覚悟(前編)
「でもさぁ、会わずに済むならこのまま一ヶ月過ぎてもそれはそれで構わないような気も…。」
そう言いかけた隆平はハタ、と止まり「いや待てよ」と唸った。
九条と対面せずに罰ゲームが全うできるならそれに超したことはないが、それでは隆平の「復讐」が果たせない。
今まで嫌な思いをしながらも我慢して続けてきたのに、ここで九条が投げ出してしまったのでは話にならない。
眉間に皴を寄せて考え込む隆平に康高が横目でその顔を捉えた。
「何を面白い顔をしているんだ。」
「いや、何回も言うけど生まれてこのかたずっとこの顔なんだよ!」
康高の失礼な発言に律儀に突っ込みを入れてから、隆平はガリガリと頭を掻いた。
「いや全然構わなくなかったんだよ!!あいつが来ないとおれの復讐が成立しない!!」
「ほお。」
「復讐する相手がいないんじゃ意味がない…!!何のためにここまで奴の横暴に耐えてきたか分からん…!!」
「ふんふん。」
「おのれ~…!!おれの自尊心を傷つけた報いを受けさせ、奴を不幸のどん底へ落とし入れるおれの作戦がぁああ…。」
「…ふーむ。」
頭を抱えて悩む隆平を他所に、康高その様子を黙って見ていた。
思い悩む隆平を見て何か考えていたようだが、不意に隆平を置いて一人歩き始めた。
それに気が付いた隆平は「ん?」と首をかしげる。道端で突っ立っていた隆平を置いて、康高がどんどん先へ行ってしまうのを見ながら、「おい!」と非難めいた声をあげて、隆平は唇を尖らせた。
「こら、親友が悩んでいる時に何置き去りにしてくれてんだよ!!」
そう言って急いで康高の隣に並ぶと、康高は前を向いたまま顎に手を当てて、しばらく何か思い悩むように考える素振りを見せた後、静かに隆平に話かけてきた。
「隆平。」
「なんだよ」
少しぞんざいな返事をするが、特にそれを康高が気に留めた様子はなく康高は口を開いた。
「もし万が一、この罰ゲームで被害を被ったのがお前だけじゃないとしたらどうする。」
「え?」
康高の問いかけに、隆平はきょとんとした顔をした。
唐突に言われた言葉の意味がよく理解できなかったらしい。
妙な顔をして、今康高が言った言葉を頭の中で反芻しながら、やはり理解ができなかったのか目を細めて首を傾げた。
だが康高はそんな隆平に構わずに話を続ける。
「この罰ゲームは基本、お前と九条がプレイヤーということになるが、そんな単純なものじゃない。お前は今は被害者かもしれないが、場合によって状況が一変することがある。」
「…?意味がよく…」
わかんないんだけど、と隆平は怪訝な顔をした。
康高の言い方だと、この罰ゲームで自分以外にも何かしら傷付けられた人物がいるということになるが「状況が一変する」というのは一体どういうことなのだろうか。
耳に届く康高の言葉がどこか真剣味を帯びていて、隆平は思わず顔が強張るのを感じた。
夕日が照らすオレンジ色の町の中で二人。
見慣れた町の中で、こんなに真面目な康高を見たのは久しぶりだった。
康高の顔が笑っていないのを確認した隆平は眉を潜める。
そんな隆平を見て、康高は少し言うのを躊躇うような素振りを見せたが、決心をしたのか「つまり、」と前置いた。
「不可抗力ではあるが、お前がこの罰ゲームを行うことによって、誰かを傷つける可能性がある、ということだ。」
「え…。」
それこそ、隆平が想像もしなかった言葉だった。
「自分が九条と付き合うことで、自分の知らない誰かを傷つけるかもしれない、と考えたことがあるか?」
問われて、隆平は唖然としてしまった。考えたことがあるはずもなかった。
自分はこの罰ゲームの被害者であり、隆平は自分のためにこのゲームに参加しているのだ。他に被害者がいるなど、どうして考えるだろう。
しかも自分が加害者になっているという自覚などは一切無い。
「な、ない、…と思う…。」
ぽろ、と零れた言葉は、戸惑う隆平の心境を如実に表していた。
それを聞いた康高が少し顔を歪めたかと思うと、黙って前を向いて隆平から目を逸らす。
それからぽん、と隆平の頭を優しく叩くと、彼は小さく呟いた。
「…じゃあ、少し考えてみろ。」
そう言って康高は唖然と立ち尽くす隆平をそのままに、夕日が沈む町に向かって一人歩き始めた。
その背中をぼんやりと眺めたまま、隆平はハテナマークで一杯になった頭をフル稼働させようと必死になったが、康高の言った意味がよく分からなくて、ひどく混乱した。
「…なんだよ、それ。」
いきなり突き付けられたその言葉に、隆平は頭を捻る。
一体なぜそんなことを言われなければならないのか、全く見当がつかなかった。ぐるぐると考えを巡らせてみたが分からない。
そして隆平が気がついた時には、康高の背中はもうオレンジ色の街のどこにも見えなかった。