朋友に処するに、相上ぐること勿れ
「で、ゴミ収集所でゴミ袋に頭をつっこんだまま爆睡してたお前を、翌朝5時に用具を取りに来た清掃係の連中が発見した…と…。」
「うん、そう。」
いつも通りにうなづいた俊輔に、ダニエルは、ハァーと深い溜息をついた。
翌日の昼休み。
混雑した学食内で向き合い、早朝の騒ぎを問いただしたダニエルの言葉に、俊輔は口にカツカレーを一杯につめ込みながら何度も頷いた。
呆れたダニエルが左手に持っていたレンゲを、食べていたカレーうどんの中に思わず取り落としたのを前に、俊輔はまったく気にした様子もなく、ガリガリと頭を掻きながら笑った。
「いやー参ったよね!意識が無くなるってああいうことを言うんだね!」
「ちょっ、俊輔さん、ごはんつぶ豪快に飛んでますけど」
「いやーん、ごめーん、ひょーいぱくっ」
「お前なぁ…」
耳澄ませば「てへっ」という効果音が聞こえてきそうだ。その反面ダニエルはこころ穏やかというわけにはいかなかった。
火曜日。
朝早くにその事件は発覚した。
清掃当番だった山縣が血相を変えて自室に戻ってきたのはダニエルの記憶に新しい。
なにをそんなにを慌てて帰ってきたのかと思いきや、なんとさきほどゴミ収集所で、俊輔が倒れていたというのである。いや、倒れていたというのは語弊があるかもしれない。
倒れているという凡庸な表現よりも、俊輔の状態はずっと奇怪なものであった。
ゴミ収集所内から「ひぇえええ」という情けない悲鳴があがったのは早朝の5時である。
その声を聞きつけた生徒達がどやどやと押しかけると、ホウキを持ったまま腰をぬかし、床に座り込んでいる清掃係が数名と、ゴミ袋の山の中に頭をつっこんだまま、ぴくりとも動かない少年が発見されたのである。
これだけ見れば推理アニメの殺害現場のような光景といえよう。
それを直接目撃した生徒にはかなり強烈だったかもしれない。それだけに、情けない叫び声をあげた清掃係をだれも揶揄することはなかった。
辺りには一瞬緊張が走る。ノリで「犯人はこの中にいる!」とは言えない雰囲気だ。
そこにいたほとんどの寮生が、その喉仏をコクリと上下させた。
しかし。
「あれ…」
「な、なんだよ…」
「なにか、聞こえねぇか?」
「な、なにが」
「なんか、唸り声、みたいな…」
「やめろよお前、なんで今そういうこと言うんだよ!!」
一人の少年の言葉に辺りが騒然となる。
それぞれの脳裏に、この寮内にまつわる「怪談」がよぎった。
学校、及びそれに付属する「寮」というのは過去の歴史を紐解くと、大体そのテの話が少なくとも一つや二つ転がっているのが普通だ。
また、一度そういった話を耳にすれば思春期の多感な少年達の心には、「好奇と恐怖」の狭間の感情はしっかりと刻みつけられてしまうものである。
当然パニックになるのは必至だ。
だが。
「こ、これは…いびきじゃね…?」
少年の顔が突っ込まれているゴミ袋の山から、「ぐうぐう」というなんとも間抜けなイビキが聞こえてきた時、発見者達が揃ってゴミ袋の山に倒れこんだのは無理もない話だった。
が、俊輔をそのままにしておけなかったのだろう。
優しい発見者達は、俊輔の両足を引っ張って救出を図った後、実に親切かつ丁寧に起こしてくれたのである。
こうして、「松下学園寮内ゴミ収集所少年爆睡事件」は解決し、捜査本部も解散。
名探偵の活躍もなく、あっさりと幕を閉じたのだった。
「あの時おれを起こしてくれた人達の生温かい視線が今でも目に焼き付いているぜ…。」
「その後、その恩人達と平然と朝の清掃活動に参加したらしいじゃねーか。」
「そうそう。いちいち部屋に戻るのめんどくせぇじゃん。」
「…。」
「いやーでも風呂には入るべきだったな。しゃがんでゴミ拾ってたら、でかい生ゴミと勘違いされた。」
「…あのなぁ、俊輔。」
カレーうどんの中からカレーまみれになったレンゲを取り出しながら、ダニエルが真面目な顔をして、諌めるような声を出した。
が、ダニエルの言葉を遮って、俊輔はご飯粒のついたスプーンをダニエルの前に突きつけながら「これで終わりだと思うだろ」と逆に詰め寄ってきた。
「ところがこの事件には続きがあるんだ。」
俊輔の言葉に、ダニエルは目の前のスプーンを避けながら首を傾げる。一体どんな続編があるというのだろう。
「まさかお前…久坂通武の手ぬぐいを見つけられなかったんじゃ…」
青ざめたダニエルに、俊輔は「んなわけねぇだろ」と苦い顔をした。
「んな失態を犯してみろ。いまごろ木刀片手に血眼になっておれを捜しかねないぞ、あいつは。奴の手ぬぐいなんぞはものの5分で探し当てたわ。…まぁ和田くんのシャツは仕上がらなくて、おれ、今すっごくドキドキしてんだけどね…。」
「じゃあお前はゴミ袋に頭を突っ込んで爆睡するまで何を捜してたんだ…!」
「これだ。」
「なんだよ、これは。」