禍を転じて福となす
そんなこんなで山縣にセクハラされているうちに、三人はいつの間にか寮の前まで来ていた。
長く続く道を歩きながら三人の会話はよく弾んだ。
山縣のセクハラを最小限に抑えながら色々と話しを聞くと、彼は男子寮近くのスーパーよりも病院近くのスーパーに行きたい、というダニエルのワガママに顔を顰めながらも聞き入れてくれたらしい。
意外と良い奴だ。
「(まぁダニエルと同室で仲も良さそうなんだから、悪い奴なわけねぇよな。)」
その人間を知りたくばその友を見よ、とよく言うが、ダニエルが友達なのであれば、そいつはきっといい奴なんだろう、と俊輔はふと感じた。
ダニエルは空気が少し読めないがいい奴には違いない。
現に山縣は言葉が通じない宇宙人野郎だが、話を聞けばとんと嫌味の無い男であった。
「医学科」と言えばボンボンで嫌味な連中が多く、普通科を蔑む傾向も顕著であるはずなのに、山縣の言動からはそんな気配は微塵も感じられない。
「珍しいだろ、医学科でこんなにフレンドリーな奴。」
「おま!!い、伊藤の前でヘンな事言うんじゃねぇよ…!!」
ダニエルの言葉に褒められたと思ったのか少々照れた山縣が顔を赤くする。
「スキンシップは過剰だけどな…。」
空ろな目で笑う俊輔の尻はもう撫でられ過ぎてヒリヒリしていたが、それを聞いた山縣が「触診さ」とさわやかに笑う。
「でもまぁ確かにスーパーで普通科と医学科が一緒に買い物なんて聞いたら、きっとうちのクラスの奴は大抵驚くよ。」
「そうなの?」
「そうなの。」
たまに廊下ですれ違う大抵の医学科連中は、学生服のバッジで普通科と分かった途端にやたらと勝ち誇った顔をするような輩である。お年頃で血の気の多い男子は、これだけで完全に喧嘩を売られていると思ってしまうのだ。
因みに後からダニエルから聞いた話であるが、先日のナル男が医学科と聞いたとき、俊輔はひどく納得した。態度と嫌味が粘着質なのが医学科の特徴だ。
余談ではあるが、政経科は普通科を自分を支配下にあるような横暴な態度を取ることが多く、スポーツ科と美術科は独特の世界観を持つ連中が多いらしく、蔑むというよりも普通科に興味がないようだった。
そういった所から、あからさまに嫌味な医学科は普通科の天敵とも言えた。
俊輔の言葉に山縣は笑った。
「他の連中はどうか知らないけどさ、オレ、買い物は好きなんだよ。あと掃除も。だからオレはいつも清掃当番なんだ。」
どこか嬉しそうに言う山縣に俊輔はそういえば、と思い出した。
ダニエルの部屋は珍しく当番のローテンションがきちんとしている所だと思い出した。それに少し親近感の湧いた俊輔は山縣に向かって初めて明るい声を出した。
「なんだ。じゃあ、もしかしておれ達、知らない間に顔あわせてんのかもな。」
それを聞いた山縣は俊輔の尻を触っていない方の手で恥ずかしそうに頭をかいた。
「いや、オレ、伊藤と同じ班になったことねぇからさ、声かけられなくて…。たまにチラッと見かけることはあっても、なんて声かけて良いかわかんないから…。好きなやつに初対面で何コイツ、とか思われてもへこむし…。」
照れたのか少しはにかんだように笑う山縣を見ながら、俊輔は彼が意外にもシャイなタイプなのだと気が付いた。
だが
「だからさ、伊藤の後姿を見て、どんなコスプレが似合うか妄想するくらいしか出来なかったんだよな…。」
「変態じゃねぇか。」
「へ、変態じゃねぇって!ただ何似合うか考えてただけで、基本のオカズはノーマルプレイだから…。」
「ド変態じゃねぇか。」
俊輔はうつろな目で、コスプレ姿で乱れる自分を想像してみたが、お笑い要素はあっても、お色気要素は皆無であると確信した。しかし真顔の俊輔に怯まない山縣は瞳を眩しいほどに輝かせると、俊輔の尻を高速で撫で回した。
「じゃあさ、むしろ付き合って堂々といい事するっていうのはどうかな!主に裸で!」
「人をオカズにしておいて言う台詞かぁああああ!!」
