余命半年
が、このように通武が俊輔を真の同室者かを疑うのは理由がある。
思い起こせば数日前…。
大食堂でささやかに行われた入寮式の際、「入寮に当たっての諸注意」という項目に説明が移ると、当寮長である三年生から戸締りについて細心の注意を払うようにとのお達しがあった。
その理由と言うのが
『昨今は特に、強姦被害の届けが後を絶たないからである。』
寮長の落ち着いた言葉に、新入生の目が点になったことは言うまでもなかった。
事情を飲み込めない生徒は、一斉に被害にあうはずの「女生徒」を探したが、そこにいたのは下半身に同じものをぶら下げた青臭い野郎連中ばかりで、大半の新入生は頭の上で「?」マークを飛ばしながら、キョトンをした目で寮長を見た。
そんな純朴な一年生に向かって、寮長は容赦無い言葉をかけたのである。
『言葉では分かり難いが、各々で強姦の「姦」の字を全て男に当て嵌めていただければと思う。要するに男が男の尻を掘るという非生産的行による性的暴行だ。個人の恋愛について口出しはしたくないが、無理矢理と言うのは余りにも無粋であるし、それ以前に犯罪行為だ。よって双方の同意を得てから事に及ぶ事を約束して欲しい。』
ここで多くの新入生の喉元が恐怖でヒュッと鳴った。
そんな一年生の反応を他所に、寮長は注意事項を淡々と読み上げる。
『だが、自己の欲望を満たすための一方的な行為を目的としている「いかれた」連中が寮内を跋扈しているのもまた事実だ。諸君らは自らの身の安全は自らで守らなければならない。よって、清く正しい素敵な寮生活を過ごすため、防犯については細心の注意を払うように心掛けて欲しい。そしてもし被害に遭った際は一人で抱え込まず、信頼できる者か、私に相談するように。』
瞬間、衝撃の事実を聞かされた新入生の目は、点から白目に変わることを余儀なくされた。
そして次の注意に入る前に、寮長は大半の生徒が白目の状態のままトリップしているのを気にもせず、「それから」と付け加えた。
『強姦被害に次いで多いのが下着泥棒なので、大浴場、洗濯場を使用する場合は注意すること。質問がある者は手を上げるように。』
新入生の半数が座っていた椅子から転げ落ちたのは無理も無かった。
勿論この事について質問が無かったのは、言及してまで、盗まれた使用済みパンツが辿る末路を誰も聞きたくなかったためだ。
つまり、だ。
「あんたはおれが変態の類だとでも思ってんのか。」
「残念だが否定はできん。」
この久坂通武という男は俊輔のことを変質者の類ではないかと懸念しているのである。
自分が部屋に入ろうとした所を中に連れ込まれ乱暴を働かれないかという、あり得ない懸念を、よりにもよってドドドドノンケの俊輔に抱いているのだ。
その結論に至った俊輔は苦虫を噛み潰した様な顔で通武を見た。
「おれが、このおれが、男のケツを好き好んで追っかけるように見えるか。」
自分で言いながら俊輔は全身に鳥肌が立ったのが分かった。
あんな汚い所に自分の大事な「もの」を入れなければならないと思うと、真性の皆様には大変に失礼だが反吐が出た。
そして誠に勝手ではあるが、本日残り少ない貴重な人生について考えた結果、彼の計画には間違っても「男を襲う」という選択は無かった。
「見えんとは言い切れん。人は見かけによらないと言うだろう。」
通武の眼鏡がギラリと光ると、切れ長の目がまっすぐに鳥肌だらけの俊輔を捕らえた。
そして、彼の手の内にあった長い袋の中から黒光りした木の柄が見えたのである。
「ちょ、それ、木刀じゃねーか!!」
「当たり前だ。俺は剣道部だぞ。」
真剣な顔付きのまま凄まじい速さで通武が木刀を抜いたのを見て、俊輔はげんなりとした。なんだこいつは本気でおれをこの部屋に入れないつもりか、と苛々としながら「くそっ」と悪態をついた。
「あーもー面倒くせぇ!!オッケーわかった!!おれがこの部屋の住人である証拠がある!!この1077号室の手前右側の個室のベットの枕下にはおれが入寮前に駅前のコンビニで買った470円(税込み)のエロ本がある!!巻頭は石井りりなのセーラー特集、”ルーズソックスをやめないで!”今すぐ見て来い!!被害妄想野郎!!」
「その手には乗らん!!ドアを開けた瞬間、中へ押し入るつもりだろう!!この外道!!」
「丸腰相手に木刀構えたお前の方が数倍外道だって気がつけよ!!」
鼻先に木刀を押し付けられた俊輔が怒り心頭で怒鳴ると、通武の形のいい眉が吊り上げられた。
「”凡そ生まれて人たらば、宜しく人の禽獣に異なる所以を知るべし”!!」
「あんだって!!??」
「貴様のような自分の欲望のままに姦淫に耽る輩は、人たる道徳の心は皆無!!刀の錆にしてくれる!!」
「お前、時代劇の見すぎだよ!!」
そう言って振り上げた木刀が俊輔目掛けて振り下ろされようとしたその時だった。
バタン!!と凄まじい音がして1077号室の扉が開いたかと思うと、タバコを銜えた上背のある少年が中から現れ、ちょうど俊輔に切り込もうとした通武と、それを見事に白刃取りをした俊輔の頭を同時にぶん殴った。
「!?」
「!!」
殴られた俊輔と通武は、咄嗟に頭を両手で抱えると、稲妻のように走る激痛に声にならない悲鳴をあげた。
その二人を見下ろした少年は鬼の様な形相で怒鳴り声をあげた。
「うるせぇんだよ!!外でギャアギャア騒いでんじゃねぇぞ糞野郎ども!!!!コンクリ詰めて太平洋に流すぞコラ!!!」
少年の恐ろしくドスの効いた声が廊下中に響き渡り、寮中の一年生の扉という扉が何事かと開いたが、鮮やかな赤い髪を後ろに流した少年(というには少々育ちすぎた恵まれた体格)を見て途端に凍りついた。
俊輔の言う「あの連中」の一人。
素敵な「ヤ」のつく自由業!の跡取り息子。
政経科一年、
ギラギラと鋭い目付きで野性味を帯びた男らしさのあるこの男は、ガリガリと頭を掻きながら「ほら見ろ近所迷惑じゃねぇか」と悪態をついて、彼の渾身の一撃によって意識を失いかけている俊輔と通武の首根っこを掴むとぽい、ぽい、と部屋の中に放り込んだ。
そして開けた時と同じ様にバタン!!と蝶番が外れる程の大きな音を立てて閉めてしまった。
その恐ろしい光景に、廊下を覗き込んでいた一年生は、しばらく扉を開けたまま呆然と、嵐の過ぎ去った暗い廊下を眺めていたのだった。