事を慮ること深遠なれば


「なんだ貴様。起きたのか。」

「あんな会話聞かせられてグースカ寝てられるか。ボケが。」

どんなお花畑で暮らしてきたんだ、と小五郎に深いため息をつかれ、通武と東風は顔を見合わせた。なんのことだ、と言わんばかりの二人の表情に、小五郎は頭を抱える。
彼が気持ちよく寝ていたのは数分程度。その後、ふわふわとした意識がゆっくりと浮上してきた際、件の会話を耳が拾って、夢半ばで無意識にツッコミ口を入れてしまったのだ。

「えげつねぇ世界だぞ。パンツがねぇから盗むなんて単純かつ貧相な発想は、てめぇら自身を危険に晒すこともあるんだよ。パンツが無くなったなぁ~困ったなぁ~、で終わるんじゃねえ。パンツの行く末にもっと危機感を持て馬鹿野郎。」

つい今しがた目覚めたばかりとは思えない剣幕で捲し立ててくる小五郎に、通武は何を言われているかは理解できなかったが、彼が怒っていることだけは分かった。
隣で突っ立っている東風を見ると、彼はこの上なく無垢な顔でキョトンとしている。その顔を見て通武はホッと胸を撫でおろした。小五郎の言葉の意味が分からないのはどうやら自分だけではなかったらしい。そしてキョトンとしたまま東風が「パンツの行く末?」と問いかけた。
ごくごく当然流れに、小五郎の顔が見たことないほど、ぐしゃあと表情を歪ませる。

「単に万引き感覚でスリルを味わうためにやってる馬鹿がほとんどだ。だが中には自分の性的嗜好を満たすために下着を掻っ攫っていくド変態もいるんだよ。」

小五郎の説明に「へえ~。」と感心したように東風が声を上げる。
同じく通武も口にこそ出さなかったが、出すとすれば「へえ~。」が妥当だ。それ以上でも以下でもない。
そんな危機感の欠片も無いような暢気な二人の表情を見た小五郎は心底呆れ果てた。

「よく考えてみろ。自分が履いてたパンツが変態どもの性的興奮を引き起こす材料になるんだぞ。何に使われてるか分かりゃしねえし、分かりたくもねぇが、場合によっちゃ自分の使用済みパンツが、嗅がれたり、舐められたり、見知らぬ人間の体液まみれになることだってあるんだよ。」

「え⁉」

小五郎の言葉を聞いた東風は、思わず目を見開いて両手の拳を胸の前で握った。
背後からはゴオオオオと地鳴りのような凄まじい音を立てながら洗濯機が脱水をしている音が響き、緊迫した雰囲気づくりに一役買っている。

「中にはそれを持ち主の写真とパッキングして保存する変態もいる。そしてそれを本人に郵送してくることもある。」

「ひえっっっ」

「当然、需要があるなら供給もある。金に薄汚ねぇドブみてえな野郎が売買のために盗むケースもある。中には洗っていない洗濯前の下着を狙って、それを売り飛ばす輩もいるんだぞ。」

小五郎の容赦無い追加情報に東風が言葉にならない悲鳴をあげると、隣でバタンッ‼と大きな音がした。そちらの方向を見ると、通武が白目を剥いて失神しているところだった。
それを見た東風が恐怖のあまり「ワァ!」と声をあげ、顔を歪めて泣き出した。

「いいか、これに懲りたら下着泥棒を甘く見るんじゃねえ。奴ら現行犯でパクられたとしても異様に再犯率がたけえ。見つけたら二の足を踏むな。確実に殺せ。」

小五郎の殺気は鬼気迫るものだ。それを見た東風は泣きながら頷いた。
どう考えても実体験が背景にあるとおぼしき言葉にはひとつひとつ異常な説得力がある。

それと同時に洗濯機が終了を告げる電子音が鳴り響いた。
東風と通武の中の怖いものランキング上位に下着泥棒がランクインした記念すべき日となったのだった。






「素朴な疑問なんだが…。下着以外も盗まれることがあるのか?」

「ある。」

洗濯が終わった三人はそれぞれの衣類を取り出して、中庭の物干しへと移動した。こちらも用意が良く、大量のハンガーとランドリーピンチが常備されており、寮生なら誰でも自由に使えるようになっている。三人がそれぞれ洗濯物を干す作業をしていると、不意に通武が小五郎に声をかけ、小五郎が食い気味に返答した。

「てめぇも気を付けるこったな。男子高校生の衣類ってだけでブランド扱いになる業界は腐るほどあるぞ。特に使用済みなんてお前、札束積んでも手に入れたい輩がいるんだよ。」

パン、と小気味良い音をさせながら、シャツの皺を伸ばす小五郎を見て、通武は己の手にあるTシャツをしげしげと眺めた。

「理解できんな…。」

「てめぇが知らねえだけで、世の中想像もできねえような変態が普通の顔して生きている。そんで馬鹿みてえな金額が一秒ごとに動いて消えるんだぜ。」

「怖ぇ世の中だろ。」と鼻で笑った小五郎の言葉を聞きながらはあ、と生返事をしながらTシャツをハンガーにかけた。小五郎の言葉の意味は全く理解できないが、そういうものなのか、と考え始めるときりがない。
世の中は知らないことばかりで溢れている。

「部屋から消えた俺達の洋服も、今頃どこぞの誰かに売りとばされているかもしれんな。」

乾いた笑いを浮かべた通武がカシャン、とハンガーをかけて小五郎の方へ視線を向けると、彼は無表情な顔でジッと通武を見据えたまま身体を硬直させた。
その様子から、小五郎が気分を害したのでは、と考えた通武が「悪い。」と口にする。

「あまり気持ちの良い例えではなかったな。」

しかし小五郎は「いや…」と通武を見つめたまま呟いた。

「あり得るどころの話じゃねえぞ…なるほど…。その手があったな。」
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