好死を望まんと欲す








「お前なぁー。いきなり抜け出すなよ!!誤魔化すのに俺がどんだけ苦労したか…!!」

「なんだ、魔法を使えば良かったのに。」

「だからハリーポッターじゃねぇええ!!!」

「冗談だよ。怒るなって。」


通武の後を追っていきなり厨房から姿をくらました俊輔に驚いたのはダニエルである。
「後は任せた!!」と言って走り去る俊輔を追おうにも、鍋にジャガイモを投入するという使命があったダニエルは、俊輔が残したジャガイモを高速で剥き、なんとか煮物下準備を全うし、自分も抜け出しを図ったのだ。

そして俊輔の捕獲に成功し、無事帰還した。
だが通武がこの厨房に姿を表したことも意外だったが、その通武の後を俊輔が追った、というのもダニエルには意外だった。

「お前ら、本当はそんなに仲悪くないだろ。」

そういったダニエルに、俊輔は苦々しい顔をして、実態を見ていないからそんな事が言えるんだ、と薄いメモを見ながらみりんを鍋に入れるところだった。

「昨日だって酷かったんだぜ。結局誰一人手ごたえなかったし。木刀で追っかけまわされるし、拳銃…。」

「え?何?」

「…なんでもないっす。」

木刀はまだ良いとして世間様の噂になるには拳銃はやばすぎる、と俊輔は口をつぐんだ。

「まぁとにかくラブレターで手懐けは失敗だったな…。」

「そっか…。」

話を聞いて、何故かしゅん、と項垂れるダニエルに俊輔はきゅん、と再度胸が高鳴る。
俊輔以上に落ち込んだ様子のダニエルを見て、俊輔は思わず「かわいいやつめ…」と胸をほっこりとさせたのだった。
この少年は人の不幸をまるで自分の不幸のように感じてくれる。それが俊輔には素直に嬉しかった。

まったく、ダニエルは本当に良い奴である。

「まぁダニエルが女の子だったらおれ、惚れてた、というのは置いといてだな。」

「…。」

「今度は何で手懐けたらいいものやら…。」

遠い目をしながら俊輔が目分量で入れて良いかな、と言って傾けた味付け醤油が大量に鍋に入ったのを見たダニエルは一瞬「あ」と非難めいた声を出したが、既に遅かった。
ダニエルは通常よりも黒くなった煮物を見ない振りをして、小さく溜息を吐いた。

「さぁ…。ま、女の子だったら美味しい料理で手懐けるって手もあるよなー。」

そう言いながら視界に見える黒い煮物に耐え切れず、ダニエルはそっと鍋の蓋を閉めると、曖昧な笑みを俊輔に向けた。
だが、その瞬間、視線を向けた俊輔の目が爛々と輝いている事にダニエルはハッと青くなる。
俊輔は何やら鍋を眺めてブツブツと「そうか…その手があったか…!!」と呟いているのを目撃してしまったのである。
それから俊輔がニヤ、とあくどい笑みを浮かべたのを見たダニエルは、青褪めた表情で恐る恐る俊輔に問う。

「まさか、お前…。」

「良い案だぜ、ダニエル…。明後日は土曜…大食堂は休み…自炊の日だ。」

前にも言ったとおり、俊輔は今まで炊事の経験は殆ど無かったのだが、この数日間、朝晩の炊事手伝いでそれとなく料理の「コツ」は覚えたつもりだった。
最高に旨い、という料理は勿論作れないにしろ、恐らく包丁すら握ったことの無いであろう他の同室者を思えば彼等はひもじい思いをするに違いない。

「今度こそ手懐けてやる!!」

大きな鍋を見詰めながら不気味に笑う俊輔を横目に、ダニエルは味の濃い煮物を前にしてやはり遠い目をしたが、いかんせん、言いだしっぺが自分であることに大きな責任を感じたのであった。




つづく。
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