朋友に処するに、相上ぐること勿れ








前略



父ちゃん、母ちゃん。



そういったわけで、同室者とは日に日に仲良く…。

…。面白おかしく暮らしています。

まあぶっちゃけ難しい連中です。

連中を懐柔するのは一苦労。
あ、懐柔じゃあ語弊があるかもしれねーけど、まず仲良くなるというよりは手懐ける、という表現の方が正しい気がすんだわ。

寮にはさまざまな人間がいるよ。
変なやつらばっかだ。

ま、そこが面白いんだけどさ。
それぞれに個性がある方が人間らしくておれはいいと思う。

うん、実に人間らしい。

人間らしい…。

…。

あのさ、今度会うとき、もしおれが首輪をして、見知らぬ赤髪の男に鎖で繋がれてワンワン鳴いてても、どうか親子の縁は切らないでね…。

おれ、魂までは売ってないから。
ほんとに、マジで。


ま、とりあえず、今日も人間の最低限の尊厳を守るため、おれは闘いたいと思います。

見守っててくれ…!!








「おい。」

「…。」

声をかけられ、俊輔は反射的に、おぼつかない頭で手元にあるはずのケータイ電話をたぐり寄せるため、うつ伏せになったまま、両腕をパタパタとさせた。
すると頭上から「寝ぼけるな」という声とともに、スパン、といい音を立てて、俊輔の頭に衝撃が走る。
あでっ、と声を漏らした俊輔は、そこでようやく顔をあげた。
そこにはキラリと光る二つのレンズ。

「…めがね…くん…」

「寝ぼけるのも大概にしろ。」

間髪いれずに再びいい音を立てて通武に頭をはたかれた俊輔は、身を捩った。

「なんだよ…お前ね、人の食事と睡眠とオナニーの邪魔はあれだぞ。人間として最低の行為だぞ…つかなにこれ…外まだ暗いよな…まだ朝じゃねーじゃねーか…これは何か。あれか…夜這いか?」

「誰が味噌汁まみれの小汚い男に夜這いなどかけるか。そんなことをするくらいなら潔白を証明するために舌を噛み切って自害した方がマシだ。」

「…たかだか男に夜這いしたと疑いをかけられた程度でそんな壮絶な死に方を選択すんなよ…。つーか味噌汁まみれってなんだよ!!」

「自分の姿をよく見てみるんだな。」

通武の言葉に俊輔はよっこいせ、と身を起こすと、自分の姿を見た。
それから神妙な顔をして深く頷く。

「確かに味噌汁まみれだが、何か文句あっか。」

「おのれ、貴様という奴は…!!」

横柄な態度に、通武が反射的に木刀で斬りかかってきたのを、はしっ、と見事に白刃どりをした俊輔は、ようやく今現在の自分の状況が飲み込めた。
小五郎と危ない約束をした後、彼が自室へ戻ったのをきっかけに、緊張の解けた俊輔は、どうやらそのままリビングの味噌汁の水溜りの中で寝込んでしまったらしい。
それからどれほど経ったのかは知れないが、床の味噌汁が冷たくなっているところを見ると、随分とここで寝込んでしまっていたようだ。

「(なんだこいつ、わざわざ起こしてくれたのか)」

青筋を浮かばせながらギリギリと木刀で迫ってくる通武の顔を間近で見ながら「めずらしく殊勝なことをするじゃねーか」と感心した俊輔は、そこであることに気が付いた。

「…ときになぜ久坂くんまで味噌汁まみれになってんだ?」

そう。通武の白いシャツになぜか茶色い染みに、べっとりとワカメとネギが張り付いていたのだ。それを聞いた通武が「貴様よくもぬけぬけと!!」と声を荒げて激昂した。

「全て貴様のせいではないか!!」

「なんでだよ!!おれは穏やかに睡眠を貪っていただけだ!!」

「貴様がそんな所で寝ているからつっかえたのではないか!!」

「ほーなるほど。おれにつっかえて味噌汁池にダイブしたんだね。そいつは悪い事をした。ざまあみろ!!」

「なんだと!?もう一遍言ってみろ!!」

「ヤクザに犯されそうになっている可哀想なおれを見捨てるから天罰が下ったんだ!!」

言いながら俊輔が両手で自分の顔を挟んで下に伸ばした状態で再び「ざまあみろ~」と言うと、俊輔の化け物のような変顔にひくひくと顔を引きつらせていた通武は、ゆら、と立ち上がると木刀を構えた。

「なんだよ!!やる気か!!」

戦闘態勢に入った通武を前に、俊輔も咄嗟に臨戦態勢をとるが、通武はしばらくどす黒いオーラをしとどに発していたが、やがて木刀を下ろすと、どっかりとあぐらをかいてその場に座り込んだ。

「…。」

その態度の俊輔が身構えたままきょとんとした顔をすると、通武はぼそぼそと何かを口にした。

「…それは…少し反省している。」

「お?」

「いかに貴様が超のつくほどのド変態だとしても…」

「おい」

「確かに合意の上でなければそれなりに辛かろう…。特に、相手が暴力団関係者なら、それこそ暴力にものを言わせて…強要させるということも考えられる。」

暴力にものを言わすのは、おめーも大して変わんねーけどな、という台詞を飲み込んで俊輔は通武の言葉を聞いた。

「それを俺は自分の保身のために貴様を見捨ててしまった…。そう思ったらいつまでも寝付けなんだ。」

「…。」

「すまなかった。」

ずぶぬれの床を見据えたまま、通武が小さくうなだれる。
本当に殊勝なことをする、と思いながらも、俊輔は彼がこの夜中に部屋から出た理由を知った。
この男は、自分の身を案じて、わざわざ様子を見に来てくれたのではないか。
その結果、不運にも腹這いになって寝ていた自分にけつまづいて転倒し、味噌汁まみれになる羽目となったが、それでもこうして起こしてくれた。
大体、小五郎との騒動は俊輔が自ら引き起こしたことで、通武は関係ないはずである。
それを棚にあげて「見捨てた」だの「助けてくれなかった」というのはいささか勝手ではなかったろうか。
そんな勝手な俊輔の言い分に通武が責任を感じていたのかと思うと、俊輔は恥ずかしくて顔をあげられなかった。それから頬をぽりぽりとかくと小さな声で「おれも、すまん」と呟いた。
それから気まずい沈黙が続いたが、しばらくして、それを破るように俊輔が口を開いた。

「…風呂いくか」

「…」

通武が顔を上げると、へらっと笑った俊輔の顔。
それに、通武は相変わらず無愛想なままで「いたしかたない。」と小さく零す。

「そう言うなよ。風呂上がりにコーヒー牛乳奢ってやるから。」

珍しく通武に対し上機嫌な俊輔が優しい言いかたをすると、通武は自分のシャツからワカメを取りながら表情を変えないまま「…フルーツ牛乳にしろ」と零し、それに俊輔が声をあげて笑った。



「…時に。」

「あんだよ。」

「貴様の横で倒れている黒い物体はなんだ。」

え、と俊輔が後を振り返ると、大きな黒い物体がやはり味噌汁の池の中にうつ伏せになって身体を沈めていた。
かろうじて二本の白い腕がのび、片方の手にお椀を掴んでいる様から、それが同室である高杉東風であることが知れたが、一体なぜ俊輔と同じくリビングに、しかも味噌汁の水溜りの中で倒れているのか。
それを俊輔はもちろん、通武も知るわけがない。

「…どうする。」

「…。とりあえずこいつも風呂につれていくか…。」


頷いた俊輔が出した答えは、もっともな意見だった。
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