余命半年
「ほんと、うるせーの駄目なんだわオレ。次はねぇからな、お前ら。」
マジで、とドスを利かせた声で念を押す小五郎に、玄関先で転がされた状態のままの俊輔は「どうもすんません」と消え入る様な声で謝罪した。
先程放られた際に顔面から床にぶつかった俊輔は「痛ぇんだよくそヤクザ!!」と、文句の一つでも言ってやりたかった。
しかし、久坂通武と同様、四人部屋の同室者と決まった昨日の事。
部屋に運び込まれる彼の荷物から、映画で見るような黒光りした拳銃が重い音を立てて床に滑り落ちたのをうっかり目撃したのを思い出して、俊輔は喉まででかかった言葉をごっくんと綺麗に飲み込んだ。
そして何気なく隣を見ると、同じく玄関に転がされたはずの通武がいつの間にか立ち上がり、丸めた雑誌で肩をトントンと叩きながら奥の共同スペースに戻る小五郎に声を掛けていた。
「おい、暴力団の。」
「久坂くん?もっとこう、オブラートに包む言い方を考えた方が良いと思うんだけどな、おれ。」
間違ってはいないが、ストレートな通武の言葉に、床に転がされたままの不恰好な姿で俊輔が親切心から小さな声で提言したが、通武は全く耳を貸さなかった。
「まるっと無視かい。」と言う俊輔の呟きを通武が再び無視した後、狭い共同のリビングにはおよそ似つかわしくない黒皮張りのソファから覗いていた赤い頭がダルそうな顔だけこちらを向いた。
それを見た通武は、木刀を俊輔に向け、怪訝な顔をした。
「これはこの部屋の奴か?」
ビシ、と木刀で指されて、俊輔は「モノ扱いすんなっ!」と唾を飛ばしたが、小五郎は興味無さ気にボリボリと頭を掻くと「知らねぇわ。」と零して顔を戻した。
「ここに帰って来たってことは、ここの奴なんじゃねぇの。」
大体そんなつまんねぇ顔いちいち覚えてられっかよ、と言った小五郎に通武は「確かに。」と頷いた。
それで納得すんのね、と俊輔は遠い目をしたが、やがてハッと思い出した様に、転げていた姿勢のままで、上着のポケットからチャリ、と音を立てて、可愛らしいキーホルダーの付いた鍵を通武に見せた。
「なんだ。」
「この部屋の鍵。おれがこの部屋の住人だって証拠だよ。」
「確認してみろ」とその鍵を押し付けると、通武は渋い顔をして玄関のドアを開けて再び外へ出た。
外からカチャカチャと音がしたかと思うと、内側の鍵がクルリと回り「カチ」と綺麗な音を立てて鍵が閉まる。
それを俊輔が黙って眺めていると、間もなく鍵が反対に回り、神妙な顔をした通武がドアを開けて入ってきたので、俊輔は皮肉たっぷりに「おかえりなさい」と言ってやった。
すると通武は気まずそうに俊輔に鍵を返すと、明らかに目線を逸らして「まぁ、間違いは誰にでもある。」と呟くと廊下に投げ出されていた荷物を肩にかけ、何事もなかった様にリビングの奥にある自分の部屋に入っていったのである。
「謝んねぇのかよ!!」
パタン、と奥の扉が閉まったのを確認してから悪態をついた俊輔は「あいつムカつくな~」と零しながら、靴を脱いで、小五郎の居る共同のリビングへと向かった。
本当ならば部屋の「当番」の仕事をしなければならないのだが、先にやることがあったのだ。
黒いソファを通り越して、古びたダイニングの流しに立つと、上着のポケットからクシャクシャになった白い袋を引っ張り出し、その中から小分けのビニールを一袋取り出す。
取り敢えず本格的な治療を決める前に朝昼晩飲みなさい、と言われた薬を見て、俊輔は、うぇ、と舌を出した。
「粉じゃん」
粉は喉に張り付いて嫌だ、と顔を顰めたが、飲まないわけにもいかないので、観念してコップに水を入れ、口へ流し込むと、少々戸惑いがちに粉状の薬を口に入れて、一気に飲み込もうと口を閉じた、その時だった。
「おい」
「ぶっ!!!」
唐突に背後から声を掛けられて、驚いた俊輔は飲み込もうとした薬が気管に入り、激しく咳き込むと、慌てて流しに身を屈め、口に含んだ薬を流しに全て吐き出してしまった。
むせた際に水が鼻腔にも入ってしまったらしく、暫くして咳は収まったが、プールで鼻に水が入った時のように、ツーンと鼻の奥が痛んで、俊輔は顔を顰めた。
「うえ、キタネ。何やってんだよ、お前。」
その言葉にハッとした俊輔は、濡れた口元を袖で拭いながら後ろを振り返ると、そこにはソファに座っていた筈の小五郎が立っていた。