とうとう叫んだ俊輔に山縣は「怒った顔も良いんだな…ハァハァ。」と爽やかな顔で言ってのけた。
通信が不可能になった山縣に俊輔が隣のダニエルに視線を移すと、彼はひどく気の毒そうな目で俊輔を見ていた。
だが山縣に注意する様子もない。
なんと山縣を叱りつけて良いものやらと、考えあぐねているようであった。
と、いうのも好きな子をオカズにすること自体はダニエルにも嫌というほど覚えがあったのでなんとも抗議し難いのである。
だがそれはいかんせん女子限定なので上手い具合に言葉が見付られなかったのだ。
三人が寮の門をくぐり玄関に入ると帰宅ラッシュなのか管理人前が混雑していた。
だが虎次郎の処理が早いので流れは意外とスムーズである。
カードを受け取る生徒の最後尾に並んだ三人は相変わらず進展しない会話を続けていたが、その頃には完全に俊輔の尻の感覚は麻痺していた。
玄関の時計を見るともう幾分もしないうちに夕飯の仕込みに入る時間になっており、俊輔は部屋に戻ったらすぐ厨房に行かないとなーと小さなあくびを零す。
夕暮れの中の穏やかな時間に少しだけ気が緩んだ。
たっぷりと俊輔と話せたことに満足したらしい山縣は、今は真ん中に俊輔を挟んでダニエルと明日の献立について話し合っている。
普通に話すぶんには、山縣は驚くほどまともだ。
勿体ねぇなぁ、と俊輔は思ったが、男相手に勿体ねぇも何もないかと考え直し、また一つ大きなあくびをした。
と、そこに。
「あれ?」
そう後ろから聞こえた声に、俊輔が思わず口を開いたまま振り返ると、そこには見慣れない美少年が立っていた。
俊輔よりも少し小さいくらいで、体のどこもかしこも色素が薄いような美少年が俊輔を見ている。
目が合った俊輔はあくびで吸った空気を吐き出しながらぼんやりとした目で思わず首を傾げると、その隣にもう一人居ることに気がついた。
美少年とは随分と身長差があるな、とその横を見て、俊輔は思わず間抜けな声を出してしまった。
「あ」
美少年の横には、見慣れた赤い髪の男。
俊輔の同室者の和田小五郎が立っていたのである。
長く続く道を歩きながら三人の会話はよく弾んだ。
山縣のセクハラを最小限に抑えながら色々と話しを聞くと、彼は男子寮近くのスーパーよりも病院近くのスーパーに行きたい、というダニエルのワガママに顔を顰めながらも聞き入れてくれたらしい。
意外と良い奴だ。
「(まぁダニエルと同室で仲も良さそうなんだから、悪い奴なわけねぇよな。)」
その人間を知りたくばその友を見よ、とよく言うが、ダニエルが友達なのであれば、そいつはきっといい奴なんだろう、と俊輔はふと感じた。
ダニエルは空気が少し読めないがいい奴には違いない。
現に山縣は言葉が通じない宇宙人野郎だが、話を聞けばとんと嫌味の無い男であった。
「医学科」と言えばボンボンで嫌味な連中が多く、普通科を蔑む傾向も顕著であるはずなのに、山縣の言動からはそんな気配は微塵も感じられない。
「珍しいだろ、医学科でこんなにフレンドリーな奴。」
「おま!!い、伊藤の前でヘンな事言うんじゃねぇよ…!!」
ダニエルの言葉に褒められたと思ったのか少々照れた山縣が顔を赤くする。
「スキンシップは過剰だけどな…。」
空ろな目で笑う俊輔の尻はもう撫でられ過ぎてヒリヒリしていたが、それを聞いた山縣が「触診さ」とさわやかに笑う。
「でもまぁ確かにスーパーで普通科と医学科が一緒に買い物なんて聞いたら、きっとうちのクラスの奴は大抵驚くよ。」
「そうなの?」
「そうなの。」
たまに廊下ですれ違う大抵の医学科連中は、学生服のバッジで普通科と分かった途端にやたらと勝ち誇った顔をするような輩である。お年頃で血の気の多い男子は、これだけで完全に喧嘩を売られていると思ってしまうのだ。
因みに後からダニエルから聞いた話であるが、先日のナル男が医学科と聞いたとき、俊輔はひどく納得した。態度と嫌味が粘着質なのが医学科の特徴だ。
