好死を望まんと欲す

俊輔の後ろに立っていたのは綺麗な顔をした男だった。
恐らくは2、3年生。どちらにしろ年上であろう。自分よりも背が高く、落ち着いた雰囲気がそう感じさせる。

「はぁ。」

俊輔が思わず気の抜けた返事をすると、その男は片眉を器用に上げて妙な顔をして、俊輔を値踏みするように上から下まで舐めるような視線を寄越した。
俊輔は相変わらずジャガイモの皮を剥きながら、ひどく不躾な態度だと思ったが、そういった態度は同室者連中や、手紙を渡してくる連中によく居たため、すでに慣れっこだった。

「なんっすか。」

じろじろと見るばかりで、話を切り出そうとしない男に俊輔から尋ねると、男は視線を俊輔の顔に移して「ああ」と今気が付いた様に呟いた。

「君さ、久坂君と同室だろ?」

「へぇ。」

それ来た、と俊輔は気の無い声で、百姓が侍に答えるような返事をした。

「突然で悪いんだけど、彼の当番の日を教えてくれないかな。何だか運が悪いみたいで、僕が当番になる日は、いつも君しか居ないんだよね。」

たりめーだろ、と疲れた様な顔をしながら、俊輔は綺麗に剥けたジャガイモを、笊の中へ放った。
全部自分が当番なのだから、他の奴等に当たるわけがない。
彼にとって自分は「ハズレ」なのだろう。
懸賞でいえばテッシュ。しかもゴワゴワの水に流れないテッシュなわけだ。

「ち、テッシュ舐めんなよ。」

「は?」

「いえ、こっちの話です。」

眠さの余り、脳内妄想を思わず口にしてしまった俊輔は、何事も無かったように、また一つジャガイモを手に取った。

「久坂狙いなら止めといた方がいいですよ。あいつ、ホモを滅茶苦茶に毛嫌いしてますから。相手にして貰えると言ったら木刀持って追い回されるのがせいぜいだと思います。」

そう言って、またジャガイモの皮を剥き始めた俊輔に、目の前の男は俊輔を侮蔑するような顔をして鼻で笑った。俊輔の言葉を信じていないのか、自分に余程の自信が有るのか知れないが、どちらにしろ嫌な態度である。
男は俊輔を見下す様にして嫌な笑みを浮かべた。

「君、僕の事知らないの?」

「はぁ。」

嫌な笑みを浮かべたと思えば随分と尊大な台詞だな、と思いながら俊輔はジャガイモの芽を穿った。恐らくは割とモテる性質の人間なのだろう。
先ほどから彼に熱い視線を送る輩がチラホラと見受けられて、俊輔は重い溜息を吐いた。
だからと言って、自分を知っているかなんていう質問は余りに自意識過剰のナルシスト発言では無いか。
正直相手にしたくなくて、俊輔が「あっしが知るわけねーでがんしょ。」と口を開こうとした時だった。

「おばちゃーん、ここにサボってる人が居るよー。」

「え」

「へ」

瞬間、よく通る声が聞こえ、俊輔とナルシスト男が同時に振り返ると、厨房の奥から地を這う様な声で「なんやてぇええぇええええ」と叫び、般若の形相をしたおばちゃんがこちらへ突撃してくるのが見えた。

「⁉」

それに恐怖に慄いて顔面蒼白になったのは俊輔とナル男である。
それから、とばっちりを受けないように、俊輔とナル男の周りから、食材を抱えた他の生徒が蜘蛛の子を散らすように避難し、ぽっかりと空いた空間にナル男と俊輔が取り残された。そしておばちゃんの進路を妨げないように、と人が引いて通が出来、おばちゃんはモーゼ状態となっていた。

「サボったらアカンってゆうたやろがぁああああ‼」

「ぎゃあああ!!!ごめんなさいぃい!!!」

恐怖の余り、思わず二人が互いに縋ろうと手を伸ばすと、その瞬間何故か俊輔だけが反対方向にぐい、と引き寄せられ、驚く間もなく何かにがっちりとホールドされたかと思うと、きょとんとした俊輔の頭上から先ほどのよく通る声が聞こえた。

「おばちゃーん、サボってたのはそっちの人でーす。」

そう言ったのと同時に、バシーンと派手な音が聞こえて、俊輔がハッとして自分が先ほどまで居た場所を確認すると、ナル男がスローモーションでおばちゃんの張り手に吹っ飛ばされている所だった。

「も、モーレツ…」

その光景に思わず震えると、獣を狩るような目をしたおばちゃんが、ギラリと鋭い視線をこちらにも向けた。「アンタは」と低い声で問われ、俊輔が「ひぃいいいい」と恐れ慄いていると、俊輔をホールドしていた人物がその腕を緩めて笑いながら、俊輔の両腕を掴んだ。

「お」

「ほら、これ」

その人物が俊輔の両手に握られた包丁と皮が剥きかけだったジャガイモを見せると、おばちゃんは「よし」と頷いて、吹っ飛ばされて失神しているナル男の首根っこを捕まえて、引きずりながら厨房の奥へと消えて行ったのであった。
それを眺めながら、俊輔が気の抜けた様な息を吐いて、全身の力を抜いた。
思わずチビる所だった…と涙目になれば、頭上から無邪気な笑い声が聞こえて、俊輔が頭上を仰ぐと、見慣れた眼鏡の少年と目があった。
それを見た途端、俊輔はどこか安心した様な、恨めしい様な顔でその顔を見る。

「ダニエル~…」

「よ、俊輔」

俊輔の顔を覗き込んだダニエルに、俊輔が恨みがましい声を出してしまったのは仕方のない事だった。
ダニエルは悪戯が成功した様な顔をして、なんとも愉快そうに笑いながら俊輔の腕を放す。
しかし、やつれた俊輔の顔を見てダニエルは少し真面目な顔をしてから「大丈夫か」と言い、ポン、と俊輔の頭を軽く叩く。
そんなダニエルに、俊輔は自分が女の子なら、このタイミングで間違いなくコイツに惚れていた、と確信したのだった。
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