上背があるので見上げる形になるのが癪だったが、その顔には何故か嬉しそうにうっすらと笑みを浮かべていて、男の俊輔から見ても無茶苦茶に男前だった。
肌蹴られたシャツから除く胸元から溢れかえるフェロモンに、こいつになら抱かれても良い、という考えが頭を過ぎったが、すぐに撤回をした。
本当は悪態をつきたいところなのだが、拳銃が、と自分に言い聞かせた俊輔は引きつった顔で「な、なにか」と、ややどもりながら聞くと、小五郎は「邪魔」と言って、流し台に立っていた俊輔の頭を掴み上げて、先程と同様にぽいっとリビングの方に放ったのである。
「ぶっ!!!」
そしてまた顔から床にぶつかった俊輔が顔を上げると、小五郎が流しの奥にある冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出したのを見て、遠い目で「未成年…」と呟いたが、三度頭に過ぎった黒光りするリボルバーの前に、しっかりと口を閉じたまま、俊輔は立ち上がるべく上体を起こそうと顔を上げると、缶ビールに口を付けながら戻ってきた小五郎に頭を踏んづけられ、再び床へ沈んだ。
「ぷぎゃ!!」
「なんだ、絨毯かと思った。」
そう言った小五郎の声がやけに楽しげで、俊輔がジンジンと痛む額を抑えながら再度顔を上げると、ソファに悠々と座った小五郎がニヤニヤとしながら俊輔を見下ろしているのが見え、俊輔はようやく思い出した。
昨日の顔合わせの際、簡単な自己紹介をした時の小五郎の言葉が脳裏に蘇ったのである。
『政経科の和田小五郎だ。親父は五代目和田組の組長をやっている。趣味はまぁ色々。因みに自他共に認めるドSだ。宜しくな。』
回想の中で爽やかな顔で笑う小五郎に、ギャグだと思っていた俊輔は乾いた笑みを零した。
これはいつか彼の機嫌を損なわなくても再び拳銃を見る日は近いのではないかと、俊輔は再び遠い目をしてしまった。
そして、雑誌に目を向けた小五郎の視界からそっと外れる様に、腹ばいのままソファの影に移動した。
そして完全に小五郎の視界から逃れた俊輔は素早く立ち上り、再び流しへと向かうと薬と今度は躊躇わずに一気に流し込み、薬の袋を上着のポケットに押し込むと、リビングを警戒しながら蟹歩きで洗面台へと向かったのだった。
マジで、とドスを利かせた声で念を押す小五郎に、玄関先で転がされた状態のままの俊輔は「どうもすんません」と消え入る様な声で謝罪した。
先程放られた際に顔面から床にぶつかった俊輔は「痛ぇんだよくそヤクザ!!」と、文句の一つでも言ってやりたかった。
しかし、久坂通武と同様、四人部屋の同室者と決まった昨日の事。
部屋に運び込まれる彼の荷物から、映画で見るような黒光りした拳銃が重い音を立てて床に滑り落ちたのをうっかり目撃したのを思い出して、俊輔は喉まででかかった言葉をごっくんと綺麗に飲み込んだ。
そして何気なく隣を見ると、同じく玄関に転がされたはずの通武がいつの間にか立ち上がり、丸めた雑誌で肩をトントンと叩きながら奥の共同スペースに戻る小五郎に声を掛けていた。
「おい、暴力団の。」
「久坂くん?もっとこう、オブラートに包む言い方を考えた方が良いと思うんだけどな、おれ。」
間違ってはいないが、ストレートな通武の言葉に、床に転がされたままの不恰好な姿で俊輔が親切心から小さな声で提言したが、通武は全く耳を貸さなかった。
「まるっと無視かい。」と言う俊輔の呟きを通武が再び無視した後、狭い共同のリビングにはおよそ似つかわしくない黒皮張りのソファから覗いていた赤い頭がダルそうな顔だけこちらを向いた。
それを見た通武は、木刀を俊輔に向け、怪訝な顔をした。
「これはこの部屋の奴か?」
ビシ、と木刀で指されて、俊輔は「モノ扱いすんなっ!」と唾を飛ばしたが、小五郎は興味無さ気にボリボリと頭を掻くと「知らねぇわ。」と零して顔を戻した。
「ここに帰って来たってことは、ここの奴なんじゃねぇの。」
大体そんなつまんねぇ顔いちいち覚えてられっかよ、と言った小五郎に通武は「確かに。」と頷いた。
それで納得すんのね、と俊輔は遠い目をしたが、やがてハッと思い出した様に、転げていた姿勢のままで、上着のポケットからチャリ、と音を立てて、可愛らしいキーホルダーの付いた鍵を通武に見せた。
「なんだ。」
「この部屋の鍵。おれがこの部屋の住人だって証拠だよ。」
「確認してみろ」とその鍵を押し付けると、通武は渋い顔をして玄関のドアを開けて再び外へ出た。
