余命半年



「ちょ、大胆過ぎるって、まゆみちゃん…!!」

非常に可愛らしい女の子が自分のスカートをゆっくりと捲り上げながら照れた様に微笑むのを見て、やばい、と俊輔は生唾を飲み込んだ。
まゆみちゃん(仮)の身体は柔らかく、まるでマシュマロのようだ。
彼女が頬を染めながら、俊輔の手に自分の手を添えてスカートの中に導いていくのを、俊輔は「え!!良いの!!?うそ!!ま、まだチュウもしてないのに!!良いんですか!!」と一人騒ぎ捲くり、まゆみちゃん(仮)が「いいの、俊輔くんなら」と言ったところで完全にノックアウトされてしまった。

駄目だ、今ならもう死んでも良い、と本気で思った

その瞬間だった。

ゴスン、という音と、顔面に走った痛みに、俊輔は現実に引き戻されたのである。
どうやらベッドから転落したらしい。しかも顔から。
あまりの痛みと、ビルの屋上から突き落とされた様な浮遊感に、心臓がドキドキとしていたが、いつまでも床とキスしているワケにも行かないので、俊輔は、ノロノロと上半身を起こした。

ボリボリと頭を掻くと、髪の毛があり得ない方向に飛び跳ねている事に気がつく。
ふ、と隣の机を見ると、スタンドライトが付けっぱなしになっていた。
昨夜手紙を書いているうちに寝てしまったのか、と思いながら、律儀にベッドに移動したのだと気が付いた。
よくやった、と自分を褒め称える。

それから自分と共に床へ落ちたらしいエロ本で捲れた頁には、夢に見た白いフトモモ。

「まゆみちゃん…」

呟いて、先ほどまで自分の間近にあった柔かい身体を思い出す。
もう少しだったのに。

「秘密の花園…」

そう呟いて、ふと自分の下半身を見た俊輔はため息をついた。
こっちも起きていたか、と顔を顰める。
これは是非落ち着いて貰わなければならないなと思ったが、でもそんな時間あるか?と俊輔は覚束無い手つきでケータイを手繰り寄せる。
例え一人でも、俊輔はじっくり楽しみたい派だった。
そしてケータイのディスプレイを確認する。

「…」

その表示に首を傾げて、目を擦ると、俊輔はもう一度時刻を確認した。

そして、残念ながら目を擦って再度確認しても、その時刻は変わらなかったのである。

只今の時刻は、午前、八時二十分。

「うそ」

目を丸くして呟いた俊輔は、ひぇええええええええええ!!!と間の抜けた叫び声を上げると、バタン、と個室のドアを開けて玄関に向かった。
半畳程しか無い玄関に昨日、所狭しと並べられていた靴は、俊輔のものだけを残して綺麗さっぱり消えていた。

「起こせよあいつらぁああああああああ!!!!!」

叫んだ俊輔は薄情なルームメイトを呪い、遅刻だ遅刻だと騒ぎ立てて、急ぐ余りに部屋のあちこちに身体をぶつけながら慌てて制服を着込んだ。
それから鞄を持つと靴を引っ掛けて、慌てて外に出る。それから廊下を走るが、途中で鍵を掛けた事を忘れて、涙目で一旦戻り施錠すると、同じ道を全速力で駆け抜けたのだった。

「おはようございます!!」

ほとんど怒鳴りながら管理人室にカードを渡すと、朝から穏やかな顔をした寮の生き仏の虎次郎は、「はい、おはようございます」と返してくれたが、走り去ろうとした俊輔のブレザーをしっかと掴んで来て、その反動で俊輔は見事にこけてしまった。

「おや、申し訳ない。」

そう言って詫びる虎次郎に、俊輔はバッと起き上がると殆ど泣きながら抗議した。

「おれ急いでるんですってばもー!!」

そう云うと、虎次郎は困った様に笑って、俊輔にティッシュを渡しながら、同時に何やら小さな紙を俊輔に差し出した。

「君宛にルームメイトから言付けの様ですよ。」

ぐす、と鼻を啜りながら俊輔はその紙を開けると、そこにはそれぞれ特徴のある字で、短い文面が記してあった。

『清掃と炊事をサボった罰として、先一ヶ月の家事当番はお前がやれよ。小五郎。』
『怠け者。通武。』
『東風。』

高杉君、何も書かないんなら書名する意味なくねぇ!!?と突っ込みを入れる間も無く、俊輔は自らが犯した事に気が付いた。そうだった、遅刻で頭が一杯で気が付かなかったが、今日も朝から「仕事」があったのだった。
俊輔はもう涙も鼻水も垂れ流しのまま、恐怖に引きつる顔で、恐る恐る管理人の顔を見た。
すると、虎次郎は、くしゃくしゃの顔に満面の笑みを浮かばせると、大きな表を取り出して、赤ペンでサラサラと何かを記していく。

「伊藤君、ペナルティ2、と」

「わぁああああああああああああああ!!!!」

両手で頭を抱えた俊輔は、朝と同様、髪の毛があり得ない方向に飛び跳ねている事に気がついたが、それどころでは無かった。
そう、「仕事」はサボる度にその数が記され、5回サボると、世にも恐ろしい罰が待っているのである。
しかも連帯責任で、一人が5回サボっても、罰はルームメイト全員が受ける規則となっていた。
それを経験した先輩方が、もう二度と受けたくない、と真面目に働いている姿を思うと、それが如何ほどに恐ろしい事なのかが窺えるが、その内容を誰も口にしようとはしないので、どんな罰なのかは分からず、様々な憶測だけが飛び交っていた。
だが、まさか入学三日目で既に二つ、しかも遅刻、おまけに余命半年、と色々な事がごちゃごちゃになった俊輔は、もう号泣に近い泣き方で寮を飛び出した。

後ろでニコニコと笑った虎次郎が「いってらっしゃい」と声をかけたが、既に俊輔は数十メートルも先を走っていて、虎次郎はやはり笑顔を崩さないまま、ゆっくりとした動作で朝刊を広げ、湯のみにお茶を注いだのだった。



かくして、剣道馬鹿と、ドSのヤクザと、オタクの芸術家。

そして、余命半年の平凡な少年の、奇妙な共同生活が始まったのである。






つづく。
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