好死を望まんと欲す
春の風はまだ冷たさが残っている。
だが、お陰で夜空を仰ぐと綺麗な星が目に映った。
俊輔はボンヤリとした顔で、一人屋外の洗濯干し場で乾いた洗濯物を取り込んでいた。
夜だが、俊輔と同じ様に洗濯物を取り込んでいる生徒がチラホラと見受けられる。
乾いたタオルを洗濯ばさみから外しながら、俊輔は本日のダニエルの言葉を思い出していた。
同室の連中が協力をしてくれたら、か。
ハッキリ言って、自分の人生のフィナーレを彼等と一緒に、なんて全く考えていなかった。同室になった当初から、「気が合わなそうな連中だ」という認識が有り、深く干渉せずに上手く付き合えればそれで良いと思っていたし、相手もそうなんだろうと俊輔は思っていた。
何しろ、それぞれが余りにも毛色が違い、これまで付き合ってきた友人関係のどの人種にも当て嵌まらないクセの強い連中だ。
仲良くしようなんて、初めに会った時から念頭に無い。
俊輔の思惑は見事に当たったらしく、他の三人も、特に同室の誰かと仲良くなるわけでもなく、個々で自分の時間を過ごしているようだったし、俊輔に至っては、完璧に「同室者」ではなく「便利なお手伝いさん」という認識だった。
だが、本日のダニエルの言葉を頭の中で反芻しながら、俊輔は「その手があったか」と両目から鱗がポロポロと落ちて、急に視界がクリアになった気がした。
全くその通りだ。
彼等を利用しない手はない。
何せ特殊な人種の集まりだ。
彼等と仲良くなりたいと思っている連中は山のようにいる。
ここ数日預かっているこれまた山のような手紙がいい証拠だった。
「おれとは違って稀な才能を持っている奴等だもんな…。」
彼等と手を組めば、俊輔の野望が叶う可能性は限りなく高くなる。
「でも、手を組むってもな…。」
俊輔は一人うーんと唸りながら、乾いたシャツを洗濯籠の中に入れた。
彼等三人から受ける俊輔の認識はほとんど「下僕」と言って良い。
せめて同等の立場には立ちたいが、俊輔には彼等の隣に並べるような他人に誇れる「特技」というものが無い。
自分が彼等よりも下に見られているのは自分に「芸」が無いからで、他の三人が干渉こそしないものの、お互いの存在を否定しないのは、それなりのスキルを評価し、認めている証拠だ。
それでは他に彼等の協力を得られるような、何か良い案は無いだろうか。
そう思案しながら今にも溢れ出しそうな洗濯物を入れたカゴを「よっこいしょういち」と呟きながら持ち上げると、何やら洗濯干し場の奥から妙なリップ音が聞こえて、俊輔は暗闇に目を細めてそちらを眺めた。
すると、そこには夢中でちゅっちゅ、と音を立てながらキスを交す恋人達の姿。
勿論オスとオスの恒例のアレだ。
よもやこんな所で盛りだすとは、若いって怖いわ、と俊輔は完全に自分を若者と忘れた考えを頭に浮かべた。
息継ぎの間に悩ましい喘ぎ声が聞こえて、片方の少年の手が、もう片方の少年のシャツの中に差し入れられるのを、俊輔は胡乱な目をしながら眺めて、一つ溜息を零す。
男同士でああいう気分になれるのが未だに理解できない。
ペタンコの胸、くびれの無い腰、固い身体、濃い体毛。このどれに関しても俊輔の胸をトキめかす要素は無い。だが、絡み合っている連中の顔を見る限り、かなり気持ち良さそうである。
まぁ男ってのを抜けば恋人同士なんだから当たり前か、と俊輔は脱力したようにまた一つ溜息をついた。
好きな相手だと死ぬほどイイ、と言った類の話は何回も聞いている。
「しかしまぁ、男相手に甘やかしたり甘やかされたりって正直どうなんだか…。」
タチならまだ男としての尊厳を守られるから良いかもしれないが、完全な受身になる、というのは男としてどうなんだろう。プライドが傷付いたりとかしねーのかな、とどうでもいい事を考えながら、俊輔は目の前で繰り広げられる痴態をボンヤリと眺めた。
だが、そこまで考えて俊輔の脳裏に「ある可能性」が過ぎった。
いや、待てよ。
甘やかす?恋人?
