朋友に処するに、相上ぐること勿れ
保健室を後にした二人は他愛ない事を話しながら教室に戻った。
俊輔が目覚めたとき、保健室にはダニエルしかいなかったのだが、数分前までは栄太も保健医もいたらしい。
だが、栄太の症状が思わしくなく、保健医が彼を大学病院へ連れて行ったという話をダニエルから聞かされた俊輔は「あ、そうなの」と呟いた。
「栄太が強姦されそうになってたのを助けたそうじゃねーか。サンキューな。」
「いやいや。つーか病院行きか…。気丈にもおれの前ではずっと女王様のターンだったんだけど、やっぱかなり具合が悪かったんだなぁ…。」
栄太の肌がすこし青みがかって見えたのはどうやら見間違いでは無かったようだ。だが、俊輔に対し女王様を発動させていたあの吉田栄太を言いくるめて病院まで連れてゆける保健医はよほどのやり手のようだ。
「そういえば保健医がどんな奴か見れなったな…。サダコだっけ?ジャパニーズホラーファンには堪らんネーミングだな。」
「ま、そのうち見る機会もあるだろ。あー…でも…。」
言いかけて、ダニエルが何やら考えるように明後日の方向を見た。それを横目で見た俊輔が細い目をもっと細めると、ダニエルは「俺の勘違いかもしれねーけど」と前置きをした。
「サダコは、お前のこと知ってる風だったなあ…。」
呟いたダニエルに俊輔は「ふーん」と返答すると、寝ぐせだらけの頭をボリボリとかいて「怨霊に知り合いはいねぇ」と大きなあくびを零したのだった。
「まあ、そういった一日で、これも何かのご縁だし、吉田くんを酒の肴に味噌汁でも一杯やりませんかっ!」
グッと親指を立てて、俊輔がウインクをしながら鍋を小五郎の前に差し出したのは、保健室を出てから数時間後のことである。
夕飯のあと、もはや日課になりつつある自室での味噌汁作りを行った俊輔が小五郎の部屋を訊ねると、彼は心底胡散臭そうな顔をして俊輔と鍋を交互に見て、次の瞬間には無表情でドアを閉めたのだ。
「させるかあ!!」
叫んだ俊輔が自らの足をストッパーにしてドアの隙間にねじ込み、「も~和田くんのい・け・ずぅ」と鼻声でせいいっぱい可愛らしい声を出すと、それに気分を害した小五郎が渾身の力でドアをひき、俊輔の足はさらに強く挟まれる羽目となった。
「ぎゃああああああいでででででで!!!千切れる千切れる!!タンマタンマ!!」
「おもしれぇ、千切れてみろよ。」
「トカゲの尻尾みてぇな軽いノリで言うなああああ!!!」
痛がって涙目で訴える俊輔に、小五郎が扉の隙間からなんとも嬉しそうに笑う。
それを目撃した俊輔が心の中で「ドS!!ドS100%!!!」と激痛に耐えながら悪態をついていると、フッと暗い影が俊輔にかかった。
それに気が付いた俊輔が顔を上げると、そこには全身黒ずくめのルームメイトの姿があった。
「た、高杉くん…!!」
「助けに来てくれたんだな!!なんて心温かなアーティスト!!ひゃっほー!!」と俊輔が東風に賛辞を送ると、東風は無言でぬっと手を伸ばし、なぜか俊輔の持っている鍋のふたをおもむろに開けると、どこからともなくお椀とお玉を取り出して一杯掬い、何事もなかったように蓋を閉めると、お椀を持って自室へ戻って行ってしまったのだ。
「フリーダムにもほどがあるだろ高杉ぃいいいいいいい!!!!!」
東風はそれきり部屋から出てくることはなく、俊輔はやはり足を挟まれたまま放置されてしまったのは言うまでもない。
それから数分の格闘の末、ようやくドアから開放された時には、挟まれた太ももに紫色のみみず腫れがくっきりと出来ていたが小五郎から謝罪はもちろん有るはずもなく、通例通り渡された味噌汁を俊輔にぶっかけることも忘れなかった。
「お前さ、本当はドMなんじゃねぇの」
髪の毛から滴る味噌汁を煩わしげに拭ったいた俊輔はふいにそう言われ、顔を上げた。そこには意地の悪い顔をした小五郎の顔。
「毎回毎回ぶっかけられるのを分かってて味噌汁持ってくんのは、本当はかけられたいからか?そういう特殊なプレイが好みかよ、ド変態。」
変態はおめーだろーがドS野郎、と俊輔が思い切り不服そうな顔をしてみせれば、小五郎は空になったお椀を笑顔のまま放った。
木製のお椀はガッ、と音を立てて俊輔のこめかみに命中し、その反動で俊輔がよろけると、手に持っていた鍋の中身が波打ち、大量の味噌汁がこぼれ落ち、床に水溜りを作る。
「あーあ、もったいねぇ。ほら飲めよ。」
「あでっ」
ぐいっ、と頭を押さえつけられたかと思うと、俊輔はあっという間に床に倒された。その衝撃により鍋に残った味噌汁も床にぶちまけられ、その中に顔を沈められ、俊輔はぎょっとした。
「自分で作ったんだもんなぁ。ほら、ちゃんと舐めとれよ。」
「お言葉ですがそういったサービスプレイは当店では行っておりませんがぁああああ!!!」
「黙れ。」
頭を床に押し付けられ、俊輔は「ぶぶぶぶっ」と無様な音を出しながら身体をよじり、なんとか脱出を試みようとしたが、ガッチリと固定された手はびくともしない。
やばい、味噌汁の水溜りで溺死する…!!と俊輔がいよいよ切羽詰まって暴れると、いやに冷静な声がリビングに響いた。
「…何をしている。」
「…!!」
俊輔がなんとか声に方へ視線だけ向けると、そこには入浴グッズを一式抱え、汚いものを見るような眼でこちらを眺めている、湯上りでホカホカの通武が玄関先に立っていた。