朝三暮四
「一年医学科、山縣辰也だ。趣味は伊藤。特技は伊藤だ。ちなみに伊藤とは、これから結婚を前提に付き合う予定だ。」
「…あー…井上カオル…です…一年普通科。俊…伊藤君とは同じクラスで、えー…名簿上、席が前後なので入学当初から仲良くさせて貰ってます。」
「…カオル」
「…なんだよ辰也。」
「伊藤と…席が前後なのか。」
「…その話は後でしよう。な。」
カオルは横で凄まじい殺気を放っている山縣とできるだけ目を合わせないように努めた。
しかし、そうすると嫌でも前方の和田小五郎と久坂通武が目に入る。
とくに小五郎の方は表情筋ひとつ動かすことなく、ジッとこちらを注視しているので、その居心地の悪さといったら他に例えようがない。
「氏名、学年、学科、伊藤俊輔との関係を簡潔に答えろ。」
小五郎からほとんど強制的に同じテーブルにつくように言われ、座った途端、そんな要求が付きつけられた。
「(一体どういうつもりなんだ…。)」
状況的に全く不透明な中の質問に、カオルの胸中が不安や心配に揺れるのは仕方ない。
もちろんそれを断る術もなく言わされる羽目となったのだが、カオルの心配はどちらかというと「厄介なのに捕まった」というものより、「隣の可哀想な子が何もやらかしませんように」という気持ちの方が強い。
さっきから「おいカオル、なんとか言えよてめぇ、あれか、ふわっと伊藤のシャンプーの香りとか漂ってくんのかコラ」と小突いて来る山縣に、心の中で「黙れ」と何度も繰り返す。
そんな彼の切実な心境を他所に、小五郎は二人の小競り合いなど全く取り合わず、短く「なるほど」と呟いた。
「あの野郎のダチとストーカーってわけか。」
「…」
何も言い返す必要がないほど的確だ、と言う意味合いも含め、カオルは肯定として思わず頷く。
隣で山縣が「ストーカー?」と何やら不服そうな顔をしているが、気が付かない振りをしていると、目の前の小五郎がその鋭い双眸に二人を映したままで静かに問いかけた。
「で、そのダチと変態がオレ等に何の用だよ。」
「いや、用っつーか、あー…つまり…」
「オレ等があの野郎を、どうしたって?」
「いやその、」
「隠したっつたか?」
「あー、うんまあ、なんつーのか…」
「なんでそう思う?」
「…」
「まどろっこしいのは柄じゃねぇんだ。単刀直入に、なんであの野郎が『隠されてる』って思う?」
核心に迫る小五郎の言葉。
小五郎の隣に居る通武は二人の方を向いてはおらず、下方へ視線を落としてはいるが、自分達の一挙一動を、針の先のようにするどく尖らせた神経で探っているようだ。
彼の言い表し様のない感情がビリビリと伝わってくる。
「(ああ何だよこの状況…)」
彼らが自分たちを警戒していることは明らかだ。
一体彼らがどういう立場で、また、どういう観点で、という詳細は現時点では明らかではないが、少なくともこうして『何かを待ち伏せていた』様子から、彼らの周囲で常ならぬ事態が起こっているのだと察知できた。
連中は事態の詳細を探ろうとしている。
「(そこに俺達がまんまと引っ掛かっちまったわけだ。)」
気が付いたカオルは、しばらく何かを考え込むように難しい顔をしていたが、やがて諦めたように「はぁああ~」と大げさな溜息をつくと、椅子の背もたれに寄りかかった。
「…辰也、お前のせいで計画がパアだ。」
カオルの言葉に、小五郎と通武の表情が僅かだが怪訝なものになったが、山縣はまるで関係ないと言わんばかりに鼻をふん、と鳴らして腕を組んだ。
「文句を言われる筋合いはねぇ。」
「こっちの段取りも考えてくれよ…。」
「遅かれ早かれこうなることは分かってたじゃねぇか。」
「ああもうお前って奴は…。」
「感謝しろ。」
山縣の言葉にカオルは隣に視線を向けた。
彼は真っ直ぐに、小五郎と通武の方を見据えている。
「…するよ。お陰で余計な手間が省けた。お前が変態でよかったよ。」
少し疲れたような顔をして、カオルは少しズレ下がっていた眼鏡をあげ、山縣に習い、姿勢を正して小五郎を見据えた。
「…俺はどっちかって言うと、まどろっこしい質だ。でもせっかくの機会だから率直に言わせてもらいます。…先ごろから伊藤俊輔と全く連絡がとれなくなりました。電話も通じない、メールも帰ってこない。 」
何かスイッチが入ったように冷静になったカオルを前に、小五郎と通武の表情が僅かにその色を変えた。
「音信不通になったのはだいたい一週間前。GWが始まってからかな。俊輔とは連休中に外で会う約束をしてたんだけど、あいつ、そこにも来ないし…それが心配で帰ってきた。2人はずっと寮に残ってたんだよな?」
「…」
「なんで、そんなことになってんのかな、って。」
カオルの言葉を黙って聞いていた小五郎の横で、通武が眉を顰める。
何かを言いたげな表情をする通武が口を開く前に、小五郎が先行した。
「先に聞きたいことがある。」
「どうぞ。」
「あの野郎と連絡がつかない要因に、少しでもてめぇらが関係してねぇって証拠はあるか?」
小五郎の言葉に通武がぎょっとした顔をした。
