好死を望まんと欲す
ドサドサと音を立てながら、俊輔の鞄の中から大量に出てきたのは色とりどりの封筒だった。それを覗き込むようにして怪訝な顔をした三人を見下ろしながら、俊輔はフン、と鼻を鳴らした。
「…なんだこれは。」
眉間に皺を寄せたまま、通武が鞄を逆さにしたままの俊輔に訊ねると、俊輔は「見れば分かるだろ」と鼻息を荒くした。
無理矢理引っ張られて来て、三人の後ろにちょこん、と正座した東風が、黙って床に散らばった封筒を一枚拾い上げると、そこには汚い文字で「久坂通武様」と明記されていた。
東風はそれを黙って通武に差し出すと、通武は「俺にか?」と首を傾げた。
「手紙…?」
受け取った通武はその封筒を裏表と確認すると、三人の顔を見渡した。
三人は一様に通武の手元にある封筒を凝視しており、その期待の込められた視線に、通武は苦々しい顔をしながら渋々と封を切り、中の便箋を開いたのだった。
「…」
「目で追うな。読み上げろ」
「何故俺宛ての手紙を貴様らの面前で読み上げねばならんのだ。」
「今の状況を見ろ。」
「そうだぞバカ野郎。空気も手紙もきちんと読めよ。」
「…。『久坂くんへ。突然のお手紙すみません。僕は一年の吉田栄太と言います。いきなりですが、僕は久坂くんのことが好きです。』…ん?」
冷静に手紙の内容を読んでいた通武が途端に固まった。
それから同じ文面を読み返してから、また首を傾げて怪訝な顔をして俊輔を見た。
「何だこれは…。」
「ラブレターでしょ。」
「だが、差出人が男だろう。何故男が俺に恋文を…」
真剣な顔をして、手紙を読み返す通武を無視して、俊輔は小五郎と東風を見た。
「つーわけだ。久坂君宛だけじゃなくて、二人のぶんも混ざってる。おれがここ最近、君らにお近づきになりたいと言う方々から預かって来たラブレターだ。」
俊輔の話を聞きながら、小五郎が一番近くに落ちていた「和田小五郎様」と書かれた封筒を拾い、ニヤリと笑った。
「成る程な。久坂に声を掛けたのはこれのため、ね。」
「分かって貰えて嬉しい。」
うんうん、と頷いた俊輔に、通武が「は?」と首を傾げた。だがやはりそれも無視して、俊輔は「つまり」と口を開いた。
「ホモなのはこの手紙を寄越してきた連中で、お前らに抱かれたいと思っているのはこいつらなわけだ。おれはその仲介でこれをお前らに渡したかっただけ!!それだけ!!」
そう、たったそれだけだったのだが、木刀で追い回された挙句、ピストルをぶっ放されてしまったのである。
俊輔の言葉を聞きながら、通武はこれ以上に無い位に顔を顰め、小五郎はニヤニヤと笑い、東風は手紙の山から自分宛の手紙を探して抜き取っている。
俊輔の狙いはこれだ。
預かった手紙を彼等に渡し、恋の架け橋を作り、あわよくば手紙の主達の恋を成就させてやろうという計画である。
もしそれが上手く行けば、ラブラブになった同室者と、その恋人の仲人として活躍した自分は、手紙の主に感謝され、彼等の信頼を得る事が出来る。
そして、この同室者連中が、恋に溺れれば溺れるほど、可愛い恋人を甘やかしたくなるはず、と俊輔は踏んだ。
つまり手紙の主を飼いならしておいて、いざというとき彼等を頼れば、この同室者達も手を貸すに違いない、というなんともお粗末な計画だった。
だが、この環境の中、ホモに免疫が付いてきた俊輔の考えでは、同室者に一人くらい「そっち」の人間が居てもおかしくはない。
その一人が誰かとラブラブになれば、周りもつられて、という事は大いに有り得る話だ。
この閉鎖的な環境で、溜まるものは溜まるし、お年頃故に周りの環境に流されやすい。
そこにつけこめば、たいして難しい話でもないだろう。
まさに恩の押し売りである。
