朝三暮四
「え?」
そう言いながらカオルが連絡先リストの画面をスクロールする。ゆっくりと一人ずつの名前を確認し、最後までスクロールし終えてから首を傾げた。確かに自分の名前が無い。
「おかしいな…辰也の登録があって、俺の登録が無い…?」
カオルの言葉に山縣が眉間に皺を寄せた。そんな山縣を他所に、カオルと小五郎、そして通武は顔を見合わせた。
「このケータイは本当にあいつの物なのか?」
「いや…でもエロ画像のチョイスは間違いなく俊輔なんだよなあ…。それに辰也が直接番号教えてもらったって言ってたし…。」
「井上、てめぇのケータイ出せ。」
小五郎に言われ、カオルはキョトンとしながらも素直に自分のケータイを出した。それから続けて、「発信してみろ」と言われ、カオルはようやくその意図を汲み取った。
そして己の連絡先リストから伊藤俊輔の番号を見つけ出し、スピーカーフォンにして発信した。ツツツ…とカオルのケータイから電子音が鳴る。栄太を除いた4人は、固唾を飲んで白いケータイ電話をみつめた。
だが、電子音はプッと切れると『お掛けになった電話番号は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないためかかりません。』という女性のアナウンスが流れた。
もちろん目の前の白いケータイはうんともすんとも言わない。
「これ…俊輔のケータイじゃない…?」
カオルの呟きに、小五郎は眉間に手を当てて考え込んでしまい、山縣は己のケータイに入っていた番号が俊輔のものでは無いという事実に、部屋の片隅で真っ白になって風化寸前の状態になっていた。
栄太はその有様を他所に、悠々とポッドの紅茶をカップに淹れながら笑った。
「いいざまだね、お前ら。見ていて飽きないよ。振り回されて船は暗礁に乗り上げたわけだ。」
心底嬉しそうに笑う栄太に対して、指の隙間から小五郎が凄まじい目つきで睨みつけているのが見えて、彼の正面に居たカオルはひえ、と声を漏らした。なるべく双方と目が合わないように視線を下に向けると、目に入ったのは俊輔のものだと思い込んでいた件の白いケータイ。
一体何がどうなっているというのだろう。
突如として消えてしまった伊藤俊輔の行方の手掛かりになるものがようやく見付かったと思った一同は、栄太の言葉通り、暗礁に乗り上げてしまった。
一方。通武だけは、ケータイを見詰めながら怪訝な顔をして首を傾げていた。
「いやあ、ひどい目に遭いました。」
虎次郎の言葉に、東風は頭をポリポリといかいて、顔を逸らす。
先ほど警報が鳴った2Fへ様子を見に行った虎次郎は、とりあえずけたたましく鳴り響くサイレンを停止させた。それから談話室内を一通り点検し、異常が無いことを確認すると、天井付近の旧型カメラへと視線をうつす。そこには真っ黒な布をグルグル巻きに括りつけられたカメラの姿が。
その後サイレンを聞きつけた在寮生が続々と様子を見に来たので、彼らに手伝ってもらいながらその布を外し、「どうやら誰かの悪戯のようだ」と説明をして虎次郎はその場を後にした。
警報を発動させたとなれば、警備会社にも通知が行っているはずなので、誤報であるということを説明しなければならない。
諸々の手続きを終わらせた虎次郎は、ふう、と深く息を吐くと、管理人室のソファに深く腰をかけた。最近は歳のせいか、少し急ぐだけで動悸や息切れが激しい。
その様子を見た東風は、ソワソワと虎次郎の周りを歩き回り、目についたウチワを手に取って、座り込んだ虎次郎の傍らに両膝をついて、そよそよと風を送る。
それに気が付いた虎次郎は思わず苦笑して東風に礼を言った。監視カメラに黒布を巻いた犯人は二人。時間を巻き戻すと、犯人の姿がばっちりと録画されていた。犯人は二人。どちらも頭に紙袋を被っていたため顔の判別はできなかったが、その服装から今朝管理人室前のロビーに居た少年達のものだとすぐに分かった。
「やれやれ…手段を選ばない子達だ…。」
そう呟いた虎次郎に、東風の手がピタリと止まる。
そろそろと様子を窺う東風に気が付いた虎次郎は、ふふ、と可笑しそうに笑った。
「いえ、怒っているわけではないんですよ。」
可笑しそうに笑う管理人を目の前に、東風は首を傾げて見せた。
「皆さん色々と考えてのことなんでしょう。様々なアイデアを思いつく事はとても良いことだと思うのですが、やり方をもう少し考えていただけると助かります。」
額に浮き出た汗をハンカチで拭いながら虎次郎が言うと、東風は目を丸くして見せた。
「なにか知っているんですか。」
蚊の鳴くような声で呟いた東風に、虎次郎はいえ、と断りを入れた。
「君たちが熱心に何かを探していることだけは分かります。何か大事なものでも無くしてしまったのかな、と。老婆心ながら何かお役に立てないかと気を揉んでおりました。」
夜通し寮内を駆け回っていたでしょう、と言われ、東風はきゅ、と唇を結んで押し黙った。
「良いですか、高杉君。何かものを無くして困った時。私のとっておきを伝授しましょう。」
「とっておき。」
「はい。まず、闇雲に探してはいけません。それから、外野の意見に惑わされてもいけません。もちろん、人を疑ってもいけません。結果は同じ。それでは永遠に見つかりません。」
やることは二つだけ、と虎次郎は悪戯っぽい顔をして笑った。
「無くしものをした時に、自分がどんな行動をしていたのか思い出す。そしてその時の行動を再現するんです。」
たったこれだけ、と言い放った虎次郎に、東風は情けなく眉毛をハの字にして見せたのだった。
