朋友に処するに、相上ぐること勿れ


「そうなると、しばらく中には入れねぇわけだ…。しかも保健医不在かよ、全く使えねぇじゃねーか、このやろ~…。」

ブツブツとぼやいていると、中からより大きく「ガタン、ガタン」と長椅子の音が聞こえた。よっぽど激しく絡み合っているらしいが、想像する気にもなれない。

「あーいやだいやだ…。ありえねぇ、騙された。もう寮に帰ろ。マユミちゃんのおっぱいで口直ししよ。そしてダニエルに呪いのメール送ろ。」

そうしよ、と呟いて保健室入りを諦めた俊輔が立ち上がると、今度は先ほどとは比にならないほど大きく「ガタン!!」と凄まじい音が中から響いてきた。

流石におかしいと感じた俊輔は、目を細めてドアを眺めた。このまま立ち去ろうか、という考えがよぎったが、結局保健室のドアに顔を近づけて聞き耳を立ててみる。

すると、中から先ほどと同じくガタン、という音とともに、悲鳴に近いような声で「やめろ!!」という少年の声が聞こえてきたのである。
瞬間、弾かれたように引き戸を開けた俊輔が、保健室の中に転がり込むと、そこには先ほどまで長椅子の上でじゃれているように見えた件の二人が床に転げ落ち、そこで激しい攻防を繰り広げていた。
見れば下になって必死で抵抗をしている少年のシャツの襟もとはボタンが引き千切られており、その魔の手は、今まさに少年のズボンのベルトにまで及ぼうとしていたのである。

「こらこらこらこら!!!」

すかさず俊輔は少年の上に馬乗りになった男の背中目掛けて「すいません!」と詫びながら渾身の蹴りを入れた。

「い゛っ!!」

背中に走った衝撃に、一瞬男が驚いたような顔をした。そこで手足を拘束する力が半減され、男に隙が生じたのを見計らった少年は、下敷きになっていた足を曲げたかと思うと、男の股間めがけて、目いっぱいに蹴りあげたのである。

「いだああああああ!!!!」

ズン、と音が聞こえそうなほど強烈な攻撃に、思わず俊輔も「うわあ」と顔をしかめたが、悠長にしている暇はない。勢いで強姦現場に立ち会ったは良いが、喧嘩慣れしていない俊輔が勝てる見込みは皆無に等しい。卑怯ではあるが、この男が股間の痛みで悶え苦しんでいる間に安全を確保するため、もう一撃不意打ちをするしかない。

「あーもー!おれこういうのほんとに向いてねぇのに!」

「ごめん!」と叫んで、俊輔がもう一発男の顔目掛けて蹴りをお見舞いすると、「ドゴッ」という鈍い音がした。思ったよりも攻撃力のある蹴りを顔面に喰らった男は、声をあげる間もなく、ふらふらと前後に揺れると、つ、と鼻血を垂らし、目を回して前のめりに倒れてしまった。
ぜぇぜぇと息を切らしながら俊輔が倒れた男を見降ろす。

「マジか、これ…。」

自分の蹴りで人が気を失うところを初めて見た俊輔は眼を見開いて驚いた。それこそケンカなんて数えるほどしか経験のない凡人には奇跡的ともいえる光景だ。
本当に気絶しているのか確認するように、俊輔が倒れた男を覗き込もうとすると、正面から「ちょっと、」という、少年特有のりん、とした声が聞こえてきた。

「もう少し早く助けに入れないわけ?」

少年の尊大な言い方に俊輔が呆れ、溜息を吐きながら顔をあげた。

「あのなぁ、合意じゃないなら、合意じゃないって言ってくれねーとわかんねえよ。」

「どうみても合意じゃないでしょ。散々『いやだ』って叫んだつもりなんだけど。」

「いやよいやよも好きのうちって言うだろ…。つーかそれよりもおれは今、自分が勝利を治めたという事実に、友達が童貞じゃなかったときと同じくらい驚いて………って…あれ?」

「…何。」

俊輔は襟元をなおしている少年を見た。
それから、その見覚えのある顔に俊輔はきょとんとして目を丸くする。
美しい天使のような顔立ち。透き通るような白い肌。蜂蜜のような茶色の髪の毛。

それは。

「お前、確か…吉田…?」

ダニエルの同室の1人、政経科の吉田栄太その人であった。

「誰が呼び捨てにして良いって言ったの。」

「…様」

君にしようかとも思ったが、栄太の圧力が俊輔に「様」を付けさせたは言うまでもなかった。
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