好死を望まんと欲す

かくして、顔を紅く染め「ありがとう!」と言って去って行った少年の背中を眺めながら、どこか遠い目をしてしまった俊輔だったが、彼と同じ様に俊輔を尋ねてきた面々を思い出し、「いい子じゃん。」と思い直す。

本日、一番インパクトがあったのは、ガッチリ体系の三年生の先輩だった。

高校生であることを疑うほどの厳つい青年が頬を染めながら「和田小五郎にこれを渡してくれ」とピンク色の封筒を差し出した時、俊輔は言葉にならない様な衝撃を受けた。
それに比べれば今のは可愛いものだ。顔も女の子寄りだったし、中性的な感じだった。
納得だ。あり得る。青春だ。

「青春…」と呟いて、俊輔が甘酸っぱい残り香を鼻一杯に吸い込んでいると、目の前のダニエルが遠い目をして呟いたのが耳に入った。

「モテるなぁ、お前の同室者達は…。」

「いや、全く。」

そう言って俊輔は机に横に掛けてある鞄のチャックを開けると、その中には色とりどりの便箋が鞄の中に所狭し、と詰め込まれている。
俊輔はその中に、預かった手紙を丁寧に仕舞いこんだ。その俊輔の行動を目で追っていたダニエルは、胡乱な目をしてポツリ、と零した。

「つうかさ、お前はヒーローがどうの、と言う前に、同室者との関係をどうにかすべきだと思うけどな…。」

「語弊がある言い方はやめろよ、ダニエル…。」

俊輔が苦い顔をすると、ダニエルは涼しい顔をして「だってさ」と続ける。

「目にそんなクマができるのも、ヒーローがどうだっつー以前に、睡眠時間が少ないからだろ。お前だけが仕事を一手に引き受けなきゃなんねぇなんて、お前の部屋の連中、ちょっとひでぇよ。」

「それなのにモテるなんて腹が立つだろ?」と真面目な顔をして怒った様に話すダニエルを見ながら、俊輔はへらへらと笑った。

「お前んとこの部屋の奴がいい奴過ぎるんだって。」

そう言った俊輔の言葉に、ダニエルは口を尖がらせて「そーかもしれないけど」とぼやいた。ダニエルの同室者は政経科、スポーツ科、医学科がそれぞれ一人ずつ。そして普通科のダニエルの四人だが、上手く付き合っているらしく、仕事もほぼ平等にローテンションしているという珍しい部屋だった。

しつこいようだが、普通科というのは他学科に蔑まれる傾向が強い。
実際この数日間、一人で仕事を任された俊輔だが、仕事で顔なじみになるほとんどが普通科の生徒だった。
円滑にローテンションが機能している部屋は少ないのかもそれない、と俊輔は思う。

ダニエルは運が良い。

だが、俊輔一人が仕事を担う状況を「おかしい」と非難してくれる人間が一人でも居ることが嬉しかった。知り合ってまだ間もないが、ダニエルは心から俊輔を心配してくれている。

ダニエルは本当に良い奴だ。

だが、俊輔が仕事を一手に引き受けて、文句を言わないのにはそれなりの理由があった。

「いーのいーの。おれ、家事好きだしな。」

へらへらと笑ってやると、ダニエルは眉を顰めて「本当かよ」と呟いた。
それに俊輔が軽く頷くと、まだ納得していないようにダニエルが渋々と「分かった」と言った。

「でもさ、嫌になったりとかしたら、俺の部屋に来いよ。匿ってやるから。」

「まじっすか。」

「マジマジ。」

「なにそれ。超嬉しいんですけど!!やばい惚れそう!!ダニエル好き!!結婚して!!」

俊輔が飛び付いて来たのをサッと避けて、俊輔が前の机に一人突っ込んで派手な音を立ててすっころんだのを見て、ダニエルが爆笑した。

「ははは、それにうちの部屋の奴が、俊輔のこと可愛いって言ってたし、お前が来たらきっと喜ぶよ。」

それを聞いた俊輔が起き上がり、机を元に戻しながら心底嫌そうに顔を顰めた。

「うそ。なにそれやべえよ。どういうことだよ。」

「いや、なんか。どこにでもいそーな、ふつーなとこが堪らんらしい。」

「わあやばそう。分かった。おめーの部屋は死んでも行かねーわ。」

「大丈夫、大丈夫!!守ってやるから!」

そう言ってゲラゲラと笑ったダニエルを見ながら、マジだな、と俊輔は何度も確認し、その度にダニエルが頷いたのだった。

それを遠巻きに眺めているクラスメイト達は、ひそひそと二人の事について話している事に二人は気が付かなかったが、その眼差しはやけに生温かかった。

「仲良いよな、あの二人…」

「いいよね~ラブラブで。」

俊輔とダニエルが仲睦まじげに話しているのを見て、友情を育んでいる本人達には大変に不本意だったが、周りからは俊輔とダニエルはデキている、と認知されていたのだった。

そして一通りじゃれあった後で、「あ、でも」とダニエルが零した言葉に、俊輔が首を傾げると、ニコニコと笑いながら、ダニエルが言った。

「お前んとこの連中が協力してくれたら、叶いそうだけどな。」

「何がだよ。」

ダニエルの唐突の発言に、俊輔は思わず怪訝な顔をしてしまったが、ダニエルはその顔を見て呆れた様に笑ったのだった。

「何って、自分で言ってたんじゃんよ。ヒーローになるにはどうしたら良いか、ってさ。」



それを聞いた瞬間、俊輔の目から鱗が落ちたのは言うまでも無かった。
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