好死を望まんと欲す
「ただいま!!」
にこやかに玄関のドアを開けると、俊輔は明るいリビングに、人影を見つけた。
よくよく見るとそれは通武で、彼はこちらを凝視しながら訝しげな顔をして立っている。
風呂上りらしく、Tシャツにハーフパンツと言うラフな出で立ちで、片手にはミネラルウォーターのペットボトルが握り締められていた。
それを見た俊輔はグットタイミング!!と心の中でグッと拳を握り締めた。
だが当の通武は、ニコニコとしている俊輔を、何か気味の悪いものでも見るような目付きで眺め、係わり合いになりたくなかったらしく、直ぐに自分の部屋に戻ろうとして、既に個室のドアノブを回していた。
「どあああい、ちょい待ち!!」
個室の扉に手をかけた通武を見て慌てた俊輔は、洗濯籠を持ったまま急いで靴を脱ぎ捨てると、リビングの方へ転がり込んだ。
「…何だ」
その慌てように、ドアノブを握ったまま思わず返事をしてしまった通武に、俊輔はいや~と引きつった笑みを浮かべる。
いきなり用件を告げるのも気が咎めて、とりあえず社交辞令を口にすることにした。
「えっと、夜遅くまで部活お疲れさん。」
「…何か用か」
「いやねー用っつーかなんつーか。」
「用が無いなら呼び止めるな。」
俊輔が言いよどんでいると、通武は冷たく言い放ちながらドアを空けて中へ入ろうとした。
それに慌てた俊輔が「あー待った待った待った!!!」と騒ぎ立てて引き止めると、通武は不機嫌そうな顔をこちらに向けて、先ほどよりも低い声色を出した。
「用があるならさっさと言え。用が無いならさっさと消えろ。」
「相も変わらずきついのね…。」
通武の言い草にぐさっと傷付いた俊輔だったが、折角捕まえた魚をここで逃がすわけにはいかなかった。
可能性があるならば、使わない手はない。
これも自分の最後を美しくカッコよく決めるためだ。
よし、と意気込んだ俊輔は、心の中で祈りながら、恐る恐る問いかけた。
「えーつかぬ事をお聞きしますけども。」
「あぁ」
「久坂君は男の子、好きですか。」
「…。」
瞬間、何かが固まるような、ピシ、という音が聞こえた様な気がした。
俊輔は引きつった笑みを浮かべたまま、その音の発生源が通武であるという事に気が付いた。
通武は涼しい顔を固まらせたまま、黙って俊輔を凝視している。
勿論、良い答えが聞けそうにもないということは、彼の半そでから除く腕の鳥肌が、何よりも雄弁に語っていた。
しまった、と思うが早いか、僅かに足を動かそうとした瞬間、カッと通武の目が見開かれ、半開きになったドアの中から黒光りした木刀が姿を見せた。
やっぱり!!と青い顔をした俊輔が謝ろうと口を開きかけたときにはもう遅かった。
「貴様やはり変質者だったのだな!!!」
「ぎゃあああああ!!!違います違います!!!勘違いですぅううう!!!」
「問答無用!!」
例によって見事な太刀さばきで容赦無く切りかかってきた通武を前に、俊輔は必死で洗濯籠をガードに当てて死に物狂いで逃げ回ったのだった。
勿論洗った洗濯物はリビングの四方八方に飛び散り、俊輔と通武に踏まれ、よれよれのグチャグチャになっていたが、生憎俊輔の目には血走った目の通武と、黒光りして如何にも固そうな木刀しか映っていなかったのである。
「この間は上手く言い逃れたつもりだろうが、やはり機を狙っていたのだな!!外道が!!」
「違うって!!おれじゃねぇ!!おれは女の子が好きなんだって!!」
「では今の言葉は何だ!!」
「それを今から説明するんだろうが!!理由も聞かずに斬りかかってんじゃねぇよ!!毎度毎度人の話をよく聞きもしねぇで!!バカじゃねぇのか!!!」
「なんだと貴様、もう一度言ってみろ!!」
バカと言われた通武が激昂して目を吊り上げながら木刀を振りかざしたその瞬間だった。
ズドン!!
