天道是か非か






【本件は十数年前に都内のマンションの一室で10代の少年、少女6人が誘拐・監禁された事件である。
犯人は無店舗型の非合法の未成年者デートクラブを経営。高校生数人をスカウトとして雇い、都内の繫華街で「カラオケ5,000円、下着提供10,000円、裸体撮影10,000円」などと書かれたチラシを配ってローティーンの少年少女を勧誘し、客に斡旋、その他わいせつビデオの販売も合わせて多額の利益を得ていた。

同じころ、複数の家族から警察に少年少女の捜索願いが出され、事態を重く見た警察が公開捜査に踏み切り、マスコミで行方不明者の報道が大々的に取り上げられた。
その翌日、犯人宅に監禁されていた少女の1人が手錠をはずして脱出に成功。近くの商店に助けを求める。駆けつけた警察官が6人を保護。犯人は同じ部屋の一室で死亡が確認された。自殺とみられる。
事件を受けて翌日には繫華街で一斉補導が行われ、少年少女900人以上が補導された。

遺書もなく犯人が自殺したため犯行の動機は分かっていない。
その後の捜査によって、犯人名義で借りられていた別アパートから1,000本以上のビデオテープと膨大な顧客リストが押収された。しかしその多くが偽名であったことを理由に捜査は打ち切られ、その背後にあるとされたデートクラブ絡みの疑惑は真偽不明のまま終わっている。】




青白い画面に表示された、「ある事件」の概要を読み終え、男は反吐を吐くように「おわってんな。」と呟いた。
その言葉を聞いていた同僚の男が隣に来ると、彼のケータイを覗き込む。

「お宮入り案件か。胸糞わりぃもん見てんじゃねえか。」

同僚は手に持っていた煙草をめいっぱい肺に吸い込み、吐き出した。

「犯人は単独犯、自殺で捜査は打ち切り、ってな。そんなわけねえだろうによ。」

軽蔑したような笑みを浮かべて、同僚が濁った眼を細めてみせる。

「ハラキリ要員の犯人だけが生贄に召し上げられたおっかねえ事件だ。闇が深すぎる。俺らみてえな三下じゃ話にならねえ案件だぜ。」

「…氷山の一角ってやつか?」

男が聞くと、同僚はゲラゲラと笑って「馬鹿言うな。」と吐き捨てた。

「グラス一杯の氷の欠片にも満たねえよ。」

笑った同僚の口元から白い煙がこぼれた。
その様子を見ながら、男は黙ってケータイをズボンのポケットに仕舞い込むと、自分も煙草を取り出して火をつけた。
近年はどこもかしこも禁煙のマークが目につき、喫煙者は肩身が狭い。この小さな喫煙ブースにぎゅうぎゅうに押し込められて栄養にもならない毒を吸いながら、ぼんやりと狭いボックス内に漂う煙を見つめる。

それから男は何かに気が付くようにハッとして頭をガリガリとかくと、灰皿に火をつけたばかりの煙草を押し付けた。

考え事をしていると無意識にここへ来てしまう。
少し前に禁煙すると誓ったばかりなのに、制服のポケットに残っていた煙草を見付けた途端これだ。男は容赦ない手つきで残りの煙草を箱ごとゴミ箱へ叩きつけ、喫煙ブースの外に出た。
扉を閉める間際、同僚が「勿体ねえな!」とゴミ箱を漁る姿が見え、男は思わず顔を顰めた。

薄暗い旧館の奥に追いやられた喫煙ブースを後にして、男はノロノロと階段をのぼり、新館へと続く渡り廊下へ向かう。
旧館の薄暗さとは天と地の差ほどある、清潔感のある明るい新館へ足を踏み入れると沢山の来訪者が目に留まり、心なしか自然と背筋が伸びる。
速足に自分の部署へ戻り、デスクに付いた瞬間、目の前の内線が鳴った。

「はい。生安、福原。」

慣れた手つきで受話器を取ると、電話の向こうから受付の女性の声がした。

『一階に相談の方が見えてます。』

「相談?」

思わず聞き返した。「相談」という名目であれば総合受付近くの総務に常駐している再任用の相談員がまず話を聞き判断するはずだ。
ただでさえ複数の案件を掛け持ちしている身で、来訪者の要件を全て聞いていられるほど暇ではない。
軽くあしらおうと、言い訳を考えていると、受付の女性は落ち着いた声で続けた。

『未成年の買春被害についてだそうです。松下付属高等学院の生徒さんが数名いらしてます。』

それを聞き、男は弾かれたように立ち上がり「今向かいます。」と言うやいなや、電話を切ると部署を飛び出した。
速足に階段を駆け下りて一階の総合案内の窓口へ向かう。
途中外国人の団体に道を阻まれ、イライラとしながら一か所に固まるように指示するが、言葉が通じない。逆に訳の分からない言語で問い詰められ、必死に人込みをかき分けて逃げるようにその場を抜け出した。

そうしてようやっとたどり着いた総合受付の前には、3人の少年の姿が。
男はピッと襟を正して深呼吸をした。そして彼らの前で立ち止まると、なるべく警戒されないように優しい声色で少年達に声をかける。

「お待たせしました。」

男の声に、少年達の視線が集まる。
見目麗しい凄まじい美少年が一人と、眼鏡の少年が二人。みなどこか緊張した面持ちだ。

「皆さんの相談を担当します、県警の生活安全課、福原と申します。どうぞよろしく。」










天道是か非か

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