覚悟(前編)
ガキ扱いしてんじゃねぇよ、と悪態を垂れる九条に、ガキ意外の何者だというんだ、と真悟は苦笑したが九条のプライドのために口には出さないでおいた。
「さ、そしたらきちんと家に帰りたまえ、そうしたまえ。」
そう言って九条の背中を盛大に叩いてやると、九条は眉間にくっきりと深い皺を寄せたまま、くるりと踵を返して駅方面へ向かっていく
「おいおい、そっちは家じゃないぞ。」
声を張る真悟に「うるせぇな!!」と苛立たしげに返した九条を見送りながら真悟は溜息をついた。
朝の人気 のない路地裏を通り抜けて、大通りに出た九条は雑踏の中に紛れ込んで行く。
恐らくはまたどこか違う根城を求めて街中をふらふらとするつもりだろう。
九条の首根っこを捕まえて家まで引きずって行くのは簡単だが、いかんせん新幹線の時間が迫っている。
真悟はふむ、と呟いて腕時計を眺めたままタクシーをつかまえると、スーツケースをトランクに押し込みながら考えた。
もうすぐ九条の姉が帰ってくるのだから、近いうちには帰るだろう、と真悟はトランクをバンと締めた。
「(しかしまぁなんともはや。大雅らしくないこと。)」
そう思いながらタクシーの乗り込むと運転手に手短に行き先を告げる。
だがそこまで気にするという事は、その喧嘩の相手は少なくとも「どうでも良い相手」ではないはずだ。
少なくとも彼にとって、三日三晩悩ませる程には。
そんな相手が九条にも出来たのかと思うと、何やら感慨深い。
「ま、好きなだけ、存分に悩みたまえ。」
たまの逃げ場ならいくらでも提供はしてやろう。
そう言ってタクシーの窓から見えた見栄えの良いシルエットを眺めながら、真悟はにこ、と笑ったのだった。
「なぁ!!千葉隆平は!?」
「…。」
黙ったまま自分の席に座りパソコンを操る康高に三浦は大きな目を瞬かせると首を傾げた。
それから全く三浦の方を見ようとしない康高を下から覗き込むようにしてしゃがんでみるが、やはり反応のない康高に、益々首を傾げる。
それから「よっこいせ」と立ち上がると、康高の横に立ち、三浦は大きく息を吸い込んだ。
「なぁああああー!!千葉隆平はぁああ!!??」
キーンと効果音が付きそうな大声で叫ばれて、康高は、フラ、と一瞬意識が飛びそうになるのをどうにか耐え抜いて、ガンガンとする頭を抱えながら、きょとんとしている三浦を見た。
すると、ようやく気が付いて貰えた、というように嬉しそうな顔をした三浦がさっきと同じボリュームのままで「おはよお!!比企康高!!!!!」と叫んだものだから、康高はノートパソコンで三浦の頭を殴ってしまい、教室は一時騒然となったのだった。
「だって返事しねぇし、聞こえてねぇのかと思うじゃん!!」
「普通の人間ならそこで『あ、もしかして俺無視されているかも』と気が付くんだよ。」
殴られた箇所を擦りながら康高の机の前の椅子に座った三浦は恨みがましい目をして康高を眺めていた。
その視線に応えず、エラー表示の出たノートパソコンの修復に当たりながら康高は淡々と作業を進めていた。それに少しムッとした様子の三浦がそのまま立ち上げると身を乗り出して康高に迫る。
「人を無視しちゃいけないって教わらなかったのかよ、メガネバカ!!!」
「お前…声のボリュームをそれ以上あげてみろ。次は机だからな」
そう言った康高の地の這う様な声に、三浦は唇を尖らせると、黙って席に座った。
「で、千葉隆平は?」
やはりそれに辿り着くのか、と康高は溜息をつく。
この男ときたら朝から教室に入ってくるなりこれだ。
隆平に纏わりつくようになってから朝からきちんと登校するようになった三浦の変わりように、担任が隆平に感謝したのは言うまでもなかった。
まぁ、時たま授業を抜けて不良仲間といる所は見掛けたが、基本三浦は隆平の近くで過ごす事が多かった。
隆平の近くで過ごすということは必然的に康高といる時間も増えるわけで。
それに伴い、ここ数日で三浦の仲間が、廊下ですれ違う隆平や康高にも普通に挨拶をするようになって来たのを、康高は快く思っていなかった。
だが流石にあの三浦の仲間というだけあって、隆平に危害を加えるような事はしなかったが、派手な不良に話かけられる度、白目になる隆平が哀れで仕方ない。
不良達や三浦に全く悪気がないのが厄介だった。
しかしなぜここまで三浦は隆平に懐くのだろうか。
こうして朝から隆平の姿が見えないだけでしつこく聞いてくる。
康高は三浦にちら、と視線を移す。そこには変わらず大きな目をぐりぐりと見開いて康高の返答を待つ三浦の姿。
「(丁度いい。)」
隆平がいない間にこいつの本心を聞き出しておく絶好の機会だ。
「こっちも聞きたいことがある。」
康高が真面目な声を出すと、三浦は別段構えた様子もなく「いいよ」と答えた。
「でも、その前に千葉隆平!!!」
そう言った三浦に康高は、ようやく機能しだしたパソコンを眺め、顔色一つ変えずに「あぁ」と生返事を返すと無表情で言ってのけた。