「おい、それはどういう…」
「答えろ…てめぇら、どこまで知ってんだ。」
「…あー…井上カオル…です…一年普通科。俊…伊藤君とは同じクラスで、えー…名簿上、席が前後なので入学当初から仲良くさせて貰ってます。」
「…カオル」
「…なんだよ辰也。」
「伊藤と…席が前後なのか。」
「…その話は後でしよう。な。」
カオルは横で凄まじい殺気を放っている山縣とできるだけ目を合わせないように努めた。
しかし、そうすると嫌でも前方の和田小五郎と久坂通武が目に入る。
とくに小五郎の方は表情筋ひとつ動かすことなく、ジッとこちらを注視しているので、その居心地の悪さといったら他に例えようがない。
「氏名、学年、学科、伊藤俊輔との関係を簡潔に答えろ。」
小五郎からほとんど強制的に同じテーブルにつくように言われ、座った途端、そんな要求が付きつけられた。
「(一体どういうつもりなんだ…。)」
状況的に全く不透明な中の質問に、カオルの胸中が不安や心配に揺れるのは仕方ない。
もちろんそれを断る術もなく言わされる羽目となったのだが、カオルの心配はどちらかというと「厄介なのに捕まった」というものより、「隣の可哀想な子が何もやらかしませんように」という気持ちの方が強い。
さっきから「おいカオル、なんとか言えよてめぇ、あれか、ふわっと伊藤のシャンプーの香りとか漂ってくんのかコラ」と小突いて来る山縣に、心の中で「黙れ」と何度も繰り返す。
そんな彼の切実な心境を他所に、小五郎は二人の小競り合いなど全く取り合わず、短く「なるほど」と呟いた。
「あの野郎のダチとストーカーってわけか。」
「…」
何も言い返す必要がないほど的確だ、と言う意味合いも含め、カオルは肯定として思わず頷く。
隣で山縣が「ストーカー?」と何やら不服そうな顔をしているが、気が付かない振りをしていると、目の前の小五郎がその鋭い双眸に二人を映したままで静かに問いかけた。
「で、そのダチと変態がオレ等に何の用だよ。」
「いや、用っつーか、あー…つまり…」
「オレ等があの野郎を、どうしたって?」
「いやその、」
「隠したっつたか?」
「あー、うんまあ、なんつーのか…」
「なんでそう思う?」
「…」
「まどろっこしいのは柄じゃねぇんだ。単刀直入に、なんであの野郎が『隠されてる』って思う?」
核心に迫る小五郎の言葉。
小五郎の隣に居る通武は二人の方を向いてはおらず、下方へ視線を落としてはいるが、自分達の一挙一動を、針の先のようにするどく尖らせた神経で探っているようだ。
彼の言い表し様のない感情がビリビリと伝わってくる。
「(ああ何だよこの状況…)」
彼らが自分たちを警戒していることは明らかだ。
一体彼らがどういう立場で、また、どういう観点で、という詳細は現時点では明らかではないが、少なくともこうして『何かを待ち伏せていた』様子から、彼らの周囲で常ならぬ事態が起こっているのだと察知できた。
連中は事態の詳細を探ろうとしている。
「(そこに俺達がまんまと引っ掛かっちまったわけだ。)」
気が付いたカオルは、しばらく何かを考え込むように難しい顔をしていたが、やがて諦めたように「はぁああ~」と大げさな溜息をつくと、椅子の背もたれに寄りかかった。
「…辰也、お前のせいで計画がパアだ。」
カオルの言葉に、小五郎と通武の表情が僅かだが怪訝なものになったが、山縣はまるで関係ないと言わんばかりに鼻をふん、と鳴らして腕を組んだ。
「文句を言われる筋合いはねぇ。」
「こっちの段取りも考えてくれよ…。」
「遅かれ早かれこうなることは分かってたじゃねぇか。」
「ああもうお前って奴は…。」
「感謝しろ。」
山縣の言葉にカオルは隣に視線を向けた。
彼は真っ直ぐに、小五郎と通武の方を見据えている。
「…するよ。お陰で余計な手間が省けた。お前が変態でよかったよ。」
少し疲れたような顔をして、カオルは少しズレ下がっていた眼鏡をあげ、山縣に習い、姿勢を正して小五郎を見据えた。
「…俺はどっちかって言うと、まどろっこしい質だ。でもせっかくの機会だから率直に言わせてもらいます。…先ごろから伊藤俊輔と全く連絡がとれなくなりました。電話も通じない、メールも帰ってこない。 」
何かスイッチが入ったように冷静になったカオルを前に、小五郎と通武の表情が僅かにその色を変えた。
「音信不通になったのはだいたい一週間前。GWが始まってからかな。俊輔とは連休中に外で会う約束をしてたんだけど、あいつ、そこにも来ないし…それが心配で帰ってきた。2人はずっと寮に残ってたんだよな?」
「…」
「なんで、そんなことになってんのかな、って。」
カオルの言葉を黙って聞いていた小五郎の横で、通武が眉を顰める。
何かを言いたげな表情をする通武が口を開く前に、小五郎が先行した。
「先に聞きたいことがある。」
「どうぞ。」
「あの野郎と連絡がつかない要因に、少しでもてめぇらが関係してねぇって証拠はあるか?」
小五郎の言葉に通武がぎょっとした顔をした。
「おい、それはどういう…」
「答えろ…てめぇら、どこまで知ってんだ。」