余命半年
慎重に後ろを振り返り、小五郎が近付いて来ないかいちいち確認しながら、俊輔は洗面台の横に置いてある洗濯籠に手を伸ばした。
大きな洗濯籠の中には少量の洗濯物しか入っておらず、俊輔は思わず安堵の息を吐く。
良かった、すぐに終わりそうだ、と息を付いて、洗面台の横に貼ってある「家事役割分担表」に目を通す。
その偏った役割分担表を見て、俊輔は思わず苦々しい表情になってしまった。
この松下学園は基本は全寮制で、一部の特殊な生徒を除き、殆どの生徒がこの巨大な寮内で生活をしている。
そしてこの寮では、自分の身の回りの事は自分で行う、というのは勿論の事、各部屋ごとに「家事を分担する」という決まり事がある。
それは一般の生活に欠かせない「掃除」、「洗濯」、「炊事」の三種類の事で、この仕事を同室の四人でローテンションをしながら分担し、協調性を高める目的があるのだという。
まず「掃除」に当たった日は自分の部屋の掃除は勿論の事、早朝に寮全体の清掃活動に参加しなければならない。
まだ世が明け切らない五時。寮外組と中庭組の二組に別れる庭掃除に始まり、大浴場、大食堂、各階廊下など数グループに分かれ清掃等を一時間程掛けてした後、各々の部屋のゴミを曜日別で、収集所に持っていかなければならないのである。
そして「炊事」に当たった日は六時から大食堂で寮生の朝食の準備をする。
指導員のおばちゃん達の意向に従って、素材を切る者、炒める者、皿を並べる者、洗う者など、学科関係なしに当番が振り分けられ、炊事当番の生徒は毎朝、総勢500人近い朝食を用意する。
そして夕食も然り。
当番の生徒は夕方六時までに帰宅し、準備をする事が義務付けられている。
因みに土日は大食堂はお休みなので、自室で自炊をしなければならない。部屋に簡単な台所が付いているのはこのためである。
最後に「洗濯」。
これに関しては特に時間の指定などは無いが、朝にやってしまう生徒が大半である。
勿論日中の太陽に当てて、放課後乾いた衣類を取り込むというパターンが一般的であるが、最近は共同の物干し場に洗濯物を干して学校へ行き、帰ってくるとパンツが無い、という事件が後を絶たないため、夜下着だけを洗濯して乾燥機で乾かしてしまう生徒が多くなっている。
勿論下着だけでは無く、ありとあらゆる衣類が盗難対象であるので(一番多いのがパンツ)夜になってから一気に洗う生徒が多いようだ。
そんなわけで、俊輔の住む1077号室でも例外なく役割分担され、各々がそれぞれの仕事を全うする…はずだったのだが、今俊輔が目にした役割分担票には、殆どの項目に俊輔の名前があったのである。
月曜日。掃…伊藤、炊…伊藤、洗…伊藤。
火曜日。掃…伊藤、炊…伊藤、洗…久坂。
水曜日。掃…伊藤、炊…伊藤、洗…伊藤。
木曜日。掃…和田、炊…伊藤、洗…伊藤。
金曜日。掃…伊藤、炊…伊藤、洗、伊藤。
「おかしいよな」
自分の名前の多さに空ろな目で呟く俊輔だったが、これには海よりも深い事情があるのだ。
同室になる生徒は全員学科が違う。
それはあまり接点の無い他学科の生徒と親しくなる様に、と配慮され去年から施行されたものだったのだが、これがいけなかった。
学校には独自のヒエラルキーが存在する。
勿論、未来の日本を担う若者が全国より選抜されるのだから、それなりに水準の高い生徒が集まるのだが、俊輔の所属する「普通科」というのは別名「能無し科」と揶揄され、言うまでも無く他の学科から蔑みの対象となっていたのである。
それぞれに個性の強い「政経科」、「芸能科」、「スポーツ科」、「医学科」という、ある種「特殊」な分野に秀でた者が集まる学科と違い、「普通」という行き先が明瞭としない、つまらない名前が彼等の癪に障るらしかった。
他に挙げられる理由としては、他の科よりも偏差値が低いからだとか、歴代の困ったちゃん(俗に言う不良の類)の殆どが普通科出身であるだとか、挙げればキリが無いのだが、有る事無い事が吹聴され、「普通科はおちこぼれ」という固定観念がしっかりと根付いてしまっていたのである。
それは例え新入生でも例外では無いらしい。
仕事の分担は同室者同士が自分の部活環境や、授業などを考慮しながら話し合いで決めるものだが、この部屋の場合は話し合いをする事も無く、小五郎が「俺が作っておいた」と差し出した分担表で、俊輔意外の三人が満場一致で同意したのだ。
そして家事が出来ない理由として、
政経科の小五郎は「勉強が忙しいため」
スポーツ科の通武は「部活が忙しいため」
そして最後の一人は…。
そこまで考えた俊輔は背後に人の気配を感じて咄嗟に飛び退いた。
また小五郎に何かされたら堪ったものではない、とやや慌てていたため、飛び退いた瞬間洗面台の角に脛を打ってしまい、涙目で振り返った先には…。
「た、高杉くん…」
