覚悟(前編)

隆平と三浦が、ハンバーグのタネをフライパンに乗せると、和仁が横から覗き込んでくる。
それに苛々としながら康高は「邪魔ですよ」と言ってフライ返しで和仁を制する。

「いいじゃ~ん。冷たいなぁやっくんは。それに今日はちゃんと用事があって来たのにさ~。」

ジュウジュウといい音を立てて焼けるハンバーグの香りを確かめながら、うっとりとする和仁に康高は目もくれず、フライパンに次々とタネを乗せていく。

「こんなところで商売するつもりはないんですがね。」

そう言って苦々しい顔をした康高に、和仁は少し驚いたように目を丸くした。

「よっくわかったねぇ~。」

「俺に用事なんてそれしか無いでしょうに。」

そう言って手際よくハンバーグを返すと良い色に焼けていて和仁は「う~ん上々。」と満足そうに笑みを浮かべた。

「じゃあ聞いてくれないのかなぁ?」

そう言って、和仁はニコニコとしながら良い具合に焼け色の付いたハンバーグに用意していた竹串を刺してゆく。
竹串で開いた穴からぷくり、と濁った液が出てくるのを確認した康高がもう一度それをひっくり返し、透明な液が出たものは和仁が差し出した皿に器用に乗せてゆく。
そんな康高を眺めながら、和仁はにっこりと笑った。

「情報を売ってくれるんなら、こっちも千葉君に関してのいい情報を教えちゃうんだけどな~。」

呟いた和仁に康高は、次々と焼け上がるハンバーグを皿に乗せながらあくまで表情を崩さないまま低い声を出した。

「アンタの良い情報とやらが信用の置けるものか確証がない。おまけに俺は心底不愉快だ。」

「あら、どうして。」

その問いに、和仁が首を傾げながら皿をテーブルに置いて、キッチンペーパーを渡してやると、それを菜箸で受け取った康高が真顔で答えた。

「アンタの口から隆平の名前が出ると思うと反吐が出そうだからだよ。」

そう言って康高はフライパンの油をキッチンペーパーに染み込ませながらふき取ってゆく。真っ白なキッチンペーパーが油で汚れていくのを見ながら、その手際の良さに「おかあさんみたいだねぇ、やっくんは…」と呟いた和仁の言葉が聞こえてないのか、はたまた故意に無視したのかは分からないが、それに答えることはなく、康高は淡々と話し続ける。

「第一、アンタからあいつに関して教えてもらう事なんて一つもない。」

康高が油を吸ったキッチンペーパーをゴミ箱へ放るのを眺めると、和仁は自然と口が緩んでいることに気が付いて慌てて手のひらで口元を押さえた。
そのどこか苛々とした様な康高の姿に、条件反射で思わず笑みが零れてしまったのだ。

「(どうしてこうも無自覚で青臭いかなぁ。)」

頭が良いと思ってきた康高だが、隆平がらみになるとまるで我侭で独占欲にまみれた子供のようにムキになり、大人びた外面が剥がれ落ちて途端に16歳の少年に戻ってしまう。
そのギャップが堪らなくおかしくて、和仁はニヤニヤとした口元を押さえつける様にしながら、康高の方へ近づいた。

康高はその和仁の行動に疎ましそうな顔をしたが、特にアクションは起こさず、手際良く洗物をしている。
手が泡だらけの康高の隣で、水の音で周りに聞こえないと知りながら、和仁はわざと大きな声を出した。

「それが、千葉くんの身の危険に関わることでもそんな口きけるの?」

僅かに低めの声で囁かれて、康高の眉が潜められる。
その反応に「どうだ」と言わんばかりに和仁は笑みを深めた。

「…。」

僅かな沈黙のあと、康高の口から舌打ちが聞こえて、和仁はかかった、と心の中でガッツポーズをした。

和仁の言葉がある種の警告であると気が付いた康高は苦々しげに顔が歪ませてから、少し乱暴に食器を扱う。
隆平をダシにする和仁の狡猾さに、思わず洗っていたまな板の角でぶん殴ってやろうか、と物騒な事を考えたが、それを全て分かった上で隆平のやりたいようにさせている。
康高は重いため息をついた。

「何が知りたいんですか。」

そう聞くと和仁はニッ、と笑って皿の水を切りながら手短に答えた。

「南商三年の梶原大和について、できる限りの情報を売ってほしいんだけど。」

そう言った瞬間、康高の手がぴたり、と止まったのを見たが、構わず和仁は皿を濯いでいく。それから何気ない調子で声をかけた。

「やっぱり、ね。」

土曜はお世話様、と言われて康高は一気に自分が冷静になっていくのが分かった。





「仲良いなぁ。あの二人。」

「やきもちか、千葉隆平~。」

はたから見れば仲良く洗い物をしているしか見えない和仁と康高をよそに、三浦と隆平はこっそりときゅうりをつまみ食いしていた。
そして勿論、康高と和仁が一触即発状態であるという事には気がついていない。

だが、周りの生徒は妙に冷たい空気を出している康高と和仁のオーラを敏感に感じ取って怯えて身動きができない。
教師は試食の宣言もできない状態だった。

「腹減ったなぁ。」

暢気に呟いた三浦に、隆平はまた一つ、飾り付け用のミニトマトを頬張って頷いた。


ハンバーグはすっかり冷めてしまっていた。
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