朋友に処するに、相上ぐること勿れ
「見りゃわかんだろ。」
「全くもってわからん。」
「だから聞いてんだろ。」
上から俊輔、通武、小五郎である。
通武の登場に小五郎は驚いた様子もみせず、俊輔の頭を押さえたまま呆れたように呟いた。
小五郎のもっともな発言に、俊輔はぐっ、と言葉を詰まらせたが、どうにかこの状況から脱したい一心で、望みを通武に託すことを決めた。
「な、なら言おう!!おれは今極悪非道のルームメイトから過剰な虐待を受けている!!人としての権利をものすごく侵害されているのだ!!」
「…」
味噌汁の水溜りに顔半分を埋めながら小五郎の行為を糾弾する俊輔を、眼鏡の奥の切れ長な瞳で見た通武が何か言いたげに眉を寄せた。が、「んなわけねぇだろ」と小五郎が口を挟む。
「同意の上のプレイだよ。こいつが味噌汁を持ってオレに懇願してきたんだ。こういう味噌汁まみれになるプレイがしたいですって。」
「言ってませんよねぇえええ!!!??」
「誰が最初っからこんなハードプレイを希望するもんか!!初めて童貞相手ならソフトタッチ、ノーマル営業が基本じゃねぇの!?レベル高すぎるわ!!」と腕と足を軟体動物のように縦横無尽にバタつかせる俊輔を見下ろして、小五郎は舌なめずりをすると、通武に視線を向けた。
「なんなら混ざるか?久坂。」
「こ、断る!!」
数日前の乱交事件の際、あわやというところで餌食になりかけたのを思い出した通武は、一も二も無く青ざめた顔で小五郎の誘いをバッサリと切り捨てた。
あの事件は俊輔だけではなく通武にとっても、できれば思い出さずに生きていきたい暗黒の過去となりつつあった。
そんな様子の通武を見た小五郎がニヤニヤと笑っているのを下から見た俊輔は小さく「悪魔め」と呟いたが、果たしてそれが本人に聞こえたかどうかは定かではない。
通武はもはや相手にするまでもないと判断したのか小五郎と俊輔の横を通り過ぎ、自分の部屋のドアを開けた。その背中に俊輔が「待てよおおお!!!」と情けない声を出す。
「見捨てんのか薄情者ぉおお!!それでも勧善懲悪シリーズの時代劇マニアか!!水戸黄門が泣くぞ!!」
「貴様は一生変態プレイに勤しんでいろ。俺は寝る。」
「なんて奴だ!!今まさに強姦に会おうとしている同室者を前にして、よくもそんな冷たい態度が取れるな!!久坂くんのバカ!!おれが味噌汁プレイで和田くんに犯されて無念ってことになったら、真っ先にお前のところに化けて出てやるからなぁああ!!」
俊輔の断末魔もむなしく、通武はこちらを振り返りもせず、部屋の中に入り、大きな音を立ててドアを閉めてしまった。
「…あっさり見捨てられちまったなぁ。」
「くそぉ~!!どいつもこいつも思わせぶりな登場をするばっかりでちっとも役に立たねぇ…!!」
うつ伏せのまま、味噌汁の水溜りの拳をついて悔しさにぶるぶると震える俊輔を見ながら、小五郎は、彼のハーフパンツからのぞく生足に先程のドアの攻防戦でついた紫色の跡を指でなぞりながら「てめぇに興味がねぇんだろ」と呟いた。
「別に珍しくねぇよ。同室だっつっても個人に部屋がありゃ意味ねぇ。」
「あ、あの、足、足の触り方が、え、エロい気がするんですが…。」
「久坂にしろ高杉にしろ、ここを誰かと共有しているなんて考えてもいねぇんだろ。自分の生活が乱れなきゃそれでいい。だからお前一人に家事を押し付けてもなんとも思わねぇ。最近の人間関係は希薄だって言うじゃねぇか。」
そう言って、小五郎は唐突に俊輔の太股に爪を立てた。
「いっ!!!」
「かくいうオレも、干渉されるのはあんまり好きじゃねぇんだけど?」
驚いて身体をよじりながら俊輔が小五郎を見上げると、彼の双眸はいかにも嬉しそうに細められ俊輔を捉え、形のいい唇から、彼の髪の毛よりも赤い舌がチラ、と見え隠れした。
その壮絶な色気に当てられた俊輔は、味噌汁プレイも悪くないかもしれないと、本能的に思ったが、さらに深く爪を立てられ、俊輔は痛みにハッと我に返る。
小五郎の言わんとすることが分かった俊輔は、眉を潜めながら「それは、つまり」と口を開らいた。
「和田くんは自分の生活に、介入されたく、ない。」
「そう。」
「それは、えーと…際限なく味噌汁毎日持って来て、オレの生活を乱すんじゃねぇよ、タコ!!ってこと?」
「よくできました。」
太股から手を離した小五郎は、その手で、俊輔の頭を優しく撫でた。
「いい加減毎日クソまずい味噌汁を飲まされたんじゃ、ムカついてマジで切り離すかもしれねぇなぁ。」
ココ、と低く呟いて、小五郎は変色したみみずばれと、爪あとの残る俊輔の太股をゾッとするほどねっとりと撫で上げた。
それに、今度は全身の血の気が引く思いで、俊輔は涙目で「ひぃいいいい」と情けない声を出して青ざめた。
キレて拳銃をぶっ放す男だ。足の一本や二本切られてもおかしくはない。
俊輔が生まれたての小鹿のようにプルプルと震えだすと、小五郎は何か思案するように目を細めた。
「まぁいきなり止めるっつーのもつまんねぇから、猶予をくれてやる。」
ニヤと意地の悪い笑みを携えた男を前にして、俊輔は当然なにも答えられないまま、身をよじった不自然な体制のまま微動だにすることもできず、彼の言葉をただひたすら待つしかなかった。
「そうだな…4月の終りまででどうだ?」
しがつ、と俊輔が繰り返すと、小五郎は「そう」と頷いた。
「4月の終りまでにてめぇが旨い味噌汁を作れるようになれば、てめぇの勝ち。逆に駄目なら…」
「だ、駄目なら…?」
ごく、と俊輔が喉を鳴らすと、小五郎は倒れている俊輔に覆いかぶさりながら、目の前の少年の耳に息を吹き込むようにして、低い声で甘く囁いた。
「奴隷になれ。」
その際、「今までも奴隷みたいなもんなんですけど」と俊輔が反論できないのは仕方ないことだった。
そして不謹慎にも、耳元に吹き込まれた囁きに、今ならめちゃくちゃにされてもいい、と俊輔がトリップしたのは、どうしようもないことだった。