余談ではあるが、政経科は普通科を自分を支配下にあるような横暴な態度を取ることが多く、スポーツ科と美術科は独特の世界観を持つ連中が多いらしく、蔑むというよりも普通科に興味がないようだった。
そういった所から、あからさまに嫌味な医学科は普通科の天敵とも言えた。
俊輔の言葉に山縣は笑った。
「他の連中はどうか知らないけどさ、オレ、買い物は好きなんだよ。あと掃除も。だからオレはいつも清掃当番なんだ。」
どこか嬉しそうに言う山縣に俊輔はそういえば、と思い出した。
ダニエルの部屋は珍しく当番のローテンションがきちんとしている所だと思い出した。それに少し親近感の湧いた俊輔は山縣に向かって初めて明るい声を出した。
「なんだ。じゃあ、もしかしておれ達、知らない間に顔あわせてんのかもな。」
それを聞いた山縣は俊輔の尻を触っていない方の手で恥ずかしそうに頭をかいた。
「いや、オレ、伊藤と同じ班になったことねぇからさ、声かけられなくて…。たまにチラッと見かけることはあっても、なんて声かけて良いかわかんないから…。好きなやつに初対面で何コイツ、とか思われてもへこむし…。」
照れたのか少しはにかんだように笑う山縣を見ながら、俊輔は彼が意外にもシャイなタイプなのだと気が付いた。
だが
「だからさ、伊藤の後姿を見て、どんなコスプレが似合うか妄想するくらいしか出来なかったんだよな…。」
「変態じゃねぇか。」
「へ、変態じゃねぇって!ただ何似合うか考えてただけで、基本のオカズはノーマルプレイだから…。」
「ド変態じゃねぇか。」
俊輔はうつろな目で、コスプレ姿で乱れる自分を想像してみたが、お笑い要素はあっても、お色気要素は皆無であると確信した。しかし真顔の俊輔に怯まない山縣は瞳を眩しいほどに輝かせると、俊輔の尻を高速で撫で回した。
「じゃあさ、むしろ付き合って堂々といい事するっていうのはどうかな!主に裸で!」
「人をオカズにしておいて言う台詞かぁああああ!!」
とうとう叫んだ俊輔に山縣は「怒った顔も良いんだな…ハァハァ。」と爽やかな顔で言ってのけた。
通信が不可能になった山縣に俊輔が隣のダニエルに視線を移すと、彼はひどく気の毒そうな目で俊輔を見ていた。
だが山縣に注意する様子もない。
なんと山縣を叱りつけて良いものやらと、考えあぐねているようであった。
と、いうのも好きな子をオカズにすること自体はダニエルにも嫌というほど覚えがあったのでなんとも抗議し難いのである。
だがそれはいかんせん女子限定なので上手い具合に言葉が見付られなかったのだ。
三人が寮の門をくぐり玄関に入ると帰宅ラッシュなのか管理人前が混雑していた。
だが虎次郎の処理が早いので流れは意外とスムーズである。
カードを受け取る生徒の最後尾に並んだ三人は相変わらず進展しない会話を続けていたが、その頃には完全に俊輔の尻の感覚は麻痺していた。
玄関の時計を見るともう幾分もしないうちに夕飯の仕込みに入る時間になっており、俊輔は部屋に戻ったらすぐ厨房に行かないとなーと小さなあくびを零す。
夕暮れの中の穏やかな時間に少しだけ気が緩んだ。
たっぷりと俊輔と話せたことに満足したらしい山縣は、今は真ん中に俊輔を挟んでダニエルと明日の献立について話し合っている。
普通に話すぶんには、山縣は驚くほどまともだ。
勿体ねぇなぁ、と俊輔は思ったが、男相手に勿体ねぇも何もないかと考え直し、また一つ大きなあくびをした。
と、そこに。
「あれ?」
そう後ろから聞こえた声に、俊輔が思わず口を開いたまま振り返ると、そこには見慣れない美少年が立っていた。
俊輔よりも少し小さいくらいで、体のどこもかしこも色素が薄いような美少年が俊輔を見ている。
目が合った俊輔はあくびで吸った空気を吐き出しながらぼんやりとした目で思わず首を傾げると、その隣にもう一人居ることに気がついた。
美少年とは随分と身長差があるな、とその横を見て、俊輔は思わず間抜けな声を出してしまった。
「あ」
美少年の横には、見慣れた赤い髪の男。
俊輔の同室者の和田小五郎が立っていたのである。