朋友に処するに、相上ぐること勿れ
まわりをキョロキョロと窺ってから俊輔がそっと取り出したのは薄く四角いケースに入ったDVD。
ダニエルの怪訝な顔に、俊輔は真面目な顔で答える。
「恐らくこれは裏モノだ。」
「な…!!!」
ダニエルのDVDを見る目が変わった。それから俊輔とDVD を交互に眺めると、その無言の問いかけを察した俊輔が声を低くしてヒソヒソと囁く。
「ゴミ袋の奥の奥にな、隠すように置いてあったんだ。多分裏のコピーだと思う。一緒にタイトルを殴り書きした紙が見つかった。しかもそれ一枚じゃねーぞ、たぶん目測だけでも10はあったと思う。」
「じゅ、10枚?」
ごくりとダニエルの喉がなった。しかし俊輔は静かに頭を振り、真面目な顔でダニエルを見据えた。
「いや、10袋。」
「…」
「…」
「…マジか」
「マジだ。どこのどいつか知らんが、相当のエロキングがこの学校内にいることは確かだな。」
俊輔の真剣な顔を見て、ダニエルはようやく俊輔が何を懸命にゴミ収集所で発掘をし、力尽きたのかを知った。
「お前、10袋のAV選別をして力尽きたのか…!!」
「不本意ながら志し半ばにしてな…。結局より抜いたのはその一本だけだったが、安心しろ、そいつはディスクに傷がついてねぇ…最中に止まるなんてことがねぇように細心の注意を払った…!!詳細は分からんが学園モノであることがメモにより判明した。…お前は軽蔑するかもしれないけど…」
「俊輔…」
「おれ、大好きなんだ…セーラー服…。」
「馬鹿…俺だって好きだよ…!!!ひ、一人で抱え込むなよ!!」
「ダ、ダニエル…!!!お前ってやつは…!!!!見よう…見ようぜ!!観賞会しようぜ!!」
「ああ勿論だ…!!お前の健闘を讃えた祝勝会だ!!眠らせねぇぞ、このやろう~!」
「それはこっちの台詞だぞ☆やった~観賞会だ~!セーラー服だ~!」
「やったな~」
あはは~うふふ~こいつぅ~、というほのぼのとした空気が漂い、観賞会をいつにするか、どんな内容かという話題で、きゃっきゃと女子高生のように盛り上がる中、「眠らせないぞぉ~」という台詞を思い出したダニエルがハッと我に返った。
「じゃなくて!!」
テーブルをバン、と叩いたダニエルに、俊輔が思わず「うおっ」と仰け反る。
仰け反った俊輔との距離を縮めるように、ダニエルがテーブルから身を乗り出して詰め寄ってきた。
「お前、もう何日まともに寝てないんだ。」
「え、えーと…」
「AV数百本を目の前にして眠気に勝てない健全な男子高校生がどこにいるんだよ。気付いてないかもしれねーけど。俊輔、お前すごい顔色だぞ。目の下のクマも尋常じゃない。」
「はぁ」
「はぁ、じゃねーよ。俊輔…お前、AV漁りながら、本当は倒れたんだろ。」
言われて、俊輔は口を尖らせた。
ダニエルの言葉は図星だった。俊輔は眠くていつの間にか意識を失ったというよりも、いきなり視界が真っ白になり、急激に記憶が遮断された、という方が正しかった。
それくらい、俊輔も分かっている。
たぶん、ダニエルが思っている以上に、自分はまずい状況にある。
十分な睡眠を取れていない。実際俊輔のここ一週間の平均の睡眠時間は一日三時間にも満たない。ひどいときは2時間弱のときもある。
「お前午後の授業休め。保健室行け。寝ろ。」
「えー…」
「次は2時間続けて特科の視聴覚だろ。出席確認はカードだ。代筆してやる。大したことしねーよ。どうせまたハリウッドとフランスの戦争映画比較論のドキュメンタリーだ。」
「…。」
「俊輔。同室者をどうにかしたいっていうお前の気持ちも分かるけど、努力することは、無理することは違う。」
だろ、と促したダニエルに、俊輔は「うーん」と渋い顔をして唸る。
が、ダニエルの眼鏡の奥に、真剣な双眸を捉えた俊輔は、クマだらけの目を細めて「わーったよ…」と呟いた。その瞳が今にも泣きそうに見えたからかもしれない。
「保健室でお楽しみ中の奴が居たらどーすんだよ…」
「大丈夫。それはねぇって。」
断言したダニエルを見ながら俊輔が胡乱な顔をする。
すると、ダニエルは「ここの保健医、ちょっとした知り合いなんだ。」とにや、と笑った。
「あ、あと、お前。平日でも味噌汁作り続けてんだって?」
「お、よく知ってんなぁ。そう、夜食にね。一向に不評だけどな…。」
「それもしばらくは休めよ。負担かかるようなことは控えた方がいいんじゃねーか?」
ダニエルの顔を覗いた俊輔は目をきょとんとさせ、眼球をぐるりと回して思案したのち、「あー…」と声を漏らした。
「それは…毎日やるって決めたからなぁ…」
「でも、お前…」
反論しかけたダニエルに、俊輔は真面目な顔で人差し指をスッ、と立てると「ダニエル」と制した。
「毎日やらなきゃそれは意味がねぇんだ。毎日積み重ねてこその成果だろ。それは…努力になるんじゃねーかな。」
「…」
今度はダニエルが不満そうな顔をしたが、反対に俊輔は真面目腐った顔をして席を立つと、ごほん、と仰々しく咳をして、明後日の方向をむくと、おもむろに演説をはじめた。
「なぁダニエル…昔、広島のえらい先生がこんなことを言った。」
「はぁ…」
「継続は、大事ナリ。」
「…力なり、だろ」
コロ助か、というダニエルの間髪入れないツッコミに、俊輔は目を細めたままダニエルを一瞥すると何事も無かったように、ふい、と目を逸らして、再び明後日の方向を見た。
「その先生はな、こうも言った…。…吾輩は、コロッケが食べたいナリ。」
「うそつけ。」
ダニエルの痛烈な批判を浴び、俊輔の演説は幕を閉じた。
それと同時に予鈴のチャイムが高らかになったのだが、二人ともまだ昼食を半分しか食べていないことに気がついたのは、もう予鈴が鳴り終る頃であった。