という凄まじい重低音の爆発音が聞こえたかと思うと、俊輔と通武の間を何か小さなものがとてつもない速さですり抜けて、壁にめり込んだ。
「…」
「…」
思わず二人が動きを止めると、その間からふわり、と火薬の香りが漂った。
それは奇しくも通武の木刀が俊輔の持っていた洗濯籠に当たるとのと同時であり、俊輔と通武はお互いにキョトンをした顔をして壁を見た。
そこには小さな穴が空いて、細い白煙が上がっている。
通武と俊輔は、真顔で顔を見合わせ、「それ」が飛んできた方向へ同時に顔を向けた。
そこには思ったとおり。
「次はねぇ、って言ったよなぁ。」
額に青筋を浮き上がらせ、件の黒光りするリボルバーを構えている、ヤクザの跡取り、和田小五郎がいた。
小五郎は大層ご立腹の様子で、吸っていたタバコがギリギリとかみ締められて、灰がボロボロと床に落ち、一発撃ったリボルバーは既にコッキングされ、いつでも発射準備ができている状態だ。
その般若の様な顔を見た俊輔は、反射でぶわっと溢れるように涙腺が緩み、通武の木刀を洗濯籠でガードしたままの体制で、消え入る様な震えた声で「すいません…」と呟いたのだった。
にこやかに玄関のドアを開けると、俊輔は明るいリビングに、人影を見つけた。
よくよく見るとそれは通武で、彼はこちらを凝視しながら訝しげな顔をして立っている。
風呂上りらしく、Tシャツにハーフパンツと言うラフな出で立ちで、片手にはミネラルウォーターのペットボトルが握り締められていた。
それを見た俊輔はグットタイミング!!と心の中でグッと拳を握り締めた。
だが当の通武は、ニコニコとしている俊輔を、何か気味の悪いものでも見るような目付きで眺め、係わり合いになりたくなかったらしく、直ぐに自分の部屋に戻ろうとして、既に個室のドアノブを回していた。
「どあああい、ちょい待ち!!」
個室の扉に手をかけた通武を見て慌てた俊輔は、洗濯籠を持ったまま急いで靴を脱ぎ捨てると、リビングの方へ転がり込んだ。
「…何だ」
その慌てように、ドアノブを握ったまま思わず返事をしてしまった通武に、俊輔はいや~と引きつった笑みを浮かべる。
いきなり用件を告げるのも気が咎めて、とりあえず社交辞令を口にすることにした。
「えっと、夜遅くまで部活お疲れさん。」
「…何か用か」
「いやねー用っつーかなんつーか。」
「用が無いなら呼び止めるな。」
俊輔が言いよどんでいると、通武は冷たく言い放ちながらドアを空けて中へ入ろうとした。
それに慌てた俊輔が「あー待った待った待った!!!」と騒ぎ立てて引き止めると、通武は不機嫌そうな顔をこちらに向けて、先ほどよりも低い声色を出した。
「用があるならさっさと言え。用が無いならさっさと消えろ。」
「相も変わらずきついのね…。」
通武の言い草にぐさっと傷付いた俊輔だったが、折角捕まえた魚をここで逃がすわけにはいかなかった。
可能性があるならば、使わない手はない。
これも自分の最後を美しくカッコよく決めるためだ。
よし、と意気込んだ俊輔は、心の中で祈りながら、恐る恐る問いかけた。
「えーつかぬ事をお聞きしますけども。」
「あぁ」
「久坂君は男の子、好きですか。」
「…。」
瞬間、何かが固まるような、ピシ、という音が聞こえた様な気がした。
俊輔は引きつった笑みを浮かべたまま、その音の発生源が通武であるという事に気が付いた。
通武は涼しい顔を固まらせたまま、黙って俊輔を凝視している。
勿論、良い答えが聞けそうにもないということは、彼の半そでから除く腕の鳥肌が、何よりも雄弁に語っていた。
しまった、と思うが早いか、僅かに足を動かそうとした瞬間、カッと通武の目が見開かれ、半開きになったドアの中から黒光りした木刀が姿を見せた。
やっぱり!!と青い顔をした俊輔が謝ろうと口を開きかけたときにはもう遅かった。
「貴様やはり変質者だったのだな!!!」
「ぎゃあああああ!!!違います違います!!!勘違いですぅううう!!!」
「問答無用!!」
例によって見事な太刀さばきで容赦無く切りかかってきた通武を前に、俊輔は必死で洗濯籠をガードに当てて死に物狂いで逃げ回ったのだった。
勿論洗った洗濯物はリビングの四方八方に飛び散り、俊輔と通武に踏まれ、よれよれのグチャグチャになっていたが、生憎俊輔の目には血走った目の通武と、黒光りして如何にも固そうな木刀しか映っていなかったのである。
「この間は上手く言い逃れたつもりだろうが、やはり機を狙っていたのだな!!外道が!!」
「違うって!!おれじゃねぇ!!おれは女の子が好きなんだって!!」
「では今の言葉は何だ!!」
「それを今から説明するんだろうが!!理由も聞かずに斬りかかってんじゃねぇよ!!毎度毎度人の話をよく聞きもしねぇで!!バカじゃねぇのか!!!」
「なんだと貴様、もう一度言ってみろ!!」
バカと言われた通武が激昂して目を吊り上げながら木刀を振りかざしたその瞬間だった。
ズドン!!
という凄まじい重低音の爆発音が聞こえたかと思うと、俊輔と通武の間を何か小さなものがとてつもない速さですり抜けて、壁にめり込んだ。
「…」
「…」
思わず二人が動きを止めると、その間からふわり、と火薬の香りが漂った。
それは奇しくも通武の木刀が俊輔の持っていた洗濯籠に当たるとのと同時であり、俊輔と通武はお互いにキョトンをした顔をして壁を見た。
そこには小さな穴が空いて、細い白煙が上がっている。
通武と俊輔は、真顔で顔を見合わせ、「それ」が飛んできた方向へ同時に顔を向けた。
そこには思ったとおり。
「次はねぇ、って言ったよなぁ。」
額に青筋を浮き上がらせ、件の黒光りするリボルバーを構えている、ヤクザの跡取り、和田小五郎がいた。
小五郎は大層ご立腹の様子で、吸っていたタバコがギリギリとかみ締められて、灰がボロボロと床に落ち、一発撃ったリボルバーは既にコッキングされ、いつでも発射準備ができている状態だ。
その般若の様な顔を見た俊輔は、反射でぶわっと溢れるように涙腺が緩み、通武の木刀を洗濯籠でガードしたままの体制で、消え入る様な震えた声で「すいません…」と呟いたのだった。