事を慮ること深遠なれば










「それで本人を訪ねて来たわけ?いい度胸してるね、ほんと。」

件の手紙から視線をあげ、軽蔑したような顔をした吉田栄太を前にして、小五郎がまるで鬼の首を取ったかのような得意げな顔をして鼻で笑った。

「クラスメイトが犯罪者予備軍にならねえように忠告してやろうとわざわざ訪ねてきてやったんだよ。」

さきほど自分達が世話になったカオルや山縣、そして吉田栄太の部屋のリビングのソファにふんぞり返るようにして座り、さも愉快だと言わんばかりの笑顔で、小五郎はさらに「感謝しろ。」と付け加えた。

「そりゃご丁寧にどうも。」

栄太が心底呆れたように手紙からパッと手を放す。
カラフルな便箋が机に上に散らばるのを見ていた通武が、必死で笑いを堪えている井上カオルに極力の小声で食ってかかった。

「なぜ止めんのだ!あんな非人道的な振る舞いを!」

通武からしてみれば、自分に宛てられたラブレターを書いた当の本人の前で、その内容を暴くなど狂気の沙汰に他ならない。
しかしそんな通武の様子を見ながら、カオルはこんな少年にもデリカシーという立派なものがあるのだという事実に、密かに感銘を受けていた。




数分前、小五郎が手紙を持ち出して「本人に聞こうぜ。」と部屋を後にしたのをポカンとした顔で見送った通武が「どういうことだ…?」と呟くと、東風が首を傾げた。

「さっきの部屋に居た人だよね。吉田栄太。」

「…は?」

「知ってる。友達の知り合いだから。」

そこで通武はモヤモヤと記憶を辿り、数時間前まで世話になっていた部屋の住人達を思い出す。
眼鏡の少年、井上カオル…、茶髪の男、変態ストーカー…。
そして彼らと同じ部屋で優雅に紅茶を飲んでいた少年を、確かに彼らは「栄太」と…。

「待てええぇぇぇ‼」

通武が木刀を手に、顔面蒼白のまま廊下に転がり出た時にはすでに遅く、廊下に小五郎の姿はなかった。そこから猛スピードで先ほど世話になった部屋へ猛ダッシュすると、廊下の奥の扉の前で小五郎を招き入れる井上カオルが目に入った。

「貴様ぁあああ‼」

そう叫びながら猛追し、小五郎の消えた扉を閉めようとしていたカオルを突き飛ばし、部屋の中へ押し入ったのだが、時すでに遅く…栄太が件の手紙に目を通していたのだった。






「いや、ほんとごめんな。なんか戻ってきたなあと思ったら面白い案件抱えてきたから思わず…ププッ。」

「謝るならせめて申し訳なさそうな顔ぐらいしろ‼」

胸倉を掴んで迫る通武に、カオルは相変わらず「ごめん、ごめん。」と言いながら笑っている。

「それで、この手紙がなんなの?」

ため息を吐き、机の上の手紙を指でトントンと叩きながら栄太が口を開いた。
その声に通武がギクッと肩を揺らす。それからギギギ、と音が鳴るようなぎこちない動作でゆっくりと声の方へ顔を向けた。

まがりなりにも己への恋文である。

通武はどんな表情をしてよいかわからず、目を白黒とさせながらあらゆる言葉を脳内に羅列させた。
返事をするどころか、ろくに読みもせずに同室の高杉へ処分を押し付け、今更どんな顔でこの恋文に込められた想いに返答をすれば良いのだろう。

なるべく穏便に、傷付かないように言葉を選んで慎重に返答しなければ、と脳味噌をフル回転させる。
そんな通武を他所に、栄太は冷静な表情のまま小五郎を見た。

「お前のことだ。僕を小馬鹿にするためだけにわざわざこんなバカみたいな手紙を持ってきたわけじゃないでしょ。」

栄太の言葉を聞くと、小五郎はつまらなそうな表情を浮かべ、「からかい甲斐のねえやつ。」とボヤいた。

「名誉棄損のうえ信用毀損罪に値する、つってキレ散らかすと思ったのによ。」

「甘いね。むしろこの手紙の要求に応じて、より重い詐欺罪が適応するまで協力を惜しまないのが一番良い流れじゃないか。見なよ。ご丁寧にケータイの番号まで書いてあるじゃない。今からかけてみようか。」

「懲役刑に誘導するんじゃねえよ。」

おっかねえなあ、と呟く小五郎を尻目に栄太が鼻で笑った。
その一連の流れを見ていた通武が怪訝な顔をして両者の顔を見合わせると、コソコソとカオルに耳打ちをする。

「…どういうことだ。」

「成りすましだよ。さしずめ栄太の容姿の良さを利用しようとしたんじゃないか?」

「…その…つまり…俺への恋文ではない、と…?」

「残念ながら。」

神妙な面持ちをした通武は、カオルの返答を聞いて一気に力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
正直心底ホッとしたのと、この緊張感を返してほしい気持ちと、本気で焦り倒した己の羞恥心などが綯い交ぜになって、通武は放心するほかなかった。

そんな通武の様子を無視し、小五郎は下着泥棒の流れから自分達の着衣の売買の疑いについての説明をはじめた。栄太は当初、興味無さそうに小五郎の話に耳を傾けていたが、やがて眉を顰めて心底不快そうな表情をしてみせた。

「そんな不愉快極まりないクソ市場に勝手に参戦させられるとこだったわけ?」

「ああ。入学当初なら新入生同士の顔も知らなければ上級生の区別も付きにくい。誰からどの手紙を貰ったかなんていちいち覚えてねえだろうからな。」

小五郎の言葉に栄太が呆れたように「なるほど」と呟いた

「世間知らずのガキが誰か一人でも引っ掛かってくれれば上出来ってとこね…。いかにもお前の業界がやりそうな手口だ。」

「まあな。末端のチンピラがはした金欲しさに、ってのは有りそうだ。」

販路の件もあるし、と小五郎が付け加えた。

「それでてめえは名前を騙られたことに関して、何か心当たりはねえのか?」

「あるわけないでしょ。訴えるよ。」

小五郎の言葉をばっさりと斬り捨てた栄太は、机に置かれた手紙を一瞥した。
本当は破って捨ててしまいたかったが、何かの証拠にもなり得る資料のため、迂闊に処分できない。
そんな様子を見守りながら、口に手を当てて何か思案していたカオルが、真面目な顔をして静かに口を開いた。


「なあ、それってさ…それだけじゃ済まされなくないか?」


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