覚悟(前編)






波乱の調理実習が終わり、康高に何かを話終えた和仁が、去り際に冷めたハンバーグを口に入れて「んま~い」と言いながら、ニコニコと隆平と三浦に手を振って帰っていったのはもう二時間程前になる。
あれから隆平と三浦もハンバーグを口にしたが、冷めたハンバーグは意外と旨いものだった。

それから康高の元へ駆け寄ると、康高はどこか複雑な顔をしていた。






「三日、だなぁ。」

ぽつり、と呟いた隆平に、康高が暫く間を置いてから、それが何を表しているのか気が付いたようにして「あぁ」と答えた。

「そろそろ新聞に載るかもしれないな。『神代市内の高校生暴行事件で捕まる』」

「『動機はムシャクシャしてやった、と供述。』」

「『警察は他に余罪が無いか調査中。』」

「いやぁ、惜しい奴を亡くしたな。」

「棒読みか。」

僅かに笑いながら見下ろしてくる康高に、隆平は唇を尖らせる。
棒読みでも言ってやるだけ有難いと思えってんだ、と隆平はそっと呟いた。

九条が学校に来ないままで、三日目を終えた隆平は、久しぶりに康高と帰路についていた。
ここ一週間、罰ゲームの一環として九条と帰っていたのだが、奴がいないのであれば気にすることはない。
夕焼けで赤く色付いた町を突き進みながら、隆平は二人の影が地面に長く伸びているのを見て、わくわくと胸が躍るのを感じた。
それから康高と自分の影を眺めながら、変をポーズを取りながら影で遊び始める。

こうして康高と帰るのがやけに久しく感じられて、忘れかけていた平穏を取り戻した様な感覚に、隆平は小学生のようにはしゃいでいた。

「なにしょーもないことをやってるんだ。」

呆れた様に康高に言われれば、その小言さえ嬉しくて、隆平は康高の隣に駆け寄ると、歩道のブロック塀に乗って、軽い足取りで進んだ。ブロック塀の乗ってもまだ康高の方が身長が高いのは癪だが、今は気に留めること事もない。

「だって、お前と帰るの嬉しいんだもん。」

へへ、としまりのない顔で笑われて、康高が不愛想に「あ、そう。」と言いながら読んでいた本を片手に首をこきこき、と鳴らした。

「何がそんなに嬉しいのやら。家でも学校でも俺の顔なんぞ見飽きてるだろうに。」

そう言って静かに本のページを捲くった康高を見ながら、隆平は唇を尖らせた。

「分かってねーな。見飽きているからこそ安心するんじゃねーか。」

最近は見慣れない連中と付き合うようになり、今までの自分の居場所を奪われつつあった隆平にとって、見知った顔がいつもと変わらない調子で自分と接してくれるのはありがたい。
それが長年一緒にいる幼馴染ならば尚更だった。

「どんどん変わっていくおれの周りで、唯一いつもと同じなのはお前だけなんだもんな。」

そう言った隆平の方を見ると、康高は「そうか」と短く答えただけだった。

「なぁ。」

「ん?」

「さっき、大江先輩と何話してたんだよ。」

ブロック塀の上を両手でバランスをとって歩きながら隆平は、ふ、と気になって聞いてみると、康高は「んー」と間延びした声を漏らして「商売事。」と短く答えた。

「情報屋の?」

「そう。」

康高が短く答えるときは大抵「それは言いたくない。」という意思表示だった。
その返答に隆平は「ふーん」と素っ気無く答えて、ととと、とブロック塀の上を滑る様にして、一人先まで駆けてった。
康高が本から顔を上げると、振り返った隆平が少し怒っている様な顔をしていてた。

「何拗ねてんの。」

「別に拗ねてねぇよ。」

そう言ってふん、とそっぽを向いて歩き出した隆平に、まるでガキだな、と康高は苦笑する。教えて貰えないんで機嫌を損ねてしまったらしい。

「やきもち妬くなよ。」

「やいてねぇよ!!」

ぶすっとした隆平が依然としてこちらを見ない様子にやれやれ、と康高は呟くと怒る隆平に後ろから近づいてゆく。
コンパスの長さが違うため、直すぐに追いつくことができて、康高は隆平を追い越す際にじゃれる様にして、片手で隆平の頭をぐりぐり、と思いっきり撫でてやった。

それから何事もなかった用に隆平を追い越せば、撫で逃げに遭った隆平が康高の背中に弾丸の様に飛び付いて来て、康高は一瞬息の仕方を忘れた。

「わぁあああ!!やすたかさん!!おれを捨てないでぇえええ、おれ、お前が一番だからぁああ!!」

そう言って康高にしがみ付く隆平に、激突された勢いで外れかけた眼鏡をかけ直し、康高は体にひっついた隆平を引きずりながら歩き出した。

「そうかい、そりゃ良かったな。」

「愛してるよ康高ぁああああ。」

「うんうん、俺も俺も。」

言いながら延々と繰り返される攻防にようやく隆平に「比企康高は世界で一番親友の隆平君を愛している。」と無理矢理制約を誓わされて、事は収まった。
そうして二人の友情を確かめて満足している隆平に、それで、と康高が口を開いた。

「お前は、九条がどこに行ったか本当に分からないのか。」

「知るわけないだろ、おれが。」

おれが、と言った隆平の顔が苦々しく歪んだのを見て、康高は「そりゃそうだ」と頷いたのを見て、隆平は更に顔を歪ませた。

「だが、三日だ。とうとう向こうがゲームを投げ出した、という風には考えられないか。」

「おれに恐れをなしたのかな?」

「…。」

康高に酷く胡乱な目つきをされたような気がして、隆平は「冗談だよ」と疲れたように呟いた。
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