「と、いうわけで、手紙を読んで気に入った子が居たら、おれが取り持ってやるから。」
ニコニコと笑いながら、俊輔が握りこんだ人差し指と中指の間に親指を差し入れると、通武が眉間に皺を寄せてハァ、と息を吐いた。
「…くだらん…。」
「何が?」
首を傾げた俊輔に、通武は持っていた手紙をぐしゃ、と無理矢理押し付けると、いつの間にか東風によって選り分けられていた自分宛の手紙の山を一瞥しながら、床に置いていた木刀を手に取る。
「こんな馬鹿げた事で時間を無駄にしてしまうとは…。お前と関わるとろくな事にならん。」
「だからさ、半分は自分の勘違いのせいだっていい加減認めなよ…。」
どうあっても自分の勘違いを正当化しようとする通武に、俊輔は疲れたように溜息を零した。大体通武が早とちりをして追い掛け回して来なければ、こんな大事にもならずに済んだのに、と俊輔は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「残念だがそういう趣味は無い、と、この手紙の主に伝えておけ。」
不機嫌そうな顔をした通武に、俊輔は押し付けられてグシャグシャになった手紙を丁寧に伸ばしながらガッカリとしてしまった。
「ち、ノンケか。」
「のん…?…とにかく俺には男と付き合うような趣味は無い。以後こういった馬鹿げた手紙は貰ってくるな。それから、この手紙も片付けておけ。」
そう言って立ち上がった通武は自分の部屋のドアを開けると、残った同室者を振り返る事も無くバタン、と大きな音をたててドアを閉めてしまったのである。
「ストイックだな。」
目線を手紙に向けたまま、小五郎が何処か揶揄するように笑ったので、俊輔は閉じられた扉を睨み付けたまま悪態をついた。
「あいつぜってー童貞だよ。」
自分のことは棚に上げての発言だったが、その言葉に小五郎が「違ぇねぇ」と、さも可笑しそうに笑ったのを見て、俊輔は少しだけ気が晴れた気がしたのだった。
「…なんだこれは。」
眉間に皺を寄せたまま、通武が鞄を逆さにしたままの俊輔に訊ねると、俊輔は「見れば分かるだろ」と鼻息を荒くした。
無理矢理引っ張られて来て、三人の後ろにちょこん、と正座した東風が、黙って床に散らばった封筒を一枚拾い上げると、そこには汚い文字で「久坂通武様」と明記されていた。
東風はそれを黙って通武に差し出すと、通武は「俺にか?」と首を傾げた。
「手紙…?」
受け取った通武はその封筒を裏表と確認すると、三人の顔を見渡した。
三人は一様に通武の手元にある封筒を凝視しており、その期待の込められた視線に、通武は苦々しい顔をしながら渋々と封を切り、中の便箋を開いたのだった。
「…」
「目で追うな。読み上げろ」
「何故俺宛ての手紙を貴様らの面前で読み上げねばならんのだ。」
「今の状況を見ろ。」
「そうだぞバカ野郎。空気も手紙もきちんと読めよ。」
「…。『久坂くんへ。突然のお手紙すみません。僕は一年の吉田栄太と言います。いきなりですが、僕は久坂くんのことが好きです。』…ん?」
冷静に手紙の内容を読んでいた通武が途端に固まった。
それから同じ文面を読み返してから、また首を傾げて怪訝な顔をして俊輔を見た。
「何だこれは…。」
「ラブレターでしょ。」
「だが、差出人が男だろう。何故男が俺に恋文を…」
真剣な顔をして、手紙を読み返す通武を無視して、俊輔は小五郎と東風を見た。
「つーわけだ。久坂君宛だけじゃなくて、二人のぶんも混ざってる。おれがここ最近、君らにお近づきになりたいと言う方々から預かって来たラブレターだ。」
俊輔の話を聞きながら、小五郎が一番近くに落ちていた「和田小五郎様」と書かれた封筒を拾い、ニヤリと笑った。
