朋友に処するに、相上ぐること勿れ
その風呂場の会話から、通武は俊輔と距離をとるようになった。
「慣れ合いは無用」と言った手前、言葉の責任を果たし、それを再現すべく頑なになっているようだ。
「ほんと、妙なとこでクソ真面目だな、お前。」という俊輔の言葉を聞いてか聞かないでか、朝練に出掛けるため玄関で靴を履いていた通武は、俊輔の言葉を背中で聞き、黙ったままドアをあけた。
それ以来は目をあわせることもなくなった。
あとは大して変わり映えのしない毎日が続くことになる。
俊輔は小五郎に味噌汁をつくっては追い返され、通武に挨拶をしては無視され、東風の自由さに翻弄されながら毎日を過ごした。
同じく、掃除、洗濯、炊事は当たり前のように全てやり、彼の短かった睡眠時間は、度重なる疲労により仕事の効率がはかれなくなり、どんどん短くなっていき、それに呼応するかのように、同室者同士の会話もどんどんと減っていった。
だが、変わらないこともある。
あいかわらずダニエルは俊輔の心配をしていたし、山縣のセクハラは犯罪的だったし、管理人の虎次郎の目は穏やかで優しかった。
逆に変わったこともある。
吉田栄太は、その後何度か俊輔と顔を合せたが、今までと同じで特に親しく話すこともなかった。しかし、俊輔が軽く挨拶をすれば一応冷たい視線を返してくれるようになった。
ダニエルの話によると、「あいつマジで興味がない奴とか嫌いな奴は、視界にすら入れないから安心しろ。」と言われたが、何を安心していいのか俊輔にはさっぱりわからなかった。
そして、主治医、看護師、現地での俊輔の保護者の立ち合いのもと、病気の治療内容が決定した。
玉木医師の丸い目が俊輔を見据え、「がんばろうね」と語りかけたが、やはり「だいじょうぶ」とはいわなかった。
ただ、
小五郎から嫌味と味噌汁を浴びせられても。
通武が土日、部活に俊輔の用意した弁当を持って行かなくなっても。
東風が洗濯中の俊輔を手伝わず、無言でスケッチしていても。
病院で誰も「だいじょうぶ」と言ってくれなくても。
それでも俊輔は笑っていた。
そして小五郎のゴーサインが出ないまま、やがて中庭の桜は散り、二週間が過ぎ、俊輔は四月最後の週末を迎えることになった。
そこで、事件は起こった。
つづく。