ボンヤリとそのキーワードを頭の中で反芻しながら、俊輔は本日預かった色取り取りの紙を思い出した。
手紙、恋人、成就、恩人、仲介人…。
様々な単語が俊輔の脳内をグルグルと周り、それが一つの糸に繋がり、洗濯干し場の奥から悩ましげな喘ぎ声が途切れ途切れに聞こえてきたその時だった。
「そうか!!!」
急に脳内の40ワット電球にペカッと光が灯り、俊輔は大声を出し、洗濯籠を取り落とした。
その声とドサドサ、と派手な音を立てて床に落ちた洗濯物と洗濯籠に、いちゃいちゃとしていたカップルが驚いてこちらを凝視したが、俊輔の頭はそれどころではなかった。
「これだ…」
何やら一人でブツブツと呟き始めた俊輔を、カップルが怪訝な顔をして眺めていたが、俊輔はいい考えが浮かんだ事で頭が一杯になっていた。
それから俊輔はハッと思い出した様にケータイを取り出すと時刻を確認する。
今日はそこまで洗濯物が多くなかったので、珍しく早い段階で終わっている。
俊輔は時刻を確認して、よし、と頷くと急いで落とした洗濯物を籠に拾い集め始めた。
その俊輔の不審な行動を凝視しているカップルの視線に気がついた俊輔は、途端にさわやかな笑顔を振りまくと、洗濯籠を持ったまま、深々とカップルに頭を下げた。
「どうも!!お邪魔しました!!」
「はぁ…」
「あ、続きどうぞ!!遠慮なく!!」
ニコニコと上機嫌に笑いながらそう言うと、俊輔は洗濯籠を抱えたまま、部屋へ戻ろうと踵を返す。
残されたカップルは、ぽかんと口をあけたまま、去ってゆく俊輔の背中をじっと見詰めていた。
廊下を歩くその足取りは軽く、俊輔は自分の考えた「いい案」に、途端に世界が輝いて見え初めてきたのだった。
だが、お陰で夜空を仰ぐと綺麗な星が目に映った。
俊輔はボンヤリとした顔で、一人屋外の洗濯干し場で乾いた洗濯物を取り込んでいた。
夜だが、俊輔と同じ様に洗濯物を取り込んでいる生徒がチラホラと見受けられる。
乾いたタオルを洗濯ばさみから外しながら、俊輔は本日のダニエルの言葉を思い出していた。
同室の連中が協力をしてくれたら、か。
ハッキリ言って、自分の人生のフィナーレを彼等と一緒に、なんて全く考えていなかった。同室になった当初から、「気が合わなそうな連中だ」という認識が有り、深く干渉せずに上手く付き合えればそれで良いと思っていたし、相手もそうなんだろうと俊輔は思っていた。
何しろ、それぞれが余りにも毛色が違い、これまで付き合ってきた友人関係のどの人種にも当て嵌まらないクセの強い連中だ。
仲良くしようなんて、初めに会った時から念頭に無い。
俊輔の思惑は見事に当たったらしく、他の三人も、特に同室の誰かと仲良くなるわけでもなく、個々で自分の時間を過ごしているようだったし、俊輔に至っては、完璧に「同室者」ではなく「便利なお手伝いさん」という認識だった。
だが、本日のダニエルの言葉を頭の中で反芻しながら、俊輔は「その手があったか」と両目から鱗がポロポロと落ちて、急に視界がクリアになった気がした。
全くその通りだ。
彼等を利用しない手はない。
何せ特殊な人種の集まりだ。
彼等と仲良くなりたいと思っている連中は山のようにいる。
ここ数日預かっているこれまた山のような手紙がいい証拠だった。
「おれとは違って稀な才能を持っている奴等だもんな…。」
彼等と手を組めば、俊輔の野望が叶う可能性は限りなく高くなる。
「でも、手を組むってもな…。」
俊輔は一人うーんと唸りながら、乾いたシャツを洗濯籠の中に入れた。
彼等三人から受ける俊輔の認識はほとんど「下僕」と言って良い。
せめて同等の立場には立ちたいが、俊輔には彼等の隣に並べるような他人に誇れる「特技」というものが無い。