外からカチャカチャと音がしたかと思うと、内側の鍵がクルリと回り「カチ」と綺麗な音を立てて鍵が閉まる。
それを俊輔が黙って眺めていると、間もなく鍵が反対に回り、神妙な顔をした通武がドアを開けて入ってきたので、俊輔は皮肉たっぷりに「おかえりなさい」と言ってやった。
すると通武は気まずそうに俊輔に鍵を返すと、明らかに目線を逸らして「まぁ、間違いは誰にでもある。」と呟くと廊下に投げ出されていた荷物を肩にかけ、何事もなかった様にリビングの奥にある自分の部屋に入っていったのである。
「謝んねぇのかよ!!」
パタン、と奥の扉が閉まったのを確認してから悪態をついた俊輔は「あいつムカつくな~」と零しながら、靴を脱いで、小五郎の居る共同のリビングへと向かった。
本当ならば部屋の「当番」の仕事をしなければならないのだが、先にやることがあったのだ。
黒いソファを通り越して、古びたダイニングの流しに立つと、上着のポケットからクシャクシャになった白い袋を引っ張り出し、その中から小分けのビニールを一袋取り出す。
取り敢えず本格的な治療を決める前に朝昼晩飲みなさい、と言われた薬を見て、俊輔は、うぇ、と舌を出した。
「粉じゃん」
粉は喉に張り付いて嫌だ、と顔を顰めたが、飲まないわけにもいかないので、観念してコップに水を入れ、口へ流し込むと、少々戸惑いがちに粉状の薬を口に入れて、一気に飲み込もうと口を閉じた、その時だった。
「おい」
「ぶっ!!!」
唐突に背後から声を掛けられて、驚いた俊輔は飲み込もうとした薬が気管に入り、激しく咳き込むと、慌てて流しに身を屈め、口に含んだ薬を流しに全て吐き出してしまった。
むせた際に水が鼻腔にも入ってしまったらしく、暫くして咳は収まったが、プールで鼻に水が入った時のように、ツーンと鼻の奥が痛んで、俊輔は顔を顰めた。
「うえ、キタネ。何やってんだよ、お前。」
その言葉にハッとした俊輔は、濡れた口元を袖で拭いながら後ろを振り返ると、そこにはソファに座っていた筈の小五郎が立っていた。
上背があるので見上げる形になるのが癪だったが、その顔には何故か嬉しそうにうっすらと笑みを浮かべていて、男の俊輔から見ても無茶苦茶に男前だった。
肌蹴られたシャツから除く胸元から溢れかえるフェロモンに、こいつになら抱かれても良い、という考えが頭を過ぎったが、すぐに撤回をした。
本当は悪態をつきたいところなのだが、拳銃が、と自分に言い聞かせた俊輔は引きつった顔で「な、なにか」と、ややどもりながら聞くと、小五郎は「邪魔」と言って、流し台に立っていた俊輔の頭を掴み上げて、先程と同様にぽいっとリビングの方に放ったのである。
「ぶっ!!!」
そしてまた顔から床にぶつかった俊輔が顔を上げると、小五郎が流しの奥にある冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出したのを見て、遠い目で「未成年…」と呟いたが、三度頭に過ぎった黒光りするリボルバーの前に、しっかりと口を閉じたまま、俊輔は立ち上がるべく上体を起こそうと顔を上げると、缶ビールに口を付けながら戻ってきた小五郎に頭を踏んづけられ、再び床へ沈んだ。
「ぷぎゃ!!」
「なんだ、絨毯かと思った。」
そう言った小五郎の声がやけに楽しげで、俊輔がジンジンと痛む額を抑えながら再度顔を上げると、ソファに悠々と座った小五郎がニヤニヤとしながら俊輔を見下ろしているのが見え、俊輔はようやく思い出した。
昨日の顔合わせの際、簡単な自己紹介をした時の小五郎の言葉が脳裏に蘇ったのである。
『政経科の和田小五郎だ。親父は五代目和田組の組長をやっている。趣味はまぁ色々。因みに自他共に認めるドSだ。宜しくな。』
回想の中で爽やかな顔で笑う小五郎に、ギャグだと思っていた俊輔は乾いた笑みを零した。
これはいつか彼の機嫌を損なわなくても再び拳銃を見る日は近いのではないかと、俊輔は再び遠い目をしてしまった。
そして、雑誌に目を向けた小五郎の視界からそっと外れる様に、腹ばいのままソファの影に移動した。
そして完全に小五郎の視界から逃れた俊輔は素早く立ち上り、再び流しへと向かうと薬と今度は躊躇わずに一気に流し込み、薬の袋を上着のポケットに押し込むと、リビングを警戒しながら蟹歩きで洗面台へと向かったのだった。