事を慮ること深遠なれば
その後三人は、二層式洗濯機でも自動乾燥機付き洗濯機でもない、ごくごく一般的な洗濯機に数少ない手持ちの衣類を入れた。
洗剤はというと、東風がランドリーの隅に洗剤の自販機を発見して事なきを得た。
壁には丁寧に洗濯機の使い方が書かれた張り紙が掲示されている。
電子版に36分と表示が出たのを確認した小五郎が「一旦戻るか?」と提案してきたが、通武が首を横に振った。
「初日に寮長が洗濯場を使う際は気をつけろ、と言っていただろう。下着泥棒が多いと。」
その言葉を聞き、小五郎は心底疲れ切ったような顔をして、待合用に置かれたパイプ椅子に腰かけた。手元に残る貴重な衣類を盗難されたのでは、本当に裸一貫になってしまう。それだけは何としても阻止しなければならない。
一方東風は、洗濯機の蓋の透明な部分から見える内部の様子が気になるようで、食い入るように注水の様子を眺めている。
やがてゴウン、ゴウンという洗濯機の音だけが静かな洗濯場に響きはじめた。
基本夜間に使用されることが多い浴室と違い、空高く太陽の昇る時間帯で絶好の洗濯日和であるにも関わらず、洗濯場には人っ子一人居ない。
リズムの良い洗濯機の音に、小五郎はつい目を閉じる。
中庭から入ってくる初夏の日差しが心地よかった。
「俺は自分が恥ずかしい。」
不意に、通武が口にした言葉が耳に入った小五郎は、片手で頬杖を突きながら、ゆっくりと瞼を開けてやる気なく「何が?」と尋ねる。
「てめぇの生き様がか?」
「そうだ。」
間髪入れずに返ってきたのが予想外の言葉だったせいか、小五郎は通武に視線を向けた。皮肉のつもりで発言した言葉が肯定されるとは想像もしていなかったのか、面食らったように少しだけ目を見開く。通武はそんな小五郎には見向きもせず、音を立てて動く洗濯機をただ見詰めている。
「この期に及んで、あいつが俺達の洗濯物を片付けてくれたのだと信じて疑わなかった。」
「…。」
通武の言葉に、小五郎は目を細めて洗濯機の方へ視線を向けた。
今だけはこのこいつに共感ができる、と小五郎はガラにもないことを考えた。
確かに、昨日の夜中に部屋に帰った際、片付けられたリビングを目撃した際、何の疑いもなく、あの山積みになった使用済みの衣類も洗濯されているのだろうと確信していた。
自室のドアを開ければ、洗濯物が綺麗にきっちりと畳んで置かれているものだとばかり思っていたのだ。
なんとも救いようのない。
しかし、だとすれば自分達の山盛りの洗濯物はどこへ消えたのだろう?まさか捨てられたのだろうか、と小五郎はボンヤリと洗濯場の白い壁と天井を見ながら思案した。
視界の端には棒立ちになりながら項垂れる通武と、洗濯機に張り付いている東風が目に入る。
学校に入学してから早一カ月が経とうとしている。
まともに話したこともなかった同室者とこうしてフリチンになりながら額を集めて洗濯機使用方法の張り紙を真剣に読む日が来るなんて想像もしていなかった。
ましてや洗濯場に洗剤が買える自販機があることも一生知ることはなかっただろう。
小五郎は目を閉じた。
貫徹したせいで眠い。先ほど風呂にゆっくりと浸かったお陰か、身体の疲労はそこまで感じないが、いかんせん脳味噌が疲れている。糖分が足りない、と小五郎は遠くなる意識の中でぼんやりと考えた。
腹を鳴らして情けない顔をした東風の気持ちがよく分かる。
今なら、素直にあの味噌汁のお椀を受け取れるような気がした。
「…寝てる。」
寝息を立て始めた小五郎き気が付き、東風が呟く。それにつられて通武もまた小五郎の方へ顔を向けた。パイプ椅子に深く腰掛け、長い脚を組みんだ小五郎の肩が静かに上下に揺れているのを見て、通武は小さくため息をついた。
「…そっとしておいてやれ。俺達は下着泥棒を警戒するぞ。」
通武の言葉に「はい。」と頷いた東風はジッと洗濯機を見詰めたが、すぐに視線を通武に戻して控えめに「あの…」と声をかけてきた。
「なんだ。」
「下着泥棒って、なんで下着をとるんですか。」
「…。」
東風の唐突な問いに、通武は腕を組んで首を傾げた。
確かに。
なぜ下着泥棒は下着を取るのだろうか。下着泥棒が犯罪だということは重々理解している通武だが、犯人がなぜ他の衣類ではなく下着限定なのか、考えたこともなかった。
「し、下着を買うことができないほど困窮しているとか、下着を無くして替えがないとか…まあ、何かしら下着が必要な状況下でやむを得ずに盗みを働くのだろう。」
「なるほど。」
「必要なら仕方がないね。」と呟いた東風と「そうだな。盗みはよくないが。」と答えた通武に、胡乱な目をした小五郎が「小学生かてめぇら。」と呟いた。
