朋友に処するに、勤めて相下れば

俊輔の朝とも昼ともとれない、所謂ブランチができ上がったのは10時半頃をすこし過ぎた頃だった。
勿論ブランチとは名ばかりで、そんなオシャレな食卓ではなかったが。
昨日のうちに有る程度の下ごしらえはしていたが、手際が悪く、全てが出来上がるまで、一時間近くにもなってしまった。

「やっぱ役割分担ってのは偉大だよなぁ。」

大人数で食事の準備をする厨房を思い描きながら、俊輔はしみじみと頷いた。
ともあれ、一人で作り上げた食事はまぁまぁの出来である。
昨日はオシャレにミネストローネなんぞ作ろうかと意気込んでいたものの、やはり日本人なら朝はご飯と味噌汁か、と急遽メニューを和風のものに変えた。


白米のごはん
いんげんとにんじんの味噌汁
肉と野菜の旨煮
卵焼き。
ほうれん草のおひたし。

一人で作り上げたという達成感から、早く誰か起きてこないだろうかと、俊輔は浮き足たってキッチンとリビングを行ったり来たりする。

だが、先ほど一度顔を見せた小五郎は、未だ起きて来る気配はなく、部屋の前で聞き耳を立ててみたが、中からは何も聞こえず、シンとしている。
それにちぇ、唇を尖らせながら、俊輔は小五郎の向かい側の通武の部屋の扉をこんこんと叩いた。
小五郎の部屋には怖くてノックできなくても、通武の部屋には遠慮なくノックできるあたり、俊輔の中の通武のランクがどの位置にあるかよく分かる。
横暴でバカだが、俊輔にとってマグナムを至近距離で発砲するヤクザよりは幾分もマシだった。
曰く、部活と本業では殺気が違う。バカの木刀は恐るるに足らず。

「おーい。久坂くーん。」

コンコン、とノックをし続けるが、中からは何の反応も返ってこない。
それに眉を潜めた俊輔は、なんだ、無視かこのやろ、と毒づくと頬を風船のように膨らませ、リビングに戻った。

「やろー、折角作ったのに誰一人出て来ねぇってどういうことなんだよ」

くっそーっと呟きながら黒いソファにダイブして、ソファの肘掛に顎を乗せて、そこからじとーとキッチンの方へを見る。
それから、暫くして「あ」と声をあげた俊輔は、何かに気が付いたようにむく、と起き上がり、おもむろに玄関のほうへ赴いた。

それから玄関の靴をまじまじと見てみる。
指定の学生靴が並ぶ玄関で、そこにないのがスポーツ科の運動靴だと分かった。
気が付いた俊輔は、「そっか」と小さく呟くと、頭をポリポリとかく。

「朝練か。」

すっかりと忘れていたが、部活は土日でも当然ある。
力を入れている剣道部なら尚の事。
先ほどは誰もいない部屋に呼びかけていたのかと思うと、妙に恥ずかしくて顔が赤くなる。

「ってことは、あいつ…なんも食わねぇで行ったのか。」

運動部はキツい。とにかくキツい。
剣道部も例外では無いはずだ。いつもあれほど胴着を汗臭くして帰って来るのだから余程厳しい練習を強いられているのだろう。
そんなキツい練習に飯も食わずに行ったのだろうか、と思うと、何やら申し訳無くなってしまう。
朝、自分が寝過ごしたせいで朝食を食べることができなかった通武は腹ペコのまま部活に行かなければならなかったのだろう。
ボリボリと頭を掻きながら俊輔が玄関前で無意識に反省のポーズをしながら「反省」と呟いていると奥の扉が音を立てて開いた。
俊輔が振り返ると、其処には制服に着替えた小五郎の姿があった。

「あ」

小五郎の姿に、俊輔がいそいそとリビングへ戻ると、小五郎は眠そうな顔のまま、手に持っていた鞄と上着をソファの上に投げ、俊輔の横を無言で通り過ぎると洗面所へと向かった。

「あれ?」

食卓に並んだ皿に目もくれず、真っ直ぐに洗面所へ向かった小五郎に、俊輔がぽかんとしていると、洗面所の方から水の音が聞こえた。
顔を洗っているらしい。
小五郎が気になり、俊輔がリビングとキッチンの間をウロウロとしていると、タオルで顔を拭きながら、小五郎が洗面所から出てきた。
瞬間、待ってました、と言わんばかりに俊輔が小五郎の方へ駆け寄ると、小五郎はこちらを見もせずに手にしていたタオルを俊輔に投げつけてきた。
洗っとけ、という意味だろう。
瞬間視界を塞がれた俊輔は、自分の顔を覆った湿ったタオルに驚いて「おお!?」と声を上げたが、すぐにそれを顔から引き剥がした。
目の前の小五郎は心底ダルそうに、上着を羽織ながら男前な顔を歪めて欠伸を零しているところだった。

「あ、あのさ」

彼の機嫌を損ねないように、努めて控えめに話しかけるが、小五郎はこちらを見もしない。
反応を示さない小五郎に、俊輔が目を細めながら「もしもーし、あのー」と頑張って呼びかけるものの、小五郎はネクタイを緩く締め終わると、何事も無かったようにソファに置いていた鞄を持ち、タオルを持って突っ立っていた俊輔の頭を鞄で叩いて「邪魔だ」と呟いた。
鞄の角が脳天に直撃した俊輔が例の如く「ぐおおおおおおお」と悶絶しながら痛みと格闘したのはつかの間。
俊輔の声をBGMに小五郎が玄関の靴を履こうとすると、ふ、と小五郎の袖が僅かに引かれた。
袖の視線を辿れば、タオルを持った手で頭を押さえたままの俊輔が余程慌てていたのか、妙な体制で、小五郎の制服の袖を引いていたのが目に入った。

「おい」

それが気に食わなかったのか、小五郎がその鋭い双眸をさらに凶悪に細めると、俊輔はその表情にビクッと肩を竦めたが、無理矢理表情を取り繕うように、情けないような顔でへら、と笑うと、小さな声で「あのさ」と呟いた。

「め、飯、食っていかね?」

自分でも今までで一番情けない声だったと俊輔は思った。
しかもなんと冴えない台詞だろうか。
まるで浮気で泊まりに来た恋人を慌てて引き止めるようで、俊輔は一瞬と遠い目をしてしまう。

だが、他に食べる者もおらず、せめて一口でも、という思いから、こんな大胆な行動に出ることが出来た自分を、俊輔は褒めてやりたかった。

一人「ふ、ふふふ…」自嘲気味に笑っている俊輔を見た小五郎は、眉を潜めて黙ったまま、俊輔の腕を振りほどくと、何を思ったのか玄関からリビングに戻った。

勿論、そのままぶん殴られて外へ出てゆくもんだとばかり思っていた俊輔は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、きょとん、と小五郎の後姿を眺めるとだらしなく口を開けて呆けてしまった。
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