「あいつは、今日病院だ。」
言った瞬間。
三浦の顔が強張ったのを、康高は見逃さなかった。
「さ、そしたらきちんと家に帰りたまえ、そうしたまえ。」
そう言って九条の背中を盛大に叩いてやると、九条は眉間にくっきりと深い皺を寄せたまま、くるりと踵を返して駅方面へ向かっていく
「おいおい、そっちは家じゃないぞ。」
声を張る真悟に「うるせぇな!!」と苛立たしげに返した九条を見送りながら真悟は溜息をついた。
朝の
恐らくはまたどこか違う根城を求めて街中をふらふらとするつもりだろう。
九条の首根っこを捕まえて家まで引きずって行くのは簡単だが、いかんせん新幹線の時間が迫っている。
真悟はふむ、と呟いて腕時計を眺めたままタクシーをつかまえると、スーツケースをトランクに押し込みながら考えた。
もうすぐ九条の姉が帰ってくるのだから、近いうちには帰るだろう、と真悟はトランクをバンと締めた。
「(しかしまぁなんともはや。大雅らしくないこと。)」
そう思いながらタクシーの乗り込むと運転手に手短に行き先を告げる。
だがそこまで気にするという事は、その喧嘩の相手は少なくとも「どうでも良い相手」ではないはずだ。
少なくとも彼にとって、三日三晩悩ませる程には。
そんな相手が九条にも出来たのかと思うと、何やら感慨深い。
「ま、好きなだけ、存分に悩みたまえ。」
たまの逃げ場ならいくらでも提供はしてやろう。
そう言ってタクシーの窓から見えた見栄えの良いシルエットを眺めながら、真悟はにこ、と笑ったのだった。
「なぁ!!千葉隆平は!?」
「…。」
黙ったまま自分の席に座りパソコンを操る康高に三浦は大きな目を瞬かせると首を傾げた。
それから全く三浦の方を見ようとしない康高を下から覗き込むようにしてしゃがんでみるが、やはり反応のない康高に、益々首を傾げる。
それから「よっこいせ」と立ち上がると、康高の横に立ち、三浦は大きく息を吸い込んだ。
「なぁああああー!!千葉隆平はぁああ!!??」
キーンと効果音が付きそうな大声で叫ばれて、康高は、フラ、と一瞬意識が飛びそうになるのをどうにか耐え抜いて、ガンガンとする頭を抱えながら、きょとんとしている三浦を見た。
すると、ようやく気が付いて貰えた、というように嬉しそうな顔をした三浦がさっきと同じボリュームのままで「おはよお!!比企康高!!!!!」と叫んだものだから、康高はノートパソコンで三浦の頭を殴ってしまい、教室は一時騒然となったのだった。
「だって返事しねぇし、聞こえてねぇのかと思うじゃん!!」
「普通の人間ならそこで『あ、もしかして俺無視されているかも』と気が付くんだよ。」
殴られた箇所を擦りながら康高の机の前の椅子に座った三浦は恨みがましい目をして康高を眺めていた。
その視線に応えず、エラー表示の出たノートパソコンの修復に当たりながら康高は淡々と作業を進めていた。それに少しムッとした様子の三浦がそのまま立ち上げると身を乗り出して康高に迫る。
「人を無視しちゃいけないって教わらなかったのかよ、メガネバカ!!!」
「お前…声のボリュームをそれ以上あげてみろ。次は机だからな」
そう言った康高の地の這う様な声に、三浦は唇を尖らせると、黙って席に座った。
「で、千葉隆平は?」
やはりそれに辿り着くのか、と康高は溜息をつく。
この男ときたら朝から教室に入ってくるなりこれだ。
隆平に纏わりつくようになってから朝からきちんと登校するようになった三浦の変わりように、担任が隆平に感謝したのは言うまでもなかった。
まぁ、時たま授業を抜けて不良仲間といる所は見掛けたが、基本三浦は隆平の近くで過ごす事が多かった。
隆平の近くで過ごすということは必然的に康高といる時間も増えるわけで。
それに伴い、ここ数日で三浦の仲間が、廊下ですれ違う隆平や康高にも普通に挨拶をするようになって来たのを、康高は快く思っていなかった。
だが流石にあの三浦の仲間というだけあって、隆平に危害を加えるような事はしなかったが、派手な不良に話かけられる度、白目になる隆平が哀れで仕方ない。
不良達や三浦に全く悪気がないのが厄介だった。
しかしなぜここまで三浦は隆平に懐くのだろうか。
こうして朝から隆平の姿が見えないだけでしつこく聞いてくる。
康高は三浦にちら、と視線を移す。そこには変わらず大きな目をぐりぐりと見開いて康高の返答を待つ三浦の姿。
「(丁度いい。)」
隆平がいない間にこいつの本心を聞き出しておく絶好の機会だ。
「こっちも聞きたいことがある。」
康高が真面目な声を出すと、三浦は別段構えた様子もなく「いいよ」と答えた。
「でも、その前に千葉隆平!!!」
そう言った三浦に康高は、ようやく機能しだしたパソコンを眺め、顔色一つ変えずに「あぁ」と生返事を返すと無表情で言ってのけた。
「あいつは、今日病院だ。」
言った瞬間。
三浦の顔が強張ったのを、康高は見逃さなかった。