおおお!!!」

カンカンになって怒り出した宗一郎を他所に、和仁は「あ、」と声を上げた。

「性癖異常者と言えば…。和田チャンさぁ、弟が二人居るって言ってたよねぇ」

「…おめぇ、うちの弟達に手ぇ出したら100回殺すぞ。」

突如目が怪しく光った宗一郎に、「違う違う」と首を振った和仁は、自分の教材の中から白い紙を一枚取り出した。

「多分帰りのHRで担任が言うと思うわ。今朝の職員会議でね、最近神代東地区で幼児を狙った犯罪が多発してるらしいっていう議題が上がったんだよね。」

「…おめぇじゃねぇのかよ…。」

胡乱な瞳で和仁を見詰めた宗一郎に「やーねー」と和仁は声を上げた。

「オレはロリコン、ショタコンの気は無いよ。オレが好きなのはきちんと成熟した女の子を調教…」

「分かった、分かったからそれ以上言うな。つーか、東地区っていや、俺の家付近じゃねーか。」

険しい顔をした宗一郎の頭には、自分の弟達の姿が過ぎる。
幼児に性的虐待を働くなんてこの上なく胸糞悪い話だ。
和田家にも幼い弟が2人居る。人事では無い話だ。
宗一郎の顔を見て、でしょ、と和仁は頷く。

「だから神代地区の教育関係者が自治体と協力して夜間に見回りをしに東地区に行くんだよね。それでさ、」

いつに無く真剣味を帯びた和仁の声に、宗一郎も真面目な顔をして和仁のプリントを見た。

「今日、車で家まで送ってってあげるから、合コン来ない?」

「行くか!!!!!!!!!」

宗一郎が思い切り怒鳴って、和仁を反射的に殴ると、丁度予鈴が鳴った。
憤って廊下を歩く宗一郎の背中に「教師を殴るなんて~!!停学にしちゃうぞ~」という和仁の声が聞こえたが、宗一郎は振り返らなかった。

神代東地区と一言で言ってもかなり広域だ。
だが、幼い弟達の顔を思い浮かべて、宗一郎は苦虫を噛み潰した様な顔になる。
両親が居ない間、幼い弟達は自分が守らなければいけない。
使命感も手伝い、宗一郎は背筋を伸ばす。
胸に過ぎった嫌な予感を振り払うように、宗一郎はチャイムに急かされて教室に入った。
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