「成る程な。久坂に声を掛けたのはこれのため、ね。」
「分かって貰えて嬉しい。」
うんうん、と頷いた俊輔に、通武が「は?」と首を傾げた。だがやはりそれも無視して、俊輔は「つまり」と口を開いた。
「ホモなのはこの手紙を寄越してきた連中で、お前らに抱かれたいと思っているのはこいつらなわけだ。おれはその仲介でこれをお前らに渡したかっただけ!!それだけ!!」
そう、たったそれだけだったのだが、木刀で追い回された挙句、ピストルをぶっ放されてしまったのである。
俊輔の言葉を聞きながら、通武はこれ以上に無い位に顔を顰め、小五郎はニヤニヤと笑い、東風は手紙の山から自分宛の手紙を探して抜き取っている。
俊輔の狙いはこれだ。
預かった手紙を彼等に渡し、恋の架け橋を作り、あわよくば手紙の主達の恋を成就させてやろうという計画である。
もしそれが上手く行けば、ラブラブになった同室者と、その恋人の仲人として活躍した自分は、手紙の主に感謝され、彼等の信頼を得る事が出来る。
そして、この同室者連中が、恋に溺れれば溺れるほど、可愛い恋人を甘やかしたくなるはず、と俊輔は踏んだ。
つまり手紙の主を飼いならしておいて、いざというとき彼等を頼れば、この同室者達も手を貸すに違いない、というなんともお粗末な計画だった。
だが、この環境の中、ホモに免疫が付いてきた俊輔の考えでは、同室者に一人くらい「そっち」の人間が居てもおかしくはない。
その一人が誰かとラブラブになれば、周りもつられて、という事は大いに有り得る話だ。
この閉鎖的な環境で、溜まるものは溜まるし、お年頃故に周りの環境に流されやすい。
そこにつけこめば、たいして難しい話でもないだろう。
まさに恩の押し売りである。
「と、いうわけで、手紙を読んで気に入った子が居たら、おれが取り持ってやるから。」
ニコニコと笑いながら、俊輔が握りこんだ人差し指と中指の間に親指を差し入れると、通武が眉間に皺を寄せてハァ、と息を吐いた。
「…くだらん…。」
「何が?」
首を傾げた俊輔に、通武は持っていた手紙をぐしゃ、と無理矢理押し付けると、いつの間にか東風によって選り分けられていた自分宛の手紙の山を一瞥しながら、床に置いていた木刀を手に取る。
「こんな馬鹿げた事で時間を無駄にしてしまうとは…。お前と関わるとろくな事にならん。」
「だからさ、半分は自分の勘違いのせいだっていい加減認めなよ…。」
どうあっても自分の勘違いを正当化しようとする通武に、俊輔は疲れたように溜息を零した。大体通武が早とちりをして追い掛け回して来なければ、こんな大事にもならずに済んだのに、と俊輔は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「残念だがそういう趣味は無い、と、この手紙の主に伝えておけ。」
不機嫌そうな顔をした通武に、俊輔は押し付けられてグシャグシャになった手紙を丁寧に伸ばしながらガッカリとしてしまった。
「ち、ノンケか。」
「のん…?…とにかく俺には男と付き合うような趣味は無い。以後こういった馬鹿げた手紙は貰ってくるな。それから、この手紙も片付けておけ。」
そう言って立ち上がった通武は自分の部屋のドアを開けると、残った同室者を振り返る事も無くバタン、と大きな音をたててドアを閉めてしまったのである。
「ストイックだな。」
目線を手紙に向けたまま、小五郎が何処か揶揄するように笑ったので、俊輔は閉じられた扉を睨み付けたまま悪態をついた。
「あいつぜってー童貞だよ。」
自分のことは棚に上げての発言だったが、その言葉に小五郎が「違ぇねぇ」と、さも可笑しそうに笑ったのを見て、俊輔は少しだけ気が晴れた気がしたのだった。