好死を望まんと欲す



「しかし馬鹿だなー俊輔。あのナル男、モテるけど性格悪くて有名なんだぜ。」

まともに相手してんなよ、と言いながら皮を剥いたイモを適度な大きさに切って巨大なザルの中へ入れてゆくダニエルに言われた俊輔は「へぇ」と呟きながら遠い目をした。

偶然料理の当番が一緒だったダニエルは別の場所で違う仕事をしていたが、煮物の班が人手不足で借り出されてきた所、上級生に絡まれていた俊輔を発見したらしかった。
しかしまさか家事仕事中に絡まれるとは…、と俊輔はぼんやりと件のナル男の顔を思い出そうとしたが、出てくるのはおばちゃんによって変形したアフター顔で、原型はこれっぽっちも浮かばなかった。

「あんなんがモテはやされるなんて世も末だな…。」

ぼそっと呟いた俊輔に、ダニエルがゲラゲラと笑う。

「まぁ、あーいう奴は俺らノンケにとっちゃ笑いダネにしかなんねーような奴だからな。」

「全くだ。不愉快なことこの上ねぇ。」

苦虫を噛み潰したような顔をした俊輔に、「しかしお前は巻き込まれ体質だよな。」と困ったように笑ったダニエルに、俊輔は溜息をついた。

「まぁ、こういう環境でああいう連中が同室に当たったってのが運の尽きか。」

「それはおれのせいじゃねーじゃん。」

俊輔がブー垂れると、ダニエルはその眼鏡越しに「まぁな」と柔らかく笑って、空いた手で俊輔の頭をよしよしと撫でた。

「なんもしてやれねーけど元気だせよ。」

瞬間、胸がキュンとした俊輔は、真面目な顔をして包丁を置くと、まっすぐな目をして水を張った巨大なザルにジャガイモを入れ続けるダニエルを見詰めた。
そして呟いたのである。

「ダニエル。」

「何だよ。」

「抱いてくれ。」

熱の篭った視線をダニエルに向けると、ダニエルはそれを綺麗に無視してコンロの火を入れると、シカトされた俊輔がわぁあああんと叫びながらダニエルに飛びついてきた。

「何がなんもしてやれねーけどだよお前ぇえええ!!!あのナル男からおれを救ってくれただけでお前はおれの王子様だよダニエルー!!!!好き!!!抱いて!!!壊れるほどに抱きしめてぇええ!!!」

「分かったよ!!!後でニャンニャンしてやるから早くイモを剥けよ!!!今度は俺らがおばちゃんの餌食になるぞ!!」

「ほんと何~!?やばい、なんなのお前。惚れちゃう。愛してる、ダニエル。」

「あーもー俺も愛してるから。だからイモ剥いて。」

「じゃあ今度おれのも剥いてね。」

「そっちは自分でやれよ。」

それは男の試練だ、と真顔で言ったダニエルに俊輔は舌打ちをしながらジャガイモに目を戻した。
それからダニエルが間を置いて「つか被ってんのかよ」とツッコんできたのをまるっと無視した俊輔は、ジャガイモを持ったままダニエルに抱きついて甘えるように自分の頭をぐりぐりとダニエルに押し付ける。
はたから見れば、高校生同士のふざけ合いにしか見えないが、この環境下で言えば、二人の行為はまるで恋人同士であった。
勿論「抱いて」、「好き」という言葉は俊輔からダニエルへの友情に対する感情の高ぶりを、彼がふざけて大袈裟に表現しただけのことであったのだが、勿論世の中にはそんな冗談も通じない人間もいるわけで。

「…おい。」

件の冗談の通じない人間が、そんな俊輔とダニエルの目の前にいるとは、二人は思ってもみなかったのである。

その地を這うような声に、俊輔とダニエルが抱き合ったまま(厳密には俊輔がダニエルに引っ付いたまま)そちらの方向を見ると、そこには極限にまで顔を顰めた久坂通武が立っていたのであった。

「あれ?」

勿論想像もしていなかった人間の登場に俊輔とダニエルがきょとんとした顔をするのは無理もなかった。いつのまに現れたのか気が付かなかったが、周りが通武を見て驚いている所を見ると、つい今しがた、というように思える。
彼の登場に特に驚きはしなかった俊輔は、通武が指定のジャージ姿に稽古具を持っていたのを見て、のんきに朝練か?と、思ったが、同時に何故こんな所に、と冷静に首を傾げた。
だが通武の口からはここに来た理由が紡がれる事は無く、彼は俊輔を怪訝な目で見たまま、ぼつりと呟いた。

「…やはり変態ではないか。」

そう言って踵を返した通武に、ダニエルはポカンとした顔をして、その背中を眺めた。
通武の登場に辺りが僅かにざわめいている。
眼鏡に、剣道部。なるほど、あれがいつも俊輔を木刀で追い回している久坂通武か、とダニエルは納得した。
噂には聞いていたが、顔を見るのは初めてだった。
流石は注目の一年だ。先ほどのナル男以上に注目を集めているのが分かる。
だが俊輔と同様、彼が一体ここへ何しに来たか、ダニエルには全く分からなかった。

「俊輔、今のはお前の同室者だよな。」

「そうですな。」

「彼、何しに来たんだろう。」

「さぁ…。」

思わず二人して首を傾げたが、俊輔は遠ざかっていく通武の背中を見たまま、僅かに眉を顰めたのだった。







一方通武は自分の行動にモヤモヤとしながら稽古具を持ち直し、厨房を後にしていた。
朝練の支度が整って、部屋を出たは良いが、何となく俊輔に一言言いたくて、入ったこともない厨房へと赴いた。

だがそこで目にしたのは、件の人物がデレデレと男に抱き着いている図だったのである。

勿論同性愛に理解の無い通武は途端に不愉快な気分になってそこを後にしたのだった。
本当はもっと俊輔が辛い労働を強いられているのかと思ったのが、以外にも楽しそうだったのが癪だったのかも知れない。

あんな変態に何を、と通武は自分の行動にイライラとしながら早足で元来た道を戻った。
そして大食堂を抜け、管理人室の前を通り抜けようとした所で「おーい」と呼びかけられ、通武はふと足を止めた。

「おーい、久坂くんやーい。」

その呼び声が後ろから聞こえたのが分かり、通武が振り向くと、厨房からエプロンと三角巾をつけたままの俊輔が小走りで駆け寄ってくるのが見え、通武はその姿に目を細めた。
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