自分が彼等よりも下に見られているのは自分に「芸」が無いからで、他の三人が干渉こそしないものの、お互いの存在を否定しないのは、それなりのスキルを評価し、認めている証拠だ。
それでは他に彼等の協力を得られるような、何か良い案は無いだろうか。
そう思案しながら今にも溢れ出しそうな洗濯物を入れたカゴを「よっこいしょういち」と呟きながら持ち上げると、何やら洗濯干し場の奥から妙なリップ音が聞こえて、俊輔は暗闇に目を細めてそちらを眺めた。
すると、そこには夢中でちゅっちゅ、と音を立てながらキスを交す恋人達の姿。
勿論オスとオスの恒例のアレだ。
よもやこんな所で盛りだすとは、若いって怖いわ、と俊輔は完全に自分を若者と忘れた考えを頭に浮かべた。
息継ぎの間に悩ましい喘ぎ声が聞こえて、片方の少年の手が、もう片方の少年のシャツの中に差し入れられるのを、俊輔は胡乱な目をしながら眺めて、一つ溜息を零す。
男同士でああいう気分になれるのが未だに理解できない。
ペタンコの胸、くびれの無い腰、固い身体、濃い体毛。このどれに関しても俊輔の胸をトキめかす要素は無い。だが、絡み合っている連中の顔を見る限り、かなり気持ち良さそうである。
まぁ男ってのを抜けば恋人同士なんだから当たり前か、と俊輔は脱力したようにまた一つ溜息をついた。
好きな相手だと死ぬほどイイ、と言った類の話は何回も聞いている。
「しかしまぁ、男相手に甘やかしたり甘やかされたりって正直どうなんだか…。」
タチならまだ男としての尊厳を守られるから良いかもしれないが、完全な受身になる、というのは男としてどうなんだろう。プライドが傷付いたりとかしねーのかな、とどうでもいい事を考えながら、俊輔は目の前で繰り広げられる痴態をボンヤリと眺めた。
だが、そこまで考えて俊輔の脳裏に「ある可能性」が過ぎった。
いや、待てよ。
甘やかす?恋人?
ボンヤリとそのキーワードを頭の中で反芻しながら、俊輔は本日預かった色取り取りの紙を思い出した。
手紙、恋人、成就、恩人、仲介人…。
様々な単語が俊輔の脳内をグルグルと周り、それが一つの糸に繋がり、洗濯干し場の奥から悩ましげな喘ぎ声が途切れ途切れに聞こえてきたその時だった。
「そうか!!!」
急に脳内の40ワット電球にペカッと光が灯り、俊輔は大声を出し、洗濯籠を取り落とした。
その声とドサドサ、と派手な音を立てて床に落ちた洗濯物と洗濯籠に、いちゃいちゃとしていたカップルが驚いてこちらを凝視したが、俊輔の頭はそれどころではなかった。
「これだ…」
何やら一人でブツブツと呟き始めた俊輔を、カップルが怪訝な顔をして眺めていたが、俊輔はいい考えが浮かんだ事で頭が一杯になっていた。
それから俊輔はハッと思い出した様にケータイを取り出すと時刻を確認する。
今日はそこまで洗濯物が多くなかったので、珍しく早い段階で終わっている。
俊輔は時刻を確認して、よし、と頷くと急いで落とした洗濯物を籠に拾い集め始めた。
その俊輔の不審な行動を凝視しているカップルの視線に気がついた俊輔は、途端にさわやかな笑顔を振りまくと、洗濯籠を持ったまま、深々とカップルに頭を下げた。
「どうも!!お邪魔しました!!」
「はぁ…」
「あ、続きどうぞ!!遠慮なく!!」
ニコニコと上機嫌に笑いながらそう言うと、俊輔は洗濯籠を抱えたまま、部屋へ戻ろうと踵を返す。
残されたカップルは、ぽかんと口をあけたまま、去ってゆく俊輔の背中をじっと見詰めていた。
廊下を歩くその足取りは軽く、俊輔は自分の考えた「いい案」に、途端に世界が輝いて見え初めてきたのだった。