つづく。
そう言いながらカオルが連絡先リストの画面をスクロールする。ゆっくりと一人ずつの名前を確認し、最後までスクロールし終えてから首を傾げた。確かに自分の名前が無い。
「おかしいな…辰也の登録があって、俺の登録が無い…?」
カオルの言葉に山縣が眉間に皺を寄せた。そんな山縣を他所に、カオルと小五郎、そして通武は顔を見合わせた。
「このケータイは本当にあいつの物なのか?」
「いや…でもエロ画像のチョイスは間違いなく俊輔なんだよなあ…。それに辰也が直接番号教えてもらったって言ってたし…。」
「井上、てめぇのケータイ出せ。」
小五郎に言われ、カオルはキョトンとしながらも素直に自分のケータイを出した。それから続けて、「発信してみろ」と言われ、カオルはようやくその意図を汲み取った。
そして己の連絡先リストから伊藤俊輔の番号を見つけ出し、スピーカーフォンにして発信した。ツツツ…とカオルのケータイから電子音が鳴る。栄太を除いた4人は、固唾を飲んで白いケータイ電話をみつめた。
だが、電子音はプッと切れると『お掛けになった電話番号は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないためかかりません。』という女性のアナウンスが流れた。
もちろん目の前の白いケータイはうんともすんとも言わない。
「これ…俊輔のケータイじゃない…?」
カオルの呟きに、小五郎は眉間に手を当てて考え込んでしまい、山縣は己のケータイに入っていた番号が俊輔のものでは無いという事実に、部屋の片隅で真っ白になって風化寸前の状態になっていた。
栄太はその有様を他所に、悠々とポッドの紅茶をカップに淹れながら笑った。
「いいざまだね、お前ら。見ていて飽きないよ。振り回されて船は暗礁に乗り上げたわけだ。」
心底嬉しそうに笑う栄太に対して、指の隙間から小五郎が凄まじい目つきで睨みつけているのが見えて、彼の正面に居たカオルはひえ、と声を漏らした。なるべく双方と目が合わないように視線を下に向けると、目に入ったのは俊輔のものだと思い込んでいた件の白いケータイ。
一体何がどうなっているというのだろう。
突如として消えてしまった伊藤俊輔の行方の手掛かりになるものがようやく見付かったと思った一同は、栄太の言葉通り、暗礁に乗り上げてしまった。
一方。通武だけは、ケータイを見詰めながら怪訝な顔をして首を傾げていた。
「いやあ、ひどい目に遭いました。」
虎次郎の言葉に、東風は頭をポリポリといかいて、顔を逸らす。
先ほど警報が鳴った2Fへ様子を見に行った虎次郎は、とりあえずけたたましく鳴り響くサイレンを停止させた。それから談話室内を一通り点検し、異常が無いことを確認すると、天井付近の旧型カメラへと視線をうつす。そこには真っ黒な布をグルグル巻きに括りつけられたカメラの姿が。
その後サイレンを聞きつけた在寮生が続々と様子を見に来たので、彼らに手伝ってもらいながらその布を外し、「どうやら誰かの悪戯のようだ」と説明をして虎次郎はその場を後にした。
警報を発動させたとなれば、警備会社にも通知が行っているはずなので、誤報であるということを説明しなければならない。
諸々の手続きを終わらせた虎次郎は、ふう、と深く息を吐くと、管理人室のソファに深く腰をかけた。最近は歳のせいか、少し急ぐだけで動悸や息切れが激しい。
その様子を見た東風は、ソワソワと虎次郎の周りを歩き回り、目についたウチワを手に取って、座り込んだ虎次郎の傍らに両膝をついて、そよそよと風を送る。
それに気が付いた虎次郎は思わず苦笑して東風に礼を言った。監視カメラに黒布を巻いた犯人は二人。時間を巻き戻すと、犯人の姿がばっちりと録画されていた。犯人は二人。どちらも頭に紙袋を被っていたため顔の判別はできなかったが、その服装から今朝管理人室前のロビーに居た少年達のものだとすぐに分かった。
「やれやれ…手段を選ばない子達だ…。」
そう呟いた虎次郎に、東風の手がピタリと止まる。
そろそろと様子を窺う東風に気が付いた虎次郎は、ふふ、と可笑しそうに笑った。
「いえ、怒っているわけではないんですよ。」
可笑しそうに笑う管理人を目の前に、東風は首を傾げて見せた。
「皆さん色々と考えてのことなんでしょう。様々なアイデアを思いつく事はとても良いことだと思うのですが、やり方をもう少し考えていただけると助かります。」
額に浮き出た汗をハンカチで拭いながら虎次郎が言うと、東風は目を丸くして見せた。
「なにか知っているんですか。」
蚊の鳴くような声で呟いた東風に、虎次郎はいえ、と断りを入れた。
「君たちが熱心に何かを探していることだけは分かります。何か大事なものでも無くしてしまったのかな、と。老婆心ながら何かお役に立てないかと気を揉んでおりました。」
夜通し寮内を駆け回っていたでしょう、と言われ、東風はきゅ、と唇を結んで押し黙った。
「良いですか、高杉君。何かものを無くして困った時。私のとっておきを伝授しましょう。」
「とっておき。」
「はい。まず、闇雲に探してはいけません。それから、外野の意見に惑わされてもいけません。もちろん、人を疑ってもいけません。結果は同じ。それでは永遠に見つかりません。」
やることは二つだけ、と虎次郎は悪戯っぽい顔をして笑った。
「無くしものをした時に、自分がどんな行動をしていたのか思い出す。そしてその時の行動を再現するんです。」
たったこれだけ、と言い放った虎次郎に、東風は情けなく眉毛をハの字にして見せたのだった。
つづく。