何やらカラフルな汚れが付いた大量の洗濯物を両手に抱え、芸能科、高杉 東風 が無言で俊輔の後ろに突っ立っていたのである。
大きな洗濯籠の中には少量の洗濯物しか入っておらず、俊輔は思わず安堵の息を吐く。
良かった、すぐに終わりそうだ、と息を付いて、洗面台の横に貼ってある「家事役割分担表」に目を通す。
その偏った役割分担表を見て、俊輔は思わず苦々しい表情になってしまった。
この松下学園は基本は全寮制で、一部の特殊な生徒を除き、殆どの生徒がこの巨大な寮内で生活をしている。
そしてこの寮では、自分の身の回りの事は自分で行う、というのは勿論の事、各部屋ごとに「家事を分担する」という決まり事がある。
それは一般の生活に欠かせない「掃除」、「洗濯」、「炊事」の三種類の事で、この仕事を同室の四人でローテンションをしながら分担し、協調性を高める目的があるのだという。
まず「掃除」に当たった日は自分の部屋の掃除は勿論の事、早朝に寮全体の清掃活動に参加しなければならない。
まだ世が明け切らない五時。寮外組と中庭組の二組に別れる庭掃除に始まり、大浴場、大食堂、各階廊下など数グループに分かれ清掃等を一時間程掛けてした後、各々の部屋のゴミを曜日別で、収集所に持っていかなければならないのである。
そして「炊事」に当たった日は六時から大食堂で寮生の朝食の準備をする。
指導員のおばちゃん達の意向に従って、素材を切る者、炒める者、皿を並べる者、洗う者など、学科関係なしに当番が振り分けられ、炊事当番の生徒は毎朝、総勢500人近い朝食を用意する。
そして夕食も然り。
当番の生徒は夕方六時までに帰宅し、準備をする事が義務付けられている。
因みに土日は大食堂はお休みなので、自室で自炊をしなければならない。部屋に簡単な台所が付いているのはこのためである。
最後に「洗濯」。
これに関しては特に時間の指定などは無いが、朝にやってしまう生徒が大半である。
勿論日中の太陽に当てて、放課後乾いた衣類を取り込むというパターンが一般的であるが、最近は共同の物干し場に洗濯物を干して学校へ行き、帰ってくるとパンツが無い、という事件が後を絶たないため、夜下着だけを洗濯して乾燥機で乾かしてしまう生徒が多くなっている。
勿論下着だけでは無く、ありとあらゆる衣類が盗難対象であるので(一番多いのがパンツ)夜になってから一気に洗う生徒が多いようだ。
そんなわけで、俊輔の住む1077号室でも例外なく役割分担され、各々がそれぞれの仕事を全うする…はずだったのだが、今俊輔が目にした役割分担票には、殆どの項目に俊輔の名前があったのである。
月曜日。掃…伊藤、炊…伊藤、洗…伊藤。
火曜日。掃…伊藤、炊…伊藤、洗…久坂。
水曜日。掃…伊藤、炊…伊藤、洗…伊藤。
木曜日。掃…和田、炊…伊藤、洗…伊藤。
金曜日。掃…伊藤、炊…伊藤、洗、伊藤。
「おかしいよな」
自分の名前の多さに空ろな目で呟く俊輔だったが、これには海よりも深い事情があるのだ。
同室になる生徒は全員学科が違う。
それはあまり接点の無い他学科の生徒と親しくなる様に、と配慮され去年から施行されたものだったのだが、これがいけなかった。
学校には独自のヒエラルキーが存在する。
勿論、未来の日本を担う若者が全国より選抜されるのだから、それなりに水準の高い生徒が集まるのだが、俊輔の所属する「普通科」というのは別名「能無し科」と揶揄され、言うまでも無く他の学科から蔑みの対象となっていたのである。
それぞれに個性の強い「政経科」、「芸能科」、「スポーツ科」、「医学科」という、ある種「特殊」な分野に秀でた者が集まる学科と違い、「普通」という行き先が明瞭としない、つまらない名前が彼等の癪に障るらしかった。
他に挙げられる理由としては、他の科よりも偏差値が低いからだとか、歴代の困ったちゃん(俗に言う不良の類)の殆どが普通科出身であるだとか、挙げればキリが無いのだが、有る事無い事が吹聴され、「普通科はおちこぼれ」という固定観念がしっかりと根付いてしまっていたのである。
それは例え新入生でも例外では無いらしい。
仕事の分担は同室者同士が自分の部活環境や、授業などを考慮しながら話し合いで決めるものだが、この部屋の場合は話し合いをする事も無く、小五郎が「俺が作っておいた」と差し出した分担表で、俊輔意外の三人が満場一致で同意したのだ。
そして家事が出来ない理由として、
政経科の小五郎は「勉強が忙しいため」
スポーツ科の通武は「部活が忙しいため」
そして最後の一人は…。
そこまで考えた俊輔は背後に人の気配を感じて咄嗟に飛び退いた。
また小五郎に何かされたら堪ったものではない、とやや慌てていたため、飛び退いた瞬間洗面台の角に脛を打ってしまい、涙目で振り返った先には…。
「た、高杉くん…」
何やらカラフルな汚れが付いた大量の洗濯物を両手